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事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第3章 第2話 (2) この世の仕組み

前話までのおさらいはマガジンで読めます。



【真視点】

「まずは『オツキビト』について話そうかな」

 一方的に話を進める真之助に、オレは遠慮なく苛立ちを言葉の端々に散りばめた。

「何だよ、そのお憑き人ってのは?」
 
 真之助はできの悪い生徒に呆れ果てる教師のように首を左右に振る。
 
じゃないよ、。私たち守護霊が守るべき対象者のことだよ」

「どっちも同じだろうが」

「似ても似つかないよ。守護霊は憑くんじゃない、生者に付くんだ。憑依とは訳が違う。だから、お付き人なの。私たち守護霊はお付き人が人生を生き抜くために傍で寄り添い、元凶から守っているんだよ」
 
「じゃあ、元凶ってのは何なんだよ?」

「元凶は生者が生み出す陰のエネルギー体さ」
 
 そこで矛盾に気がついた。守護霊は元凶からお付き人を守っているのに、生者が元凶を生み出すとはどういうことなのか。
 
 オレは大人の意見を全て否定しなければ気がすまない絶賛反抗期の中学生のように食ってかかった。
 
「どうせ、それもお前の嘘なんだろ? オレは生来、そんな正体不明のエネルギーなんて見たことも聞いたことも、生み出したこともないんだからな!」

 しかし、真之助は相変わらず涼しい顔だ。

「元凶は私たちには見えるけれど、生者には見えないんだよ。私たち幽霊と同じく霊体だから、自由自在に姿を変えられるんだ、物体として存在しないからね」

「じゃあ、百歩譲って元凶が存在するとするぜ。上野のときは? 聖子先生のチョークが飛んできたことはどう説明するんだよ?」

「それは元凶が憑依する性質を持っているからだよ。チョークも野球ボールも街路樹も同じ。もちろん、憑依対象はモノだけじゃなく、生者も含まれている。上野君がそうだったようにね」

「まさか!」

 そうは言いつつも、オレは押し黙るしかなかった。

 聖子先生の細腕から放たれる弾丸チョークがいくら最強と言われていても、壁にめり込むはずがないし、野球ボールや街路樹はまるで意志を持っているかのようにオレを狙ってきた。まあ、上野は普段からイカれているから、区別がつけにくいが。

「例え話をしよう。AさんがBさんに意地悪をしたとする。するとAさん本人は気付かないけれど、心に小さな傷ができるんだ。その無自覚の傷口から生み出された陰のエネルギーは、別の誰かが作り出した陰のエネルギーと引き合い、結合し、増殖する。その増殖したものが『元凶』になるんだ。また逆もしかりで、Bさんの『Aさんに罰が当たればいい』、そんな無意識の願いからも元凶は生まれてしまうんだよ」

「悪いやつが元凶を生み出すのはまだわかるけど、被害者も生み出すってのは納得いかねえよ」

「これは善悪の問題じゃなく、この世の仕組みなんだよ」

「その仕組みが本当なら、あちこち元凶まみれになるだろ。神や仏じゃあるまいし、ネガティブな願いを抱かないやつがこの地球上に存在するとは思えないね」

「そ。だから、いつの時代も現世は元凶の住み処なんだよ。この世で元凶の影響を受けないものは何ひとつとして存在しない。いじめ、殺人、自殺、戦争といった不幸な出来事のすべてが心の弱さから生じているように、元凶は心の闇から生まれ、人間が生き続ける限り、無限ループで増殖を繰り返すんだ。しかも、真は誕生日までの七日間、元凶を引き寄せる『運命期』と呼ばれる時期にある」

「……お先真っ暗じゃねえか」

 生者は日常生活を営んでいるだけで元凶を生み出してしまう。

 その事実だけでも愕然とするところなのに、まるで、バッドエンドの映画みたいな笑えない話にオレは怯えていた。

 恐怖の塊を唾と一緒に飲み込んだとき、真之助は天に届きそうな位置からサーカスの空中ブランコのようにブランコを飛び降りた。一度くるりと宙返りをして、いとも簡単に着地を決める。

「真が死なずにすむ方法がひとつだけある」

「何だよ?」

「生きる望みを捨てないこと。言っている意味、わかるよね」

 怨霊と名乗っていたときの浴室での答えが返ってきた。

「さっき、約束したじゃないか。負けた人は何でも言うことを聞くって」

 オレを試しているのか、心の隅々まで見透かすような真之助の瞳がオレを映し出したとき、

「お助けくださいませ!」
 
 女性の悲鳴が横入りした。

「誰その女性ひと?」

「え?」

 呆然としたオレの指が指す方を辿った真之助が幽霊でも見たかのような驚きの表情に変わる。

 見知らぬ女性がいつの間にか真之助に抱きついていたからだ。
 
「カノジョさん?」 
 
「まさか!」
 
 真之助の胸から顔を上げた女性は涙で頬を濡らしている。

「後生ですから、お助けくださいませ」

 時代劇でよく見る女髷。日本人形のようなすっきりした顔立ち。釣り合いの取れないセーラー服。

「でも、顔見知り。彼女は成瀬美月なるせみづきさんの守護霊だよ」

 その名前を聞いたとき、さっきまでオレを震えさせていた「元凶」や「運命期」などの忌ま忌ましいワードが全て消し飛んだ。

 成瀬さんはオレが気になっているクラスメイトの名前だ。


次話『第3話(1) 成瀬美月 【前編】』はこちらから読めます。


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