掌編小説 いきあう
彼とけんかして、会う予定がなくなった。せっかくの日曜日、外で昼食でもとろうと気分転換に家を出た。ひとりの自由時間だ。ついでに本でも借りようと図書館に向かう。
橋の上にさしかかった。町名の由来にもなった、なかなか立派な鉄橋である。二車線の脇に設けられた歩道をのんびりと歩く。風が暖かくなった。あふれる光に目を細める。
向こうからも人がやってきた。しまった、彼じゃないか。互いに気持ちが顔に出るタイプである。相手も気づいたらしく、一瞬で表情を硬くしたのがわかる。目もどこかに泳いでいる。
口をきかずに行き過ぎることに決めた。ところが、いざすれちがおうとして、ぶつかりそうになる。こちらに避けようとするとこちらに、あちらに抜けようとすればあちらに、鏡で自分を映すように彼が来る。長い間同じことを繰り返す様は、傍目からは、仲良くダンスのステップを踏んでいるように見えるかもしれない。そんなに狭くもない橋の上で、いま一番したくない相手と「お見合い」である。
彼の表情も微妙だ。眉根は寄せられ、口もへの字に結ばれている。「まいったなあ」と困惑しているようにも、「引き下がれない」という意地を張っているようにも見える。
こんなときは「顔ではなく足もとを見ればよい」と、どこかで聞いたことがある。爪先がその人の行きたい方向を示しているはずなのだと。
彼の足もとに目を落とす。普段から愛用している白いスニーカーだ。ああ、よりによってこのタイミングで同じものを履いてきてしまった。底に厚みがあり、いくらでも歩けそうなほど軽い。数年前、つきあい始めた頃に、彼の好きなメーカーの直営店に一緒に買いにいったものだ。そうだそうだ。あのときも「早く決めろ」と不機嫌だった。お揃いになったのはそのせいだ。結果的に、わたしもお気に入りの一足になったのだけれど。
彼の足の爪先を見ながら動いてみるものの、状況は変わらなかった。軽くフェイントをかけると、相手も仕掛けてくるし、大きく踏み込めば体が触れそうになった。一拍おけば相手もひと呼吸おくし、速度を上げると応じてくる。互いに、無意識のうちに調子をあわせるようになったのだろうか。次第に足の運びや身のこなしがリズミカルになってくる。
やがて日が暮れ、星があらわれ、また日が昇った。夜と朝を繰り返すうちに、季節がめぐった。ふたりの横を車や人びとが行き交い、頭上を鳥が舞う。空気も時々でにおいを変えた。彼の顔を盗み見る。春は桜の花びらがはりつき、夏は玉のような汗が浮く。秋は名月が陰影をつけ、冬は寒さが鼻を赤くした。
もはや、そもそものけんかの原因が何だったかも思い出せなくなっていた。だが、これだけ息があうなら、きっと倒れるときも一緒だろう。なんだかんだ言いながら、運命の相手だったのかもしれない。
ターンをきめると、同じように正面に戻ってきた彼と視線がぶつかった。わたしたちは見つめあい、ステップを踏みつづける。
※「永遠のステップ」から改題しました。
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短い小説を書いています。よろしければ、こちらもぜひ。
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