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韓国文学「アーモンド」の表現方法があまりに美しかったので、まとめてみた。


2016年に出版されてから、韓国国内でベストセラーになり数々の賞を受賞した、韓国文学「アーモンド」。既に読まれた方も多いかもしれません。

インスタの読書垢コミュニティで良くみかけて、ずっと気になっていたのですが、先日ようやく読むことができました。

「読み始めたら止まらない」というレビューを多く見かけましたが本当にその通りで、土曜の夜に読み始めて気が付いたら日曜の深夜。その後も数十分間、余韻が残って眠れないほどでした。

私が感動したのは、震えるようなそのストーリーやメッセージ性だけでなく、著者の「表現方法の美しさ」です。

今回は、何度も何度も読み返しては噛みしめたくなる、「アーモンド」の珠玉の表現方法をまとめてみました。

***

「本は空間だらけだ」

「アーモンド」の主人公ユンジェは、生まれつき脳のアーモンドの形をした「扁桃体」が小さいため、恐怖や喜び、悲しみと言った感情を感じることができません。

ユンジェはお母さんとおばあちゃんと3人で暮らしていて、家は古本屋を営んでいました。

そうやって、いつも本に囲まれていたユンジェは『僕が感じられない感情、経験できない事件』を経験するために、本を開くといいます。

(「好き」という感情がないため、本が好きという言い方がされていません)

そんなユンジェが「本」について表現した箇所は、『本は、僕が行くことのできない場所に一瞬のうちに僕を連れて行ってくれた』という、あまりにありきたりな表現で始まり、

いつしか、映画・ドラマと対比されながら、シンプルかつ、これ以上ないというくらいに「ぴたっ」とハマる独特の表現で描かれていきます。

 本は、僕が行くことのできない場所に一瞬のうちに僕を連れて行ってくれた。会うことのできない人の告白を聞かせてくれ、見ることのできない人の人生を見せてくれた。僕が感じられない感情、経験できない事件が、本の中にはぎっしりと詰まっていた。それは、テレビや映画とはまるで違っていた。
 映画やドラマ、あるいはマンガの世界は、具体的すぎて、もうそれ以上僕が口をはさむ余地がない。ただ撮られている通りに、描かれている通りにだけ存在している。
 例えば、「六角形の家。黄色いクッションが置いてある。そこに、黄色い髪の女性が足を組んで座っている」というのが本の文章だとすると、映画や絵では、文章に書かれたことだけでなく、女性の肌、表情、爪の長さまで全部決められている。その世界に、僕が変化させられるものは何もないのだ。
 本は違う。本は空間だらけだ。文字と文字の間も空いているし、行と行の間にも隙間がある。僕はその中に入っていって、座ったり、歩いたり、自分の思ったことを書くこともできる。意味がわからなくても関係ない。どのページでも、開けばとりあえず本を読む目的の半分は達成している。

ー「アーモンド」p. 49~50

「本」について当たり前の事実を書いているだけのようなのに、その当たり前がとてもシンプルに、かつ美しく表現されています。

本好きの読者にとっては、特に深く共感できる箇所になっていると思います。

さらに進んで、p.131には、「本」についてのユンジェの世界観がこれまた独特な表現で描かれています。

 ばあちゃんの言葉を借りるなら、本屋は何千、何万という作家たちが、生きている人も死んだ人も一緒になって押し合いへし合いしている、すごく人口密度の高い所だ。でも、本は静かだ。手に取って開くまでは、まるで死んでるみたいに黙りこくっている。そして、開いた瞬間から話し始めるのだ。ゆっくりと、ちょうど僕が望む分だけ。

こんなにスラスラ読めてしまうのに、なんだかスラスラ読んでしまいたくない。

そんな葛藤が自分の中で生まれるくらい、何度も何度も味わいたくなるような表現でした。


「五月は一年で一番要領がいい月だと思う。」

クリスマスイブの日。ユンジェのおばあちゃんは、ユンジェの目の前で男に殺されます。

さらに、その場に一緒にいたユンジェのお母さんは、同じく男に襲われ重傷を負い、植物状態になってしまいます・・・

そんな、2人を失った氷のように冷たい冬も気付けばすでに終わり、季節は夏に向かってどんどん進んでいく―― 

その変化を、「自分だけ季節に置いていかれるような」気持ちでいるユンジェと重ね合わせて表現したのが、この箇所です。

季節はいつしか、夏の入り口に差し掛かろうとしていた。五月にもなると、いろんなことに慣れてくる。新学期のぎこちなさも消える。人々は、季節の女王は五月だというけれど、僕の考えは少し違う。難しいのは、冬が春に変わることだ。凍った土がとけ、芽が出て、枯れた枝に色とりどりの花が咲き始めること。本当に大変なのはそっちのほうだ。夏は、ただ春の動力をもらって前に何歩か進むだけで来るのだ。
だから僕は、五月は一年で一番要領がいい月だと思う。やったことに比して、あまりにも評価の高い月。世の中と僕が一番かけ離れていると思わされるのが五月である。世の中のすべてのものが動き、輝いている。僕と、横たわっている母さんだけが、永遠の一月のように固く、灰色だった。

ー「アーモンド」p.151~152

春夏秋冬を、その「気温」や「体感」で表現することは多いけれど、「アーモンド」では、季節がまるで生きているかのように表現されているのが秀逸で、この箇所は何度も何度も読み返して味わいました。


「おまえはさ、知りすぎてるから無知なんだよ。」

感情を感じることが出来ないユンジェは「愛」の定義を頭で分かっていても、「愛」とは何かを感じることができません。

ユンジェと、初めて出来た友達のゴニとの、こんな会話のシーンがあります。

「おまえ、俺に愛とは何かって聞いているのか?」
「愛の定義を聞いているんじゃなくて、君は愛ってどんなものだと思っているのか聞いているんだ」
・・・
「おまえ、男女の愛って何か知っているか?」
「その目的が何かは知ってるよ」
「ふうん。じゃあ何だ?」
ゴニの目元が笑いを含んでいた。
「繁殖のための過程。利己的な遺伝子が誘導する本能的な...」
言い終わらないうちに、ゴニがまた後頭部にげんこつを食らわせた。今度は、少し痛かった。
「無知な野郎だ。おまえはさ、知りすぎているから無知なんだよ」・・・

ー「アーモンド」p.177

「知りすぎているから無知なんだ」

そんな表現。今まで、出会ったことがないような気がします。

「アーモンド」は、感情のない主人公のユンジェと周囲の人々との関係性を通して「愛とは何か」という大きな問いのもとにストーリーが進んでいくのですが、

このユンジェとゴニとの会話には、著者の「愛」に対する特に強いメッセージを感じました。

著者は本書の最後で、このように書いています。

「ちょっとありきたりな結論かもしれない。でも私は、人間を人間にするのも、怪物にするのも愛だと思うようになった。そんな話を書いてみたかった。」

そして、その「愛」をさらに「感じる」きっかけになっていくのが、ユンジェの初めての恋なのです。


「夏に着る春のコートのように不必要でうっとうしく感じられた。」

初めてゴニという友達ができたユンジェは、その後、ドラという女の子に恋をします。

ユンジェはこの頃から次第に「興味」というものや、感情にも似た体の「反応」を感じるようになるのですが、

その「恋」という今まで感じたことのないあまりに強い刺激に、ユンジェはとまどいます。

そんな「好き」という感情を持ったことがなかったユンジェの恋の気持ちを、見事に表現しているのがこの箇所です。

ドラを見るとこめかみがずきずきして、遠くからでも、たくさんの人たちの中でも、彼女の声がちょっとでも聞こえてくると耳の神経が尖った。そうやって勝手に反応を始めた体が、自分でも気付かないうちに僕の頭を追い抜いてしまった体が、夏に着る春のコートのように不必要でうっとうしく感じられた。できることなら、脱いでしまいたいほどに。

ー「アーモンド」p.199

恋を「甘酸っぱい」とか「痛みも伴うほどに」などど表現することは多いけれど、ユンジェにとって得体の知れない初めての恋の「感覚」は、そういう常套句では表しきれません。

初恋のドギマギを「夏に着る春のコートのように不必要でうっとうしい」という表現で描写した、著者のソン・ウォンピョンさんのあまりに豊かな表現力に、憧憬の念を抱きました。

***

原作が「韓国語」だからこそ、失われなかった美しさ

本書は、「ことばの宝箱」のような小説でした。

著者のソン・ウォンピョンさんの言葉の使い方には脱帽以外のなにものでもなく、ものすごい表現者だなあと心底感動したのと同時に、

翻訳者の方の翻訳技術のレベルの高さと、さらには、「原作が韓国語だからこそ失われなかった表現の美しさがあったのだろう」ということも強く感じました。

これが、英語やヨーロッパ言語から翻訳されたものだったら、こんなに心の琴線にビンビン響く作品になっていただろうかと想像すると、そうはなっていなかったような気がします。

まだ手に取っていない方には、強く強くおすすめしたい、珠玉の一冊です。

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