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男子校の友人の告白に協力したときの話

 今から三十年ほど前、男子校で同性相手に恋をした友人Mくんの告白に協力したときのアホなお話です。ロマンスはありません。実話がベースですが細かいところは改変したり演出いれたりぼかしたりしています。時系列や展開に矛盾があるかもしれませんが昔の記憶すぎて曖昧な点があるためご容赦ください。



登場人物

私:地方の男子校に通う高校二年生。友人Mの同級生への恋を観察するうちに相談にのることになる。BLはファンタジーとして読んだり描いたりするが自身は異性愛者。

Mくん:ふたつ年上だけど留年を繰り返した結果、同学年に。漫研部長でファッションヤンキーでバイセクシャルでアホ。髪はブリーチ、靴はモカシン。実家がお金持ちで自室が二十畳あり、よく仲間内のお泊まり会に利用された。彼の初キスは小学校一年生のときにクラスの後ろの席の女子と授業中に。小学五年生のときにはすでに同級生の男子と学校の花壇の隅でやらしいことをしていたらしい。花壇というシチュエーションが絶妙すぎる。

Sくん:女子になりたいわけではないが、可愛い格好が好きな男の娘。学校では男子の制服を着用。一人称は「俺」。サラサラのショートマッシュでウルフっぽいレイヤーをいれており、キューティクルに強いこだわりを持っている。靴は女子用リーボック。身長は159cmで、身体測定が近づくと身長がこれ以上伸びないように毎日、天に祈りを捧げていた。彼もオタクであり、女装で即売会に行きドスケベ同人誌を買う剛の者。女装は彼の母や妹の公認。性格はドS。三年生になるとアルバム制作委員会に立候補し、セーラー服を着た写真を卒アルに勝手に掲載していた。

Yくん:ひとつ年下の後輩で高校一年生。Sくんの女装姿に惚れてアプローチを始める。育ちが良く思慮深く気遣いのできる大変良い子だが、後輩という立場が災いし、強く出ることができない。

H、I:Sくんの過去の男(?)と、後にMのもうひとりの恋の相手となる後輩

みんな現在は何をしているのやら

男子校のゆるさに染まる

 全国に数多ある高校のうち、男子校はわずか2%しか存在しない。そのため、ほとんどの人には無縁の存在であり、その実態はあまり知られていないと思う。

 たとえば女子校には王子様役の生徒が憧れを集めるという神話があるが、男子校において同様の象徴や現象は存在するのだろうか?

 私のいた学校では、マンガに見られるような学園のアイドル的な扱いのヒーローや姫ポジこそいなかったが、個人間でのロマンスは普通に存在していた。学外の彼女持ちもいれば、男の娘もゲイもバイもいて、リアル恋愛そっちのけでBLを読みあさる私のような者もいた。性癖や嗜好を隠す者は誰もおらず、おおらかで、タブーが存在しなかった。

 当時から三十年が過ぎた現代においても、そうしたあけすけな環境は一般的とは言えないだろう(他者との距離感とかTPO的な意味で)。あれは閉じられた箱庭だからこそ成立し得た特異点だったのかもしれない。そこを楽園と呼ぶにはいささか下品に過ぎるとは思うが、自由で気ままであったことは確かだ(※)

※在学当時、そして春風にささやいてという男子校を舞台にしたBL小説を読んでいたときに、男同士の恋愛について「ここ(男子校)では普通さ」と語るセリフが出てきて、割と正しいかもしれないと思った記憶がある

Mくんは留年をした結果、漫研の部長に就任する

 話を進めよう。90年代、私は地方の男子校に在籍していた。進学校ではないためどれだけ勉学をさぼっても何も言われず、偏差値はそこそこあるのでクラスが荒れることもない。その環境はぬるま湯という他になく、元より努力が嫌いな私はその中学に入るや、あっという間に成績が落ちていった。そんな自堕落な私よりもさらに破滅的な点数を取っていたのが、Mという男だ。

 私の母校には、あからさまな成績不振者または素行不良者を気軽に留年させるシステムが存在する。Mくんは私の中学入学時点では二年先輩だったはずなのに、私が高校にあがる頃にはなぜだか同級生になっていた。
 加えてMくんと私の所属する漫研は、留年経験者が部長を複数年間務めあげるという嫌な伝統(※)が存在しており、留年さえしていなければ本来は卒業していたはずのMくんは、その年晴れて漫研の部長に就任した。

※先代部長は自ら四回留年し、六年間ほど部長として君臨した挙げ句、いよいよ卒業せざるを得なくなると、学校を中退してそのまま渡英してしまった

 元から人数の少ない部である。先輩たちが卒業したあと、残された漫研の部員はMと私の二名となってしまったわけだが、他の部活と掛け持ちで名義貸ししてくれる友だちがいたため、かろうじて部室の維持だけはできていた。Sくんは、そんな名前を貸してくれた幽霊部員のうちのひとりだった。

 元々Sくんは昼休みに図書室でたむろする私たちのグループのメンバーで、低身長の愛らしいルックスから繰り出される毒舌と、自らをロリコンであると標榜し、可愛い物を愛で、可愛い物と同化するために女装をしている変わった人だ。
 彼は学校では男子用の制服を着用していたが、私服はユニセックスな格好を好み、時折女装をしては母や妹と撮影会をしていた。
 あの当時にYoutubeとインスタがあればと思わずにはいられない。

Sから良い匂いがする、とMくんは言った

 秋に入り文化祭のシーズンがやってきた。実働できる部員がふたりとはいえ、文化祭の出展をしないことには部室が取り上げられてしまうので、私とMくんは部室でパネルに掲示するイラストを描き殴っていた。そんな作業の最中、Mくんが私に言った。

「最近Sから良い匂いがする」

 その匂いについては私も認識していた。Sくんはしばらく前から香料強めのボディクリームをつけているのだ。その事実を伝えるとMは、

「あの香りはそういうものじゃない。Sからはオスを惹きつけるフェロモンが出ている」と、強く主張をはじめるではないか。繰り返すが彼はアホなのである。

 少し落ち着けと私がフェロモン説を否定すると、なぜ理解できないのかと彼から憐れみの目を向けられてしまった。

 その香りが体臭か香料かはさておき、私はそのときMがSのことを以前から気にしていた事実を知った。

ちょっと待って、Sはノンケじゃないのか

 Mくんがどうやら本気らしいことがわかってきたが、同時に私には疑問があった。確かにSくんは日常的に女装をするが、彼自身が女子好きでロリコンであると公言しているし、Mくんの気持ちを伝えたところで成就する可能性は低いのではないだろうか。

 しかしMくんは、Sは間違いなく男もいけると自信たっぷりに私に宣言をする。彼の説明はこうだ。

 Mが昨年の冬にSくんの家でコタツを囲んで麻雀をしていたとき、Sくんがコタツの中に上半身を突っ込んで、一緒に卓を囲んでいたHくん相手にとてもエッチなことをしていたところを目撃した。そのときのMはまだSに気がなかったので、「お盛んなことで」とスルーをしたのだという。

 ……はたして麻雀の最中にそんな怪しい体勢でエロに走るやつがいるのだろうか。そしてそんな場面に遭遇して真顔でスルーできるやつがいるのだろうか。

「そうはならんでしょ」
「実際に見たんだよ」
「じゃあ事実だとして、その場合SはHと出来てるんじゃないの?」
「いや、あいつらは身体だけの関係だから」

 SもHも酷い言われようだが、それにしても、なぜそこまで自信をもって言い切れるのだろうか。Mくんは、どうにも思い込みが激しいきらいがあった。

 余談になるが、「変 [HEN] 」というマンガをご存知だろうか。女顔の少年佐藤くんと彼に惚れたヤンキー鈴木くんとの男同士のラブコメである。この話はGANTZで有名な奥浩哉さんの連載デビュー作で、当時ヤングジャンプに掲載されており、Mくんのお気に入りのマンガだった。上述のマンガを読んだ方にはわかっていただけると思うが、Mくんはこのマンガの設定に自分を重ねていたようなのだ。

 変 [HEN] に登場する鈴木くんは、かなり熱烈に佐藤くんにラブコールを送り、うざがられながらもへこたれずに愛を伝え続ける。どうやらMくんは、同じことを自分でもやってみたくなったらしい。私の目には、Mくんが自分に酔い始めているように見え、なんだか面倒くさいことになる予感がしていた。

まさかの恋のライバル、後輩のYくん

 学外の同人友だちから文化祭展示用のゲストイラストを借り受け、その代わりにバーターで冬コミ用の原稿を描く約束をしたりしつつ、文化祭をなんとか乗り切り、後日、MやSを含めた仲間内の十名ほどで打ち上げを行った。その日のSはまたしても女装姿で現れ、そのとき同席していたひとつ年下の後輩のひとりが彼に恋に落ちてしまったのだ。

 後輩の名を仮にYとよぶ。Yくんは図書室メンバーのひとりで、学内だけではなく休日にも一緒に遊ぶ仲だ。優等生でトーク力があり気遣いのできる人物で、誰からも好かれやすい男だった。

 一方、秘めた想いなどという繊細さから対極に位置するMくんは、すでにSにわかりやすくボディタッチを含めた露骨なアプローチを開始しており、そこにYくんが待ったをかけてライバル宣言をした形となった。

 後日の図書室で、そのYくんが言った言葉を私は忘れていない。彼は件のボディクリームの香りを放つSくんについて語った。
「知ってますか? Sさんからなんだか良い匂いがするんですよ。あれは間違いなくフェロモンです」
 Yよ、お前もか。Yくんは同席していたMとともにライバル関係にも関わらず、Sくんの放つ「オスを惹きつける香り」の話で盛り上がり、私はひとり取り残された。悲しいかな、Yくんもアホの子だったのだ。

Sくんは女装すべきか問題

 同じSという人間に惚れたふたりであるが、幸か不幸か、その嗜好は真逆だった。

 YくんはSくんに常に女の子の姿でいてほしいと願い、Mくんは逆に彼に男の子の姿を求めた。
 これはなかなか難しい問題だ。創作においても可愛い系の男子と女装男子は近似だが別ジャンルとしても扱われる。

 ところで、バイセクシュアルで巨乳グラビア好き(※)のMなのに、Sくんには男の格好でいてほしいというのも私には意外な気がした。

※知りあいのゲイやバイの男性に巨乳好きが多いのには何か理由があるんだろうかと考えることがある。サンプルケースが少ないので単に偏りが生じているだけなのかもしれないが

 Sくんは巨乳からは対極にある華奢な男子だが、そういう話でもない気がする。私がMに理由をたずねると、

「女の格好も好きだけど、いざスカートをめくってチンコがついてると俺は萎える。かわいい男の子はそのままでいてほしい」

 わかったような、わからないような。それでも彼の中に何かしらの基準と線引が存在していることに妙に感心して、その力強いセリフを未だに忘れられない私である。

シナリオを書くのを手伝ってくれ

 MとYのふたりから言い寄られることになったSくん。彼の恋愛対象が男性に向けられているのかは私にはわからなかったのだが、ひとつ言えるのはSくんが、MとYのふたりを手玉に取り弄ぶことを、心底楽しんでいたであろうということだ。

 Sくんは、Mが自分に抱きつく行為をしばらく許したうえで、頃合いをみて鬱陶しいからと引き剥がす。本気で嫌がるそぶりは見せずにじゃれ合いの範囲でMをコントロールし続けるのである。悲しいのはYくんで、彼は後輩であるが故にSくんにセクハラまがいの接触を仕掛けることができない。

 だからといってMが一歩リードしているというわけでもなく、結局Sくんにのらりくらりとかわされて、進展のないまま、ある意味幸福な時間が過ぎていった。

 十二月に入った。私は年末の即売会合わせの同人誌原稿を描かねばならぬため、あまり部室に出向いていなかったのだが、Mから「シナリオを書くのを手伝ってくれ」と呼び出しを受け、放課後に顔を出すことにした。

 話を聞くと、彼はSくんが振り向かざるをえないシチュエーションを準備して本気の告白に臨みたいらしい。私には脚本のセリフの監修、シチュエーション設定に協力するようにとの依頼である。

 この年末の忙しい最中にしち面倒くさいことを。と、思わないでもなかったが、ひとまず彼の草案を読んでみることにした。
 私の記憶に残る出だしはこうだ。

 深夜、雪が積もり始める。Sの顔が見たくなったMは自転車を飛ばしSの家へ。

 共有しておくと、私たちの暮らすエリアに雪が積もることなど年に一度あるかないかのことである。黒澤明なら雪くらい降らせてみせるのかもしれないが。

「本当にこの設定が必要か、しっかり考えてみて?」
「降らなくても成立するけど、とにかく最後まで読んでくれ」

 ……最後まで読んだ。
 つまり、彼がやりたいことは以下にまとめられる。

  • 寒空の中、ひとり想い人を待ち、明け方まで長時間たたずんでみたい(自分に酔うため)

  • その挙げ句、風邪を引いて熱を出したい

  • 熱で倒れそうになりながらも、うわ言で自分の気持を伝えることでSの心を動かしあわよくば看病されたい

 ぞっとした。怖くないですか? 私はふつうに怖かった。
 ついでに彼の気持ちを説明しよう。Mくんは馬鹿なことを愚直に実践することを、自分のピュアな心を表現する唯一の方法だと考えていて、このあからさまに稚拙なシナリオも彼の演出プランのうちなのだ。彼はやると決めたら、誰が見守っていなくても本当にやる。馬鹿を演じることができる自分が大好きだから。

 それを踏まえた上で、心に悪魔を飼うSくんに、愚直な馬鹿にほだされる純情な感情を期待することが間違っているのであって、この時点でシナリオは破綻しているのである。おそらく。

 私は強く止めたのだが、彼はやるといって聞かない。聞きゃしないなら、相談するんじゃないよ。もう私に言えることはなさそうだった。

「危ないし迷惑になるから、せめて夜中はやめとき」

シナリオ実行の顛末

 私が友人からの頼まれ原稿を郵送し終えて(当時はデジタル入稿は無かった)一息ついたころ、Mくんから一報が寄せられた。彼はとうとうシナリオを実行したらしい。正しくは、実行する前に終了したのだという。

 私は知らなかったのだが、Sくんの家のおとなりには小学校があるらしく、何時間も学校の脇にある電信柱の前に佇むMは、事案として声がけをされてしまい、そのまま大人しく引き返してきたのだという。当たり前である。

 Mは何度もSの家で麻雀をしており、隣に小学校があることは当然知っていたはずなのに、なぜその情報を私に共有してくれなかったのか。そもそも我々には前科があるので、Mが自身で気づくべきだったのだ。

 半年ほど遡る。その年の夏、私たちは近所の公園でRPGを遊んでいた。

 今は亡きケイブンシャから出ていたジュウレンジャーRPG大百科は、TPRG(通常は机の上でキャラクターの書かれたシートを見ながらサイコロを転がして遊ぶ)の体裁を取っているが、屋外で変身ポーズを決めながら遊ぶことが推奨されている画期的なゲームだった。

 小学生ならともかく、我々はもう大きな高校生であるため真っ昼間に遊ぶのはさすがにためらわれ、夜中の公園に集まり遊ぶことになった。
 ゲーム自体は小学生向けのゲームとは思えぬほど良くできていて、大層盛り上がり、多少大きな声を出してしまっていたかもしれない。

 後日、近所の小学校に通う友人の弟から、全校朝礼で「夜中の公園で奇声をあげる大人がいる」と注意喚起があったと報告がもたらされ、私たちはそのゲームを封印し、深く反省をしたのである。

 当時は宮崎事件の余波で世間のオタクに対する目も厳しく、男子校内の常識も身内間の常識も、世間と乖離していることに自覚的である必要があったのだ。

恋路のはて

 Sくんは、この一連のシナリオと実行の話に爆笑し、Yくんは少し引き気味に聞いていた。

 Mはと言えば、めげるはずもなく変わらぬ態度でSにベタベタする日々を送るのだが、

「最近Iが可愛く見えてきた。俺には選べない」

 と、後輩の美少年Iくんにも二股アプローチをかけはじめたのだった。
 本当にこいつは。マジでなんなんだ。
 これでいて、誰からも嫌われていないのは才能なのかもしれない。


 Mは結局、卒業を前にして自動車教習所で出会った私の知らない人と、駆け落ちをしてしまった。私が大学に進学したあと、一度だけ彼が会いに来てくれたことがある。彼は幸せだと言っていた。今も幸せだといいな。


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