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【国際競争力#2】米国の競争力強化策(前)のちの米国企業躍進につながる制度の整備

前回の記事では、日本の国際競争力の凋落について書きました。今回の記事では、1980年代に深刻な不況に陥った米国がどのようにして競争力を強化し、その後のポジションを確保した道筋を紹介します。これを参考に、これから日本がどのように復活を果たせるかを考える材料としたいと考えます。

1980年代の米国の競争力強化策

1970年代終わりのオイルショックから1980年代の前半、米国は戦後最大級(当時)の深刻な不況に直面していました。国としては経常収支と財政収支の「双子の赤字」に悩まされました。特に日本の製造業の攻勢が米国企業に打撃を与えたとされ、大企業でも大量解雇が起こり、失業率が一時10%を超えた時代でした。例えば1979年11月9日のニューヨーク・タイムズの記事によると、自動車産業の雄であるGMとフォードは合計3万人を解雇すると発表しています。

1980年代の前半にはIMD世界競争力ランキングはまだありませんでしたが、競争力の重要な要素である労働生産性(一人あたりGDP)は米国において1978年から1983年までほぼ横ばい状態でした。米国はこの苦しい状況の中、競争力強化に資する政策を打ち出し、実行に移しました。以下に米国の競争力強化に関わる政策の要点を書きます。

プロパテント政策
政策の大きな方向性の一つは知的財産権の保護強化を目指すプロパテント政策です。具体的には、まず1980年にバイドール(Bayh-Dole)法(正式名称「Public Law 96-517, Patent and Trademark Act Amendments of 1980」)が制定されました。同法では、政府資金による研究開発から生じた技術や発明の成果に対して大学や民間企業の研究者が特許権を取得することを認めました。

これが契機となり、産学連携、大学発ベンチャーや中小企業の公的研究への参加が促進されました。ちなみに、日本においてバイドール法をモデルとした産業活力再生特別措置法第30条が制定されたのは、米国でのバイドール法制定から19年経った1999年で、その後何回か改正が行われて今に至ります。

コンピュータプログラムにより著作権と特許権の取得が可能になったのも1980年代です。これは1990年代にオープンアーキテクチャーの環境(後続記事で説明します)で米国企業が優位性を持つ戦略を実行する基礎となりました。

連邦政府による技術革新の推進
次に、1982年にSBIR (Small Business Innovation Reserch program)が施行されました。これは連邦政府の研究資金の投資を通じ、技術革新を推進する官民連携のプログラムです。1985年に創業した通信技術を開発するクアルコム社は、1987年から1990年にSBIRで得た資金を元に成長を遂げることができたと言われています。SBIRは2022年現在も運用され、2019年度には179000件が採択され、合計で543億ドル(1ドル=135円で7兆3300億円相当)の資金が配分されました。

ちなみに、日本版SBIR制度ともいえる「中小企業技術革新制度」が創設されたのは、米国のSBIR創設から17年後の1999年でした。

独占禁止法の厳格な運用の緩和と共同研究の推奨
1970年代までは独占禁止法が厳格に運用され、大企業同士の協業もその対象となったので、企業は他社との共同開発を行うことができず、自前で基礎研究から製品製造までの機能を持つことを余儀なくされていました。1976年に日本の主要企業7社が設立した超LSI技術研究組合組成後に日本の半導体産業の技術力が向上したことを見て、共同研究を妨げることが米国の競争力を削いでいることに気がついた米国政府は、1980年以降、独占禁止法の厳格な運用を緩和します。

1980 年に司法省は「研究のための 共同事業に関する反トラストガイド(Antitrust Guide Concerning Research Joint Ventures)」 を発表し、共同研究が独占禁止法に抵触する場合の明確化を行いました。続いて、1984年には、国家共同研究法(National Cooperative Research Act of 1984)が施行されました。

国家共同研究法の施行後、1970年代までは独占禁止法に抵触するために不可能だった共同研究コンソーシアムが、1986年には18団体、1988年に30団体、1991年には60団体まで急増しました。また、同法により、米国の半導体産業が強化され、当時躍進していた日本企業のシェアが急落しました。1993年には、同法は国家共同研究開発生産法として改訂され、生産まで企業間協働が可能となりました。

ヤングレポート

当時の状況を冷静に分析し、打開策を提言・発表したのが、当時のヒューレット・パッカードCEOで産業競争力に関する大統領委員会の会長を務めたジョン・ヤング氏です。ヤング氏の発表内容は通称「ヤングレポート」として1985年にまとめられています。ただし、ヤングレポートが発表された1985年までには、上記に挙げた主たる政策はすでに実行に移され、ヤングレポートが大きな変化点となったわけではないようです。

ヤングレポートは、当時の状況分析および処方箋の提示として参考になるため、以下に概要を紹介します。

ヤングレポートの前半では、過去20年にわたる米国の競争力低下の事実を、資料とともに提示しています。例えば、労働生産性(雇用者1人あたりのGDP)の1960年から1983年の年次平均伸び率は日本が5.9%となっているのに対し、米国は1.2%と低い水準にとどまっています。本レポート中には「Japan」が頻出し、明らかに当時の米国の最大の競争相手は日本だったことが分かります。

出典:ヤングレポート 

産業競争力に関する大統領委員会では、競争力の要因を相互依存する次の4つの領域に分けました。各領域および、その領域内での提言は以下の通りです。

1. テクノロジー
・当時の米国の研究開発への投資は対GNPで日本やドイツを下回っており、十分な投資を行うべく、閣僚級の科学技術省を創設する
・研究開発を推進するための税制優遇策を実施する
・知的財産権を保護するために次の3つの取り組みを行う
(1) 特許関連法の徹底的な見直しを行う。範囲とプロセスの両者を見直す。特許出現から取得まで平均で7年かかるが、いまや技術の進化の方がそれよりも早い。
(2) 情報公開法(Freedom of Information Act、政府が国民からの請求に応じて情報を公開することを定めた1967年に制定された法律)が技術情報の取得に使われるケースがあるため、本法の悪用を阻止する。
(3) 貿易パートナーとよりよい知財保護のための交渉をする

2. 資本
資本コストが高い(少なくとも日本の倍)ことが、米国企業にとって競争上不利となっており、これを是正するためのマクロ経済的施策(赤字削減、税制改革、金融政策)を実施する

3. 人的資源
大学の資源が不足しており、産学連携の研究プロジェクトに資金提供を行う

4. 国際貿易
・閣僚級の貿易省を創設し、貿易問題に対して強い影響力を発揮する
・米国の産業を国際競争に関して調整できるような包括的な貿易法案を立案する
・輸出管理に関する統一されたアプローチを模索し、産業が円滑に輸出ライセンスを取得できるようにする
・在外公館による支援も含めた米国の輸出力強化策を探索する

ヤング氏は、米国の産業が効果的に競争できる環境づくりをするという政府の役割が未だ果たされていないという認識のもと、目新しい政策を実行するのではなく、基本を押さえていくという方針を明確にしています。そしてその基本とは単一の政策で実現されるのではなく、複数の領域にまたがる政策であることを明確にしています。

上記4領域の中でも、テクノロジーを国際競争における最大の優位性と位置づけ、プロパテント政策(知的財産権の保護強化)をとるのがヤングレポートの特徴の一つであり、1980年代の米国の競争力強化策の主要な柱だったと言えます。

繰り返しとなりますが、知的財産権の保護強化はヤングレポートで初めて提言されたのではなく、1980年のバイドール法などの政策によってすでに取り込まれていました。ヤングレポートでは、これらの施策に代表されるプロパテント政策を改めて肯定するとともに、継続・発展させる意義を表したと言えます。

1990年代に世界を席巻する米国企業

1980年代初めに危機的状況に直面してから競争力強化策となる法や資金源を整備した米国の企業の成果が発揮されるのは1990年代と言えます。プロパテント政策、ベンチャー企業優遇策、共同研究の推進など1980年代に固めた基礎の上に、グローバル化の進展とソフトウェアリッチ型への産業構造変化をも利用し、秀逸な産業戦略・企業戦略を実行し、競争力の強化が現実のものとなりました。

1980年代に実施した競争力強化策が実を結んだ原因の一つは、正しい現状分析、正しい処方箋となる政策、そして政策に基づいたアクションを実行し続けたことではないかと考えています。

次回の記事では1990年代に発揮された米国企業の戦略について解説します。最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献

小川紘一(2014) オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版 翔泳社
立本博文(2008) 半導体産業における共同研究開発の歴史 赤門マネジメントレビュー7巻5号 https://www.jstage.jst.go.jp/article/amr/7/5/7_070502/_pdf/-char/ja


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