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【国際競争力#5】勃興するチャイナ(後)中国製造2025

前回の記事では中国の急速な発展が起こった1980年代の改革開放から「世界の工場」と呼ばれるまでに国内産業基盤を強めた2010年頃までの中国の取り組みを紹介しました。
今回の記事では、「世界の工場」にはなったものの、製造業の付加価値が低いという壁にぶつかった中国がどのようにこの問題を打破してきたかに焦点を置いて、2010年以降に行った政策や取り組みについて解説します。

「生産量は大きいが、価値はそれほど高くない」

2000年代の後半までには、中国は「世界の工場」と言われるまでに製造業が成長しました。世界には中国製品があふれ、世界の中国依存が高まりました。著者の記憶では、当時の中国製品は「安かろう悪かろう」の製品も多かったように思います。しかしその頃、中国国内では労働集約型で廉価な労働力に依存する中国の立ち位置に問題提起が行われました。中国政府の科学技術関連の研究機関の幹部からの指摘は次のようなものでした。

電機電子製品でも航空機でも、日本などの外国がキーパーツをコントロールし、中国は組み立てをしているに過ぎない

中国社会科学院全国日本経済学会 白益民理事(三井物産で12年間研究経験あり)

生産量は大きいが、価値はそれほど高くない

中国工程院 朱高峰副所長

わが国の製造業における突出した三大問題点は、イノベーション能力と核心のコア技術が弱く、基盤技術(Generic Technology:多くの先端技術分野に共通する汎用性の高い多目的技術)に欠けており、資源の浪費と環境汚染が甚だしいことだ。

中国工程院 柳百成院士

2012年には中国の生産量は全世界の20%近くまで上昇しましたが、製造業の付加価値は工業先進国の平均が約35%だったのに対し、中国の付加価値は21.5%と低く留まっていました。しかも、製造業の増加幅が中国のGDPの32.6%しか占めていないのに対し、製造業で使われるエネルギーは全体の58%を占めていました。研究機関からの上記の指摘はどれも間違っていなかったと言えるでしょう。

また同じ頃、ベトナムなど東南アジアの国々が中国より安い賃金で労働力を提供し始めました。周辺国からキャッチアップされそうな状況となり、中国の「世界の工場」の位置は岐路に立たされました。

中国製造2025

これらの問題提起を受け、「製造強国戦略研究」という重大諮問プロジェクトの実施を経て、2014年に第5代最高指導者の習近平氏は「中国経済新常態(新常態=ニューノーマル)」を提起する中で、「経済成長のエンジンを労働力・資本といった生産要素の投入量の拡大からイノベーションに転換する」という新常態の特徴を発表しました。量から質への方向転換を図るということです。さらに、投資や開発のために一定期間成長が鈍化することを認め、長期的成長を重んじることも明らかにしました。これが翌年に公布される「中国製造2025(中国語では[制造])」の方向性を示していました。

2015年5月に国務院は各省、自治区、直轄市、直属機関など宛に「中国製造2025」を公布しました。この冒頭には以下の文言があり、これが中国製造2025を実施する目的になります。

特に注意すべきは、「国家安全を保障」という文言で、『「中国製造2025」の衝撃』の著書である遠藤誉氏によれば、この文言は宇宙支配までをも最終的に目指していることを意味するとのことです。これは米国から中国を守るという防衛の領域であり、かつ中国国内においては徹底的な監視体制の構築を指していると遠藤氏は加えています。

製造業は国民経済の主体であり、立国の根源であり、興国の器(器具)であり、強国の基礎である。18世紀半ばに始まった産業文明以来、世界の強国の興亡と中華民族の奮闘の歴史は、強い製造業がなければ、国家と民族の繁栄も存在し得ないことを証明している。国際競争力のある製造業を確立させることこそは、中国の総合的な国力を高め、国家安全を保障し、世界における強国を打ち建てるための唯一無二の道である。

遠藤誉「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか (p.42) PHP研究所

以下に中国製造2025の主要な点である「5つの基本方針」「4つの基礎」「工業基礎強化計画ポイント」をまとめます。

2015年公布「中国製造2025」の5つの基本方針、4つの基礎、工業基礎強化計画ポイント
出典:遠藤誉前掲書から著者まとめ

「中国製造」計画は3段階に分かれており、2015-2025年は第1段階です。第1段階の重要な目標に、「革新基礎材料と鍵となる基礎材料の自給」があり、2020年までに40%、2025年までに70%を目指しています。

ちなみに「中国製造」計画の第2段階は2026-35年、第3段階は2036-50年(もしくは中華人民共和国建国100周年にあたる2049年)となっています。

「安かろう悪かろう」から高付加価値製造業へ

上記の通り、「中国製造2025」計画は安価な労働力に頼る低付加価値の製造業を先端技術を使った高付加価値製造業に変革し、半導体のような基幹部品
の国内自給率を上げるというものでした。

「中国製造2025」公布から2年経った2017年に初めて「ファブレス半導体企業世界トップ10」に中国企業2社がランクインしました。清華大学を由来とするユニグループ(清華紫光集団)と華為(Huawei)の子会社であるハイシリコン(海思)でした。ユニグループは2013年に当時急成長を遂げていたスプレッドトラム(展訊通信有限公司、本社上海市、米国NASDAQに上場)を買収、さらに2014年にはRDA(鋭迪科微電子有限公司、本社上海市、米国NASDAQに上場)を買収して大きく成長しました。

前回の記事では、海外で高度な技術を習得した人材の中国国内の起用に関して記載しましたが、2011年のファブレス半導体企業成長率で世界一となったスプレッドラムがどのように技術を習得したのでしょうか。遠藤誉氏の前掲書からその部分を引用します。

陳良宇(著者注:上海市の当時の書記)は2006年3月、上海市で留米帰国人員に対して「上海科学技術進歩賞」を授与するほど、アメリカのコア技術の中国への「持ち帰り」に力を入れていた。一等賞を受賞したのが、なんとアメリカのシリコンバレーから上海市に戻り、スプレッドトラムで働いていた武平博士が率いる研究開発チームだった(彼の同僚、陳大同博士もアメリカから戻ってきた留学人員の一人だ)。彼は「アジアでは最初の2G/2・5G(GSM/GPRS)携帯用コア・チップのSC6600を、持ち帰った技術で開発し、海外勢に独占されていたコア技術の壁を打ち破った」というのが、受賞の理由である。果たして頭に蓄えた知識で製造したのか、はたまた「お持ち帰り技術」そのものかは、「内部事情」なので定かではないが、いずれにせよ、「発信地」はカリフォルニアのシリコンバレーであることは、まちがいがない。進歩賞授与式で陳良宇は「2005年末までに上海市に帰国した留学人員は6万人に達し、3250社が上海市で登録申請を出しており、毎月平均30社以上が上海市でベンチャー企業を起こしている」と述べている。それほどにスプレッドトラムには、「お持ち帰り技術」が満ち溢れていたわけだ。

遠藤誉「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか (p.74) PHP研究所

ハイシリコンは2020年の世界半導体売上高ランキングで10位にランクインしていますが、2021年には入っていないようです。詳細は分かりかねますが、米国製製造装置を使って半導体を製造することを事実上禁止する制裁措置が実施されたため、ランキングから外れてしまった可能性があります。

世界初の量子通信衛星打ち上げ成功

習近平が宇宙の支配までを最終的に目指していることは前述しましたが、これを裏付ける出来事が2016年に起こりました。中国科学院は2016年に第三者による解読が原理的に不可能である「量子暗号」を使っての通信機能を備えた量子通信衛星「墨子号」の打ち上げに成功しました。米国、日本、その他の先進国のどこも達成していない世界初の試みに中国が成功したのでした。

上述の半導体の事例では、海外先端技術を習得した留学人員の呼び戻しによってシリコンバレー発の技術を導入できたことが大きな要因であることを挙げましたが、墨子号の成功も同じパターンであり、チームリーダーである物理学者の潘建偉氏によって達成されました。潘建偉氏はオーストリアへの留学人員でしたが、千人計画によって特別招聘専門家の一人となり、国家の手厚い支援を受け、世界初の量子通信衛星打ち上げ成功を成し遂げたのです。

このように、「中国製造2025」の中でも海外技術の習得、人材活用のための制度が引き続き大きな柱となっているようです。もちろん、研究結果を実らせるために多大なる研究開発費を注いでいることも事実です。中国の国内研究開発費は2009年に日本を、2015年にEUを抜き、米国に迫る世界第2位の規模となっています。

2000-2021年の国内の研究開発費の推移
出典:https://www.oecd-ilibrary.org/sites/0b55736e-en/1/3/2/index.html?itemId=/content/publication/0b55736e-en&_csp_=b2412cc0600196af8b299a715946ac12&itemIGO=oecd&itemContentType=book#figure-d1e4120-c7e20b24d6

中国キャッチアップ戦略のまとめ

本シリーズ記事のテーマは国際競争力で、日本の国際競争力の低下状況、米国の1980年代の競争力強化のための法整備1990年代のオープンアーキテクチャー型の経済環境を利用した企業戦略について論じてきました。中国は日欧米をキャッチアップするポジションにいましたが、1980年代の鄧小平の時代は巨大市場の魅力を使った外資誘致により国内経済を回す戦略、2010年以降は低付加価値製品の「世界の工場」から高付加価値型製造業へ脱却する取り組みが行われました。

それらの取り組みの中で大きな役割を果たしたと考えられるのは、海外技術を取得した人材の確保であり、象徴的な取り組みは「千人計画」「万人計画」といったグローバル人材招聘プログラムの形で行われました。IMD世界競争力ランキングの順位は「中国製造2025」が公布された翌年の2016年から日本を引き離し、2022年は日本が34位だったのに対し中国は17位まで順位を上げています(米国は10位)。

また、本シリーズは国際競争力がテーマであり、その動機については深掘りしていませんでした。この点について一点だけ補足しますと、中国の場合、宇宙を含み世界を支配することが企図されています。そのため、新世代情報技術産業や航空宇宙技術は「中国製造2025」重点10分野に入っており、上記の半導体や量子通信衛星を含むデュアルユースを前提とした技術への力の入れ具合が際立っていると考えます。

本記事には掲載できなかった中国のキャッチアップ戦略に関する資料のいくつかを次の記事で紹介します。最後までお読みいただきありがとうございました。

参考資料

遠藤誉(2018)「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか、PHP研究所
※オンラインで公開されている参考文献は本文中にリンクを埋め込みました



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