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労災保険を使わなければならないという誤解

労働災害にかかる使用者の補償責任は労災保険法ではなくて、労働基準法にその根拠があります。

労基法・第75条(療養補償)
1.労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
2.前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
労基法・第76条(休業補償)
1.労働者が前条規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない。

第76条の使用者の義務を使用者に代わってカバーするのが労災保険です。

使わない理由はないので普通は労災保険を使いますが、別に労災保険を使わなければならない訳ではありません。

労災を使わずに使用者が実費で責任を果たしても第76条の補償責任を履行したことになります。
第75条には「労災保険によって費用負担しなければならない」とは書いていません。

ちなみに第76条で「100分の60」とありますが、法律上は60%以上でよくて、労災保険で支給される80%のうち20%部分は特別支給金(社会復帰促進等事業)というオマケに近いものです。

また、第75条で「業務上」とあるように、使用者に補償責任が生じるのは業務災害だけで、通勤災害には生じません。
通勤災害は「通勤災害の発生状況及び通勤と業務との密接な関係等にかんがみ、業務災害の場合に準じた保護を与えることが適切である」との考え方に基づき労災保険が独自に給付しているに過ぎません。

ご承知のとおり業務災害の補償責任を労災保険がカバーしてくれるのは休業4日目からです。

労災保険の補償が4日目から開始されるからといって、1~3日の補償責任を免れる訳ではありませんから、この3日は使用者が補償することになります。これを「待機期間」といいます。
※先に述べましたように通勤災害には使用者に補償責任はないので、法的には一切補償する必要はありません。

労働者が待期期間中に年次有給休暇を請求して、取得した場合、年休の手当が当該労働者に支払われることになります。
これは「平均賃金の60%以上の賃金が支払われている場合」として休業補償が行われたものと見做されます。
有給休暇取得分の賃金と重複して、使用者は休業補償を行う必要はありません。

仮に待期期間だけでなく休業10日目まで有給休暇を取得した場合でも、その日については労災保険からも補償を受けることはできません。
有給休暇をどの日に使うかは労働者の自由で、労災保険の給付が受けられる日に有給休暇が使えない訳ではありません。
両方を重複して使えないだけです。

あるネット記事等では「会社が有給休暇の使用を要請すれば労基法第76条違反」と書かれているものがありますがこれは間違いです。

まず、1つ目の誤りについて。

「勧奨」や「要請」は最終的に労働者が自身の意思で決定するものです。
新型コロナの「自粛要請」からもおわかりいただけると思います。
法律上の責任を負いたくないが故、「要請」として当事者の自己判断(自主的決断)に期待しているのです。

問題となるのは「勧奨」や「要請」ではなく「強要(事実上の強要を含む)」や「指示」の場合です。
勧奨や要請には基本的に責任は生じませんが、強要には「強要によって生ずることとなる不利益」に対する責任は生じます。

例えば退職勧奨合意の法的性質は「自主退職」ですが、退職強要は「見做し解雇」です。
なので事実上の退職強要と判断された場合には退職勧奨と違い、解雇予告や解雇予告手当の支払いが求められる事があります。
勧奨や要請が、実態としても勧奨、要請の範囲で為されているのであればもちろん「モラル」が問われることがあっても「違反」という事にはなりません。

次に2つ目の誤りは、仮に「強要」があったとしても直ちに第76条違反にはならないということです。

強要が法令に直接抵触するのは労基法39条5項の「年次有給休暇は労働者の請求する時季に与えなければならない」に対する違反です。
労働者が後に第39条5項違反を主張して、有給取得日の取り消し請求を行い、強要があったとしてこれが認められ取り消されたにも関わらず、その日に使用者が60/100以上の休業補償を行わなかった時点で初めて第76条違反が成立します。(例え強要疑いがあったとしても労働者がその不当性を主張せずに当該日に実労賃金が支払われたのであれば、労基法76条違反はありません)

勿論、本人が自主的に有給消化を選択すれば何ら問題ありません。

退職後も引き続き労災補償は降りるので、被災後に自己都合退職を予定しているような労働者は退職日で消滅してしまう有給休暇を残していては勿体ないので、平均賃金の80%(平賃の80%は実働賃金の80%を下回ります)にしかならない労災保険より、実働賃金100%で支払ってもらえる有給休暇の消化を希望するケースは普通にあります。
退職を予定していない場合でも「どうせ使いきれないから・・・」と有給休暇消化を希望するケースは、特に待機3日の部分について使用者から平均賃金の60%しか補償されないが故、普通に起こります。

・労災療養補償給付/休業補償給付の「請求書」
・年次有給休暇の労働者による時季指定という「請求」

「請求」というのは請求人、つまり被災労働者が自己の意思によって相手方に何らかの行為を要求することを言います。

つまり、どちらを選択するかは労働者次第でそこは使用者の裁量が及ぶ領域ではありません。(労災保険の事業主証明は労働者の請求行為に対して必要な証明をしているだけに過ぎません)

尚、被災労働者が業務災害での治療費や休業補償に労災保険を使わないからといって、労働基準法施行規則第57条、労働安全衛生規則第97条に基づく事業者に課せられた「労働者死傷病報告」の届出義務が不要になる訳ではなく、仮にこれを怠った場合であって、そこに故意性や虚偽性が伴う場合には「労災かくし」として送検されることもありますのでくれぐれもご留意ください。

y.miura

© 2020 Yodogawa Labor Management Society


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