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【国際競争力#3】米国の競争力強化策(後)新しい勝ちパターンによる米国企業の躍進

前回の記事では、1980年代に深刻な不況に陥った米国が競争力強化のために実施した政策を紹介しました。1980年代に実施した政策を基礎とすると、1990年代は基礎を土台に、またグローバル化の追い風を利用して米国企業による世界の圧巻が始まりました。今回の記事ではその戦略を紹介します。

グローバル化を背景にゲームのルールが変わる

1980年代は先端技術の開発、品質管理やコストダウンを達成する生産技術などに長けた日本が優位性を発揮した時代でしたが、1990年代になるとグローバル化や新興国の経済発展を背景として、勝つためのルールが一変されました。ここでのグローバル化とは、人、モノ、資本、情報などが容易に国間を移動することを意味します。特に1990年代半ば以降のインターネットの普及により、情報の移動が加速されました。

1990年代に米国企業が考案し、実施した戦略の重要部分とは主に以下のように特徴付けられます。
1. 価値の源泉として守るべき技術領域と他社に競争させる領域を定義した上でのオープンアーキテクチャー型の製品設計の採用
2. 国際間を含む互いに繋がりあう共生的なエコシステムの形成(オープンアーキテクチャー型の経済環境形成)、その中での優位なポジション取り

オープンアーキテクチャーの進展

1990年代の米国企業の戦略の大きな特徴は、オープンアーキテクチャーの進展です。特に半導体や電子・電機産業などの製造業において進展が見られ、その後その他の産業にも広まっていきました。オープンアーキテクチャーとは以下を意味します。(出典:小川紘一氏講演「オープン&クローズ戦略と知財・標準マネジメント~デジタル化と産業データ利活用時代の到来を考える~」2022年7月の資料を全体の意味を損なわないように一部改変)

<オープンアーキテクチャーとは>
①複雑で大きなシステムを、複数の機能的なモジュールに分けシステム全体をモジュールの組み合わせで表現する設計思想
②製品やシステムを構成するそれぞれのモジュールの役割分担を公開し、分業とモジュール相互の繋がり方のルールも事前に決めて公開
③個々の機能モジュールは所有権、特許権、営業秘密によって保護
④エコシステムのパートナー企業たちがビジョンと自己実現に向けた期待を共有し、エコシステムの繋がりでインタラクションを作り出す産業思想

オープンアーキテクチャーは知財マネジメントと「オープン&クローズ戦略」を駆使した製品設計の手法とも言えますが、企業モデル、産業構造および経済環境に大きな影響を与えました。1980年代までは、研究開発から製造販売までの機能を自社で垂直統合した企業モデルが主流で、基本的に企業は自前で製品製造を行っていました。製品が持つインターフェイス(繋がる部分)は限られ、部品同士、モジュール同士の接続にはその企業独自のすり合わせの技術が使われていました。

オープンアーキテクチャーではモジュール同士のすり合わせをすることなくモジュールの組み合わせにより製品が完成します。モジュール同士の繋がり方のルールは事前に決まっていますので(上記②)、ルールに従う限り誰がモジュールを作ってもよく、グローバルな企業が参加する競争領域が発生します。オープンアーキテクチャー適用後はグローバルなエコシステム(もとは生態系の意味だが、ここでは産業の関連するプレイヤーのネットワークを意味する)を利用した分業構造が出現しました。

インテルの事例

製品のオープンアーキテクチャーへの移行をインテルの事例で解説します。立本博文著「プラットフォーム企業のグローバル戦略」からのまとめとなりますが、実際はもっと複雑です。インテルはパソコンの中核部品(CPU, Central Processing Unit)を提供する部品メーカーでしたが、1990年代にオープンアーキテクチャーに移行、プラットフォーム企業としての地位を確立し、大きく飛躍しました。

オープンアーキテクチャー移行前はインテルはCPUのみを提供しており、パソコン産業全体への影響力は限定的でした。しかし、同社はPentium CPUを大量普及されるために1990年代にオープンアーキテクチャーへの移行を含む次の戦略を実施し、部品メーカーからパソコン市場全体への影響力を発揮しました。

  1. PCI Special Interest Groupというコンソーシアムを組成し、PCIバス規格(バス規格とは信号線の物理的な計上と電機信号的なプロトコル)をオープン標準化した。(下図参照)PCIバスはインテルのCPU外でありパソコンのアーキテクチャーの一部であるが、完成品パソコン製造企業と対立しないように注意しながら標準化を開始し、段階的に標準化を行った。

  2. インテルは従前からCPU以外にも周辺の半導体部品も製造していたが、チップセット事業を本格的に稼働した。CPUと同一のロードマップで開発されたチップセット(下図参照、オレンジ色の四角)を供給した。CPUとチップセットをクローズな自社のコア領域と定義、自社で提供し、チップセットに接続する機器をオープン領域とし、他社に競争させることとした。

  3. インテルはPentium CPU、DRAM、HDDなどを搭載したマザーボードの自社製造を開始した。しかしその供給能力は限定的で、インテルが目標とする大量普及には充分でなかった。1995年にはマザーボード規格であるATX規格を発表し、同規格に基づいて台湾のベンダーに生産委託を行い、供給量を増やした。その後も1990年代後半にマザーボードの規格化を継続した。

  4. 上記のPICバスとATXだけではなく、その他のインターフェースもオープン標準化を主導した。(下図の青矢印)一方、自社で提供するCPUとチップセット、2つのチップセット間のインターフェースはクローズ領域であり、ライセンスにより限られた生産パートナーにのみ開示した。下図の赤点線内がインテルが提供したプラットフォームであるが、プラットフォーム内はクローズ領域であり、バス・プロトコル内に知財が組み込まれていた。これにより競合他社の互換CPUはインテルのプラットフォーム内に参入できなくなった。

2017年7月6日 立本博文「プラットフォーム企業のグローバル戦略」セミナー資料中の図を一部改変し再作成

上記の仕組みにより、インテルは自社製品の大量普及と高収益実現を果たしました。インテルによるオープン標準化の結果、厳しい競争にさらされたDRAMやHDDは、1995から2000年の間で平均単価がそれぞれ約60%・50%下落しましたが、インテルの供給部品でありその知財が秘匿されたCPUの平均単価下落は10%以内にとどまりました。インテルによるオープンアーキテクチャーの設計により、自社供給部品の知財を守り、オープン標準化により自社供給部品ではない部品を競争させた結果です。

上記インテルのような戦略は1980年代には見られなかった戦略です。1980年代に行われたプロパテント政策、独占禁止法の厳格適用緩和策、共同研究の推進策を土台とし、さらに1990年代に進展したグローバル化の進展をも利用し得るオープンアーキテクチャー型の製品設計が特徴となっています。

上記のインテルの例は一例ではありますが、他の米国企業もオープンアーキテクチャーの設計を駆使し、グローバルなエコシステムの価値を自社に取り込む仕組みを構築しました。1990年代以降、米国企業は新しい勝ちパターンを見つけたと言えます。この結果は、以下に紹介する世界競争力ランキングにも現れています。

1990年代の米国の世界競争力ランキング

【国際競争力#1】の記事でIMD世界競争力ランキングについて紹介しました。日本のランキングは1989年から1993年まで1位であり、その後1996年までは5位以内でしたが、1997年に17位と大きく順位を下げ、その後もいまのところ15位以内に戻ることはありません。

一方、米国は1997年以降、2009年まで13年連続で1位を保持しました。(米国の1989年から1996年までのデータは不明)2020年に初めて10位に転落しましたが、2019年以前は4位以内を保持しています。日本と米国で大きな差が開いてしまったのは1990年代です。

出典:https://worldcompetitiveness.imd.org/customsearch/ 

米国は1980年代に整備した法制度を基に、進展するグローバル化も利用して新しい勝ちパターンを発見し、それを磨き、さらに2000年代以降も新しい勝ちパターンの発見に努めたと言えます。競争力の主要決定要因は、1980年代までの先端技術の開発や工場での生産技術から1990年代にグローバルなエコシステムの構造や競争ルールを決めるための仕組みづくりに変化しました。この変化を以下の表にまとめます。日本企業はこの新しい変化を主導できなかっただけでなく、残念ながらこの変化についていくこともできませんでした。(マクロ的な話であり、ミクロ的にはそうでない企業もあります。)これが、日米の世界競争力の差が開いた一因となったのではないでしょうか。(もちろん、これ以外の要因もあります)

出典:小川氏の資料などを参考に著者作成

次回の記事では中国の戦略について解説します。最後までお読みいただきありがとうございました。

参考資料

小川紘一氏講演 「オープン&クローズ戦略と知財・標準マネジメント~デジタル化と産業データ利活用時代の到来を考える~」、2022年7月
立本博文(2017) プラットフォーム企業のグローバル戦略、有斐閣

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