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掌編小説 へそで飼う

へそのごまを掃除しようとして、とりきれなかった。

そう思っていたら、ごまではなく、どうやら何かの卵だったらしい。へそのなかに何かが棲みついた気配があった。ざわざわする。蟻が脚から這い上ってきたときの感触に近いだろうか。昔の知りあいの名前が出てきそうで出てこない感じに近いだろうか。うまく言い当てられないが、とにかく、どうも落ち着かない。体のまんなかだから余計に。

背を丸め、へその穴をのぞきこんでみた。鏡を使って角度も変えてみる。へそって、こんなに奥ゆきがあっただろうか。狭いし暗いし、よく見えない。懐中電灯で照らしたり、綿棒でつついたりしてみるが、刺激がよくないのか、穴の主はかえって動かない。

「おーい」

呼びかけたところで同じことだ。相手はうんともすんとも言わない。忘れたころに、ざわざわさせてくる。

はじめは気味が悪いと思っていたものの、次第に穴の主が愛おしくなってきた。だって、どこに行くにも、何をするにも、いつも一緒にいるのだから。仕事の合間に、寝る前のリラックスタイムに、へそのあたりに手をあて感覚を集中させる。応えるように動きを感じ、「あ、いる」と安心する。犬や猫のように世話がやけるわけでもない。特別な食事を与えなくても、わたしの食べたものの一部を、あるいは老廃物を、取りこんで養分にしているらしい。

ある日、入浴しようと上着を脱いで、へそから小さな球が現れていることに気づいた。桃色の真珠大のものは、見る間にふくらんでいく。真珠から電球へ、さらにゴム風船から熱気球の大きさへと。どこまでも伸びるチューイングガムのように。

わたしが飼っていたのはこの球なのだろうか。はじめはお辞儀をするような姿勢でへそを見守っていたが、球が大きくなるにつれて、わたしの体はブリッジをするように反り返り、地面から浮き上がった。やがて、どういうわけか球に包みこまれてしまった。

これはまずい。出られなくなる。腕や脚を振りまわして、球の膜を突き破ろうとする。痛い。球はわたしの一部であるらしい。暴れて汗ばみ、息が荒くなった。閉ざされた空間だが、なんとか呼吸できるようなのが救いだ。

そのうちあたりがほの暗くなって、静かになった。落ち着いてみると、居心地のよい空間ともいえた。わたしを取り巻く壁はやわらかく、しっとりと温かい。そういえば、ずいぶん時間が経っているだろうに空腹感も覚えない。

ようやく気もゆるみ、脚を投げ出して座っていると、上の方がぐにゃぐにゃと動き、柔らかい光が射しこんできた。何か聞こえてくる。

「おーい」

からかうような呼び声のあと、くすくす笑いとともに光は消えた。



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