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腹痛と雨宿り

雨の日が好きだ

部屋の中から見る雨もいいけれど
できれば外で雨宿りがしたい

屋根にぶつかる雨粒の音
コンクリートから跳ね返る水と
ちょっと苦しいくらい湿った空気
そしてなんと言っても
あの時間の止まってしまった感じも最高だ

いつも考えすぎてしまう自分を
雨音や空気や匂いが
やさしく身体を包み込んでくれる
ほんのすこしの罪悪感と
ここにいて良いとゆう安心感

いつかの記憶も
いくつかの忘れてしまいたい想い出も
お天道様はそっと寄り添ってくれるのだ

ここはオペラのリハーサル会場の喫煙所
この日は雨が降っていた
この世のモノとは思えない程の
美しい歌声と雨音が耳に心地良い
僕はそっとやさしく包み込まれながら
そっとやさしくない腹痛と闘っていた

腹が痛い

雨粒の音は、プレッシャーとなり
跳ね返る水は、お腹を冷やす
湿った空気も、しっかりと苦しい
僕の時間は止まってしまった
お天道様どうかお願いします
僕を無事トイレまで辿り着かせてください

ちょっと空中に浮いてる感じの早歩きでトイレを目指す。ひょこひょこと。なんとか間に合った。良かった。

流れる様な動きで個室に滑り込む。
急いでズボンを脱ぎしゃがみ込む。
(僕はアキレス腱が硬くてしゃがむとそのまま後ろに倒れてしまうのだけど、運悪くこのトイレは和式だ)
目の前に棒があったので掴まったらウェイクボードみたいな姿勢になってしまった。
なんか違う。風を感じたい。

もしこの体勢のまま棒から手を離してしまったらどうなるのか。想像しただけでも恐ろしい。おそらくこのまま後ろに倒れ、後ろの壁に頭をぶつけ気を失いながら勢い余って後ろでんぐり返しをキメてしまうのだろう。この狭い個室の中で。僕は棒を握りしめギリギリの姿勢で身体をホールドする。ギリギリの後ろバランス。身体能力の限界を見せろ。アキレス腱が悲鳴をあげる。そしてお腹とゆう大海原に全身のエネルギーとゆうエネルギーを集める。もはや元気玉。さあこれからカメハメハ!と思った瞬間、そいつはトイレに入ってきた。


「ボクゥの名前は、ヤァンボゥッ!」


おまえは誰だ。
時が止まった。

凄まじい声量といきなりのヤン坊の登場に度肝を抜かれた。みなさんはオペラ歌手の声量をご存知だろうか。半端じゃない。しかもこの狭いトイレの中だ。声が跳ね返りまくってアキレス腱がはちキレそうだ。危うく手が棒から離れるところだった。離さない。絶対にこの棒だけは離さない。もちろん僕の元気玉はノーカメハメハだ。大切な事なのでもう一度言わせてもらう。ノーカメハメハだ。ダンサーの意地を見せろ。気を取り直してもう一度お腹にエネルギーを集める。止まった時間を取り戻したい。気を取り直して、さぁカメハメハ!と思った瞬間


「ボクゥーの名前は、マァァボウッ!」


だから誰だ。
時が破裂しそうだ。

嘘だろ。嘘だと言ってくれ。
まさか弟も入ってくるなんて
こんなの聞いていない。
弟なのか?
そもそもヤン坊マー坊は兄弟なのか?
わからんけど。
ねぇマー坊、お願いがあるんだ。
そっとしておいてほしい。

ヤン坊とマー坊がトイレで出会った

ヤン坊マー坊天気予報の歌をバックに、僕にカメハメハを出せと言うのか?ヤン坊マー坊とドラゴンボールのコラボレーションなんて完全に無茶振りだ。カメハメ天気予報になってしまう。試されてるのか?ダンサーとして試されてるのか?そんな勇気はない。

その後も、オペラ歌手達の凄まじい声量でデュエットは続く。

ぼくの名前はヤン坊
ぼくの名前はマー坊
2人合わせて ヤンマーだ
君と僕とでヤンマーだ
農家の機械はみなヤンマー
漁船のエンジンみなヤンマー
ディーゼル発電
ディーゼルポンプ
建設工事もみなヤンマー
小さなものから 大きなものまで
動かす力だヤンマーディーゼル
   ヤン坊マー坊天気予報テーマソング

完唱だ。

天気予報が美しすぎる。
久々に聴いたけれど
やっぱりヤン坊マー坊天気予報は素晴らしい。
時代を越える名曲だと思う。
いつか踊らせてほしい。
なにより元気が出るし、記憶に残る名曲だ。
でもそっとしておいてほしい。

オペラ歌手達は、歌いきった瞬間0.1秒でトイレから出ていった。風のようだった。フラッシュモブなのか?僕をウェイクボードから便器の大海原に振り落とすモブなのか?トイレのドアがバタンッと音を立てて閉まった。


トイレはやさしい静寂に包まれた


圧倒的な静寂の中、我に帰る。手はまだ棒を掴んでいた。大丈夫。まだ終っちゃいない。今しかない。両脚で地面を踏み締め、お腹にエネルギーを集める。落ち着いて。心を決めた。



テイクオフ。




時計の針は動き出した
世界が色を取り戻す
色を取り戻したこの世界で
僕はトイレットペーパーに手を伸ばす


「カラッ...」


アンビリーバブル。
ホワッツゴーインオン。
トイレの神様なぜですか。
一体僕にどうしろと言うのですか。
トイレットペーパーはなくなったら補充するタイプです。
いつかの誰かの言葉を思い出した。


あきらめたらそこで試合終了ですよ...?


この一言で胸アツだ。
僕はとなりの個室にトイレットペーパーを取りに行くことにした。だが、いまの僕のズボンは足首のとこにある。歩きにくい。そんな姿で個室から個室へ移動しているところに、もしまたヤン坊マー坊が入ってきたらどうしたらいいんだ。もはや天気予報どころではない。万が一見つかった場合、僕はこのオペラの仕事が終わるまでトイレの神様と呼ばれ続けることになる。以前この曲を聴いて涙が溢れてどうしようもなくなったことがあるが、いま僕は別の意味で涙が溢れそうだ。世界が滲んでしまう。安西先生、トイレットペーパーがほしいです。

もう気分は完全にスラムダンク
素早く個室から個室へ移動する
サッとトイレットペーパーを抜き去り
素早く個室に戻る
トイレットペーパーとゆうボールを
トイレットペーパーホルダーに放り込む
君が好きだと叫びたい
(この間ズボンは足首にある)

戻ってから、なぜこの個室に戻って来たのだろう。と思ったが、そんなことはどうでも良い。
大切なのは、あきらめないことだ。

圧倒的な静寂の中
トイレットペーパーの音だけが虚しく響く
ほんのすこしの罪悪感と
ここにいて良いとゆう安心感

一体どれくらいトイレにいたのだろう。
いろんなことがあった気がする。
時間の感覚がない。
僕はトイレから外に出た。

雨はもう止んでいた
さっきまでの雨が嘘のような空
地面のコンクリートはきらきら輝き
すこし湿った空気は心地良い
雨はすべてを肯定し洗い流す
罪悪感も安心感すらもない
雲ひとつない空

時間が動き出したことを感じる

世界をどう見るか

どの瞬間も自分次第なら

雨の日は雨をみて

晴れの日は晴れをみたい

どうしても気持ちが晴れないときは

雨宿りをする

世界中の時間を止めて

ただ

雨が上がるのを待とう

そのうち晴れるから

大丈夫

次はトイレットペーパー確認するから

すべて水に流してしまおう

遠くで歌声が聴こえる

そろそろリハーサルの時間だ


僕はやっぱり雨の日が好きだ



鈴木陽平(Dancer/Choreographer)

国内・海外問わず数多くの舞台に出演し、現在では映像作品・CMへの出演や振付・演出・舞台制作など活動は多岐に渡る

https://www.instagram.com/yohei_suzuki1122

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