事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第3章 第4話(2) 成瀬美月 【後編】
前話までのおさらいはマガジンで読めます。
【真之助視点】
親鳥に生きのいい昆虫をせがむヒナのように、寿々子さんが唇を寄せてきたけれど、私は彼女の親鳥になった覚えはない。
「もう! 私は寿々ちゃんの親鳥じゃないよ」
うっかり本音を滑らせると、寿々子さんは恋が一気に冷めるときのようにすっと体を離した。
私の本音に気分を害したからでもなく、自分の態度を反省したからでもない。成瀬さんが席を立ったからだ。
守護霊界の掟の「一、守護霊はお付き人から離れるべからず」に該当する。
「わたくしはお先に教室へ参ります。この続きはまた後程」
何の続きをいつ始めるつもりなのか、寿々子さんが早口でそう捲し立て、いそいそと成瀬さんのあとを追ったとき、
「待って。本を借りたいんだ!」
まるで、高校球児が選手宣誓をするかのような場違いな声で、真が成瀬さんを呼び止めた。
この場にいる生徒や生徒の守護霊たちの視線が再び真に集中する。
成瀬さんは少し驚いたように黒目勝ちの瞳を見張ってから、口元に人差し指をあてて、くすくすと笑い出した。
「シーッ。静かにしなきゃ。ここ図書館だよ」
鈴が転がすような心地よい声だ。
「あ、ああ。ごめん」
真は照れ隠しのためか、しきりに頭をかいた。
「崎山君が本を借りるなんて珍しいね」
「実は今日が初めてなんだ」
成瀬さんは慣れた手つきで、パソコンのキーボードを叩いたり、本についているバーコードを読み込ませたりと貸し出しの手続きをする。「桜並木市の歴史」とタイトルを読み上げる。
「崎山君って歴史に興味があるのね」
「ま、まあね」
「郷土愛が深いんだね。私、男の子って三国志にしか興味がないと思ってた」
「ま、まあね」
真が煮え切らない相槌を打つというのに、成瀬さんは包み込むような柔らかい笑顔を向ける。
「崎山君って優しいよね」
「オレが優しい?」
「この前、図書委員の集会があったときに、無条件で掃除当番を代わってくれたでしょ。あのときはとても助かったの。それに崎山君と話していると楽しい」
「オレが楽しい?」
「表情がコロコロ変わるから、見ていると心が癒されるよ」
これは運命だと言わんばかりの恋心が一気に開花したのだろう。耳の裏まで余すところなく真っ赤にした真は、会話にも花を咲かせようと思ったのか、共通の話題を持ち出そうと試みた。
「成瀬さん、昨日の夕方、桜並木駅前公園の近くになかった? 寿々子さんが公園に来たから――」
そこまで言って、慌てて口をつぐんだ。成瀬さんは寿々子さんの存在を知らない。それを思い出したようだ。
不思議顔の成瀬さんに空笑いを返して、真は話をすり替える。
「ごめん、何でもないんだ。それより成瀬さんの方こそ、何を読んでいたの?」
「私のはこれ」
成瀬さんの読んでいる本は私でも知っているほど有名な海外の劇作家の著書で、敵対する両家の若者の悲恋を描いたものだった。恋愛に憧れる辺り年頃の女の子らしくて微笑ましい。
「ねえ、真之助様。美月と真さん、お似合いだと思いません?」
「まあね」
私も満更でもない気分になる。もし、縁あって二人の交際が始まったとしたら、それは物語のような悲恋ではなく、素敵な恋愛であって欲しいものだ。
図書館を出たところで、自習室から勉強を終えた友人A君と鉢合わせした。
成瀬さんが気を利かせて、ひとり足早に教室へ向かってしまうと、二人の甘酸っぱい雰囲気を敏感に察知した友人A君が早速、真をからかい始めた。真は乱暴な言葉を返したが、湧き起こる喜びを抑えきれないようだった。
一度だけ成瀬さんが振り返った。
途端に真の顔に期待の色が広がったが、生憎、成瀬さんの視線は朝の挨拶運動を終えた風紀委員の腕章をつけた生徒たちの一団へ向いていた。
風紀委員の登場はホームルーム開始の予鈴が近いことを意味している。
彼女の足が一段と早まった。
次話『第5話(1) すなわちオレ最強』はこちらから読めます。
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