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手付かずのランチ

友達と鎌倉に行きました。

さて、お昼時。
休日の鎌倉は観光客でごった返しています。
日本語の方が珍しいくらい外国の方も多いです。
シラス丼なんてメジャーな食事を出す食堂は当然並んでいます。

裏道を歩いていると小洒落たパン屋さんがありました。
漆喰とライ麦パンの様な深い木の色が目を惹く、ベーカリーでもブーランジェリーでもないまさにベッカライといったシックな佇まい。

カフェスペースがあってガラス越しに店内の様子をうかがうと、若そうなカップル1組と貴婦人といった雰囲気の老齢の女性2人組だけ。
ランチも美味しそうです。
ちょっぴり高いけど。


テーブルに案内され腰掛けると右奥にさっき外から見えた貴婦人の1人が見えました。

貴婦人と言ったけれどちょっと違うかも。
おしゃれなカッコいいおばあさん。

ショートカットにした白髪に赤縁の丸メガネ、黄色いストール。
いや、サングラスに柄物の上品なワンピースと肩にかけたワインレッドのカーディガンが差し色になっていたんだっけ。

とにかくそんなイメージで思い起こされるタイプの人。

鎌倉に住んでるおばあちゃんっておしゃれな人が多いですね。

角野栄子さんみたいに歳を取りたいってNHKの番組を観て思ったけれど、そういえば角野さんも鎌倉に住んでいるんだっけ。


向かい合って話す2人のテーブルには手付かずのサンドイッチプレートが一皿。

友達がお手洗いに立った時、2人の会話が聞こえてきました。


「〇〇さん隣の部屋の風呂で死んだのよ。」

予想もしていなかった内容に思わずギョッとして、なんだか居心地が悪くなって水のグラスに手を伸ばします。

「そういえば〇〇も死んだわね。」

しんだ。死んだ。
ずいぶんとラフな死んだ。
亡くなった、ではなく、死んだ。
歳をとれば私もこうあっさりと口にするようになるのでしょうか。

とはいえ鎌倉のおしゃれなカフェの薄暗い店内で橙色の灯りの下、おしゃれなおばあさん2人が死んだ死んだと言い合っているのはなんだか少し滑稽にも見えました。

友達がお手洗いから戻ってきて、2人の会話は遠くなります。

ちょうど運ばれてきたランチプレートはとても美味しそうです。

いただきます。


一時間ほど食事と会話を楽しんでさあそろそろと腰を上げた時、あの老婦人たちのテーブルにあるサンドイッチがまだ手付かずで残っていることに気がつきました。

いったい誰の食事なのでしょう。
会話が楽しくてつい後回しになっているのか、これから来る誰かが遅れているのか、それとも。

死んだ。死んだ。
あんなにテンポの良いカラッとした死んだを聞いた後だと、手付かずのサンドイッチはなんだか誰かの陰膳の様に見えて来ました。

縁起でもないし野暮というか、見知らぬ他人の楽しい食事からずいぶん勝手な妄想をしているなと恥ずかしくなります。

さあ気を取り直して鎌倉散策に戻りましょう。


「お会計が3200円になります。」

1人1600円。
やっぱりちょっと高い。

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