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懲戒処分の目的(人事責任者に必要な不祥事対応とは)

従業員が不祥事を起こしたので懲戒処分したいというご相談をお受けする事があります。

その際に懲戒処分の程度をどうすべきか、どの程度であれば不当とされないかという論点に終始した議論に大きな価値は無いと思っています。

懲戒制度の信頼性を維持するためにその厳格性、公平性、合理性に慎重になることは当然必要ですし、適正な処分とすべきです。
職場のモラルを維持するためにも勿論、これは必要です。

ただ、懲戒は適正な処分を下すことがその目的ではなくて一部のケースを除き、不祥事を起こした従業員に改悛を促し、再発を予防し、担当職務での貢献に期待することが真なる目的です。

懲戒処分には一般的に以下の段階とその処分内容があります。


(1)戒告 ・・・・・・ 始末書をとり将来を戒める。
(2)減給 ・・・・・・ 始末書をとり給与を減じて将来を戒める。ただし、減給1回の額は平均賃金の半日以下とし、処分が複数日にわたる場合でも、その総額は、その月に支給する給与総額の10分の1以内とする。
(3)出勤停止 ・・・・ 始末書をとり14日以内の出勤を停止し、その期間中の給与は支給しない。
(4)昇給停止 ・・・・ 始末書をとり昇給を停止し、将来を戒める。
(5)降職、降格 ・・・ 始末書をとり役付を免じもしくは引き下げる。及び職位・職階を下げる。
(6)諭旨解雇 ・・・・ 退職を勧奨し、これに従わないときは懲戒解雇とする。
(7)懲戒免職  ・・・ 予告期間を設けることなく即時解雇する。


この7段階を順に並べると一見、指数関数的に厳しさが増すように見えますが、(5)と(6)の境目にはその目的において天と地ほどの差があります。

(1)~(5)はあくまで会社に残留させ改悛を促し能力の発揮に期待する処分です。
(6)、(7)は組織から離脱させるべきとの判断による処分です。

前者はこの組織に居て貰う者。
後者はこの組織に居て貰っては困る者。

これは歴然とした違いです

このお話をすると決まって「居て貰っては困る従業員だけれども不祥事の程度から(6)、(7)を選択出来ない場合はどうしましょう?」と相談されます。

これに対しては、「本当に組織に居て貰っては困る従業員だと迷いなくお考えなのであれば、懲戒処分という手段によらなくとも、例え民事的リスクを負ってでも、組織のために雇用関係を解消させるべき方向で検討すべきではないでしょうか。」とご回答させて頂きます。

勿論、雇用関係の解消をむやみに促している訳ではありません。

・本当に居て貰っては困るのか?
・本当にリカバリ―不可能なのか?
・彼、彼女らに職場の規律を守らせパフォーマンスを発揮させる術は本当にないのか?
・能力的優劣の問題なのであればどのような組織でもそれは存在する訳で許容しなければならない範囲ではないのか?
・その原因は果たして属人的問題なのか、組織的問題なのか?(対処療法で解決できる問題なのか)

というところから改めて考えて頂く事を目的としています。

「居て貰っては困る従業員だけれども今の不祥事だけではリスクがあって(6)、(7)は選択出来ない。だから、いまは(1)~(5)にしておいて、それを積み重ねる事で将来的に(6)や(7)を選択できるようにしましょう」とアドバイスをされる方がいらっしゃいますが、これではなにかまた不祥事を起こす事に期待しているようで私はあまり好きではありません。(6)、(7)の選択は結果であって目的ではありません。(1)~(5)を選択する以上は改悛に期待するという事をあくまで原則とすべきだと思います。

「不祥事」という事象の裏にはその真なる原因が別のところに隠されている事が往々にしてあります。
勿論、一義的にはその不祥事を起こした従業員に問題がありますが、この場合、その従業員を処分したところでまた後に同じような問題が起こる事が往々にしてあります。
この真なる問題は当事者の懲戒処分だけではなかなか解消できません。

あの会社(職場)ではなぜか不祥事が起こる。
あの上司の下につくとなぜか部下が不祥事を起こす。
A社では問題を起こさなかった甲氏がB社に入社したら問題を起こした。

これは本当に良くある話です。

私は顧客から不祥事を起こした従業員のご相談をお受けした際の本当に価値のある議論はここにあると思っています。

・なぜ不祥事が起こったのか?
・その不祥事が起こった原因として考えられるものは何か?
・本当に属人的な問題なのか?
・不祥事を起こす前の当該従業員との人事面談記録等で気になるところはないか?
・他社での過去事例からその原因を解消する上で効果的な手段があるがそれを講じてみるのはどうか?
・人事制度やコミュニケーション、組織文化、組織統制、採用等がその原因となってる可能性はないか? 

等々。

長く担当させて頂いている顧問先様であれば私もその会社の事情を良く理解出来ているので、不祥事の事象を細かく聞き取りさせて頂いて、このような本質的価値のある議論をスムーズに進めさせて頂くことが可能です。

「戒告が妥当ですね」、「懲戒によらず厳重注意にしましょうか」、「降格処分はリスクがあると思います」

必要ではありますが、正直、これは大して価値がある話ではありません。

今の時代、インターネットを叩いてそれなりに信頼度の高い情報を見抜く力さえあれば一般の方でも正当性のある懲戒段階は十分掴めると思います。(勿論、不祥事の内容と、処分の程度、不祥事を起こした従業員の人間的資質等によるリスクレベルによっては精緻な判断が必要となることもありますが)

迷ったときには1段低い方を選択すれば大きな過ちを犯すことはありません。

雇用関係の解消を目的とする場合を除き、人事担当者は不祥事処理のメインシステムに懲戒制度を位置づけるべきではない、あくまでサブシステムとして利用すべきです。

初犯で軽微な事案を除き、懲戒処分によって労働者の意識が本質的に変わったというケースにほとんど遭遇したことがありません。
改悛が認められたケースは他の取り組みが奏功しています。

人事責任者は適正な懲戒処分を下した事で良い仕事をしたと思いがちですが、不祥事対応にかかる人事の本質的な仕事はそこにはありませんし、服務規律や懲戒に頼らずに不祥事対応を組織やヒトの改善に繋げられる人事責任者こそが真に優秀なのだと私は思います。

この取り組みをご支援させて頂くための引き出しをいくつも準備していきたいと思います。

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会



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