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【小説】蓮が咲く7

【七】
 
 
「取り掛かりましょ」
「はい」
 シズカが死んで、三日が経った。
 サエとナギサは、シズカのデスクを片付け始めた。机の上から取り掛かり、親族に届けるもの、重要書類、資料と分けていく。一見物で溢れ返り、お世辞にも綺麗とは言い難い机でも、整理を進めると彼女なりの仕分けがなされていたことが分かってくる。
「彼女らしいデスクよね」
ナギサが独り言とも、サエに話しかけたともとれる言い方で呟いた。
「なんだか、サインした書類、仕分けされた資料一つ一つに、シズカさんがいますね」
サエは、シズカが生きているような感覚に浸っていた。しかし、実際に手を動かして行っていることは、片付けである。それは、シズカの気配の解体作業でもあった。みるみるうちに、シズカの気配が分散され、存在感を消して、シズカのデスクはただの事務用の机になっていく。
机の上を整理し終え、次に引き出しの中の整理に取り掛かった。黙々と作業を続けるサエが、ふと手を止めた。それに気付いたナギサも、同様に手を止め、サエの方を見た。
「あの、これって…」
 
 
――私は、お母さんの寝顔を見たことがない。
 
「おはよう」
 美花はキッチンに顔を出し、母に言った。
「おはよう。あれ?顔色悪くない?」
――お母さんは、いつも完璧だ。
「うーん……」
「ちゃんと寝れてる?」
「お母さんよりは寝れてるよ」
――お母さんは、どんなに夜遅くても朝は必ず家族で一番早く起きて家事を済まし、私とお父さんのお弁当と家族の朝ごはんを作っている。
「さ、食べましょ」
 家族全員が食卓に着き、手を合わせる。
 その矢先、小学一年生になる弟が牛乳の入ったコップを倒した。
「あ~もう」
 父親が悪態をつくそばで、母はテーブル下の収納スペースからさっとウエスを取り出し、こぼれた牛乳の上に置いた。
――予期せぬことにはスマートに対応。
「そんなんじゃ吸わんだろ」
 祖母が言う。
 母はその時もうキッチンに行っていて、台布巾を水で濡らしていた。
「まあでも、捨てる前に洋服にもう一仕事させて、それで浮いた分美味しいものを食べましょう」
――姑の小言はそつなく対応。
「こンくらいのモン、大した節約にもならねえだろうが」
 自分の食器を左手に持ち、母親から台布巾を受け取りながら父が言った。
「“塵積(ちりつも)”よ、チリツモ。 環境にだって、巡り巡ってこの方が良いでしょ」
 母はビニール袋を出してキッチンから戻り、牛乳を吸ったウエスを注意深く丸めて袋に入れた。ウエスの濡れていない部分で、広がったところの牛乳を箒掛けするように掻き集めるのを忘れなかった。
 父親は、自分のところを台布巾で拭くと、時間がないと断って、朝食を再開した。ハイハイと答えながら受け取った台布巾で弟のところをきれいに要領よく拭き取ると、母は再びキッチンに戻り、台布巾を流水で洗った。
――やることは効率的で無駄がない。
「ごめんなさい……」
 弟が小さな声でうつむきながら言った。
「気を付けるんだぞ」
 父が言った。
「美花も、もう食べちゃいなさい。ありがとね」
 弟の服に牛乳が付いていないかを見ていた美花は時計を見て、父親同様食事を再開させた。
「ちゃんとした子育てができてないから、こうなるんだろうよ、全く……。こんなのを子供たちに見せて……」
 祖母の視線の先には、母の朝食があった。
 食品用ラップの上にトーストが置いてあり、その上に目玉焼きやウィンナーが乗せてあった。キッチンカウンターには、一応きれいな皿がある。
「卓也、次から気を付けようね。もう大丈夫だから」
 母が微笑んだ。それを見て、卓也は朝食を再開した。
 父親が食べ終わって洗面所の方に消え、祖母も食事を終えてコーヒーの二杯目を口に付けていた。美花も食べ終わり、席を立つ。
 使った食器を台所の流しに置くと、母が小声で家事の予定を自分に言い聞かせるようにブツブツ呟いていた。
「……今日も朝ごはんは運転しながらかな……」
――そして見栄を張らないし、飾らない。
玄関から父親の行ってきますという声がし、洗面所にいた美花とキッチンにいるであろう母が声で応えた。恐らく、玄関で見送らないのも、機嫌の悪い祖母は小言を言っているに違いない。
 歯を磨き、自分の部屋で身支度を整えた美花がリビングに戻ると、祖母はソファに移動しており、母はまだ食べている弟の横で新聞を読んでいた。
 キッチンカウンターの上の皿は片付けられており、食品ラップの上の朝食は半分に畳まれ、ラップにくるまれていた。
「行ってきます」
 美花が言うと、母は顔を上げて言った。
「行ってらっしゃい」
――『趣味は仕事』と言いながらも家族を大事にし、家事も手を抜かない。もちろん、仕事の愚痴も聞いたことがない。
 こんな完璧な人が近くにいたら、誰だって自信を無くすと美花は思う。
 
 
 
ザッ と水を掻いていた手が、水と共にプールサイドに当たった。
 美香は顔を水から出し、タイムを計ってくれている同期の加奈に訊いた。
「どう?」
「うーん」
 加奈はタイマーを美花に見せた。
「はあ~……」
 タイムがなかなか縮まない。
 基礎練習にもっと時間を割かねばならないのか。
「ちょっと疲労が溜まってる感じだし、一旦、休憩入ったら?」
「うん……そうする」
 加奈に言われ、美花はプールから上がった。
「困るよね~マジメだと」
 プールサイドを歩いて私物が置いてあるベンチに向かっている時、その手前のベンチに座っていた同じスクールの仲間が言った。
 思わず美花がそちらの方を見ると、それに合わせるように更に言った。
「こっちがヤル気ないように思われるんだよね」
 小言を言ってくる子と一緒にいる取り巻きがクスクスと笑った。
「行こ」
 加奈に促され、美花は再びベンチに向かって歩き始めた。
 彼女たちは、同じスイミングスクールの同じクラスの子達だ。水泳は嫌いではないようだし、選手コースに在籍できているのだが、隙あらばサボろうとする。
 話や趣味も合う気がせず、美花はろくに話したこともない。
(タイム縮まないし、スポーツ推薦狙ってるのに、マジメじゃないも何もないじゃんか……)
 美花は、咄嗟に気の利いた返しができなかった自分が悔しかった。
「気にしちゃだめだよ」
 美花の気持ちを察してか、加奈が言った。
「ありがとう。大丈夫。加奈のお陰だよ~水泳続けていられるの!」
「んな大げさな~」
 加奈が美花を小突く仕草をしてふざけた。
「実力でしょ、実力!」
 そう言う加奈も、クラスでは上位に入る記録の持ち主だ。進路に関しては同様に不安もあろうが、このところコンディションが良いのだ。
「そんなことないよ~」
 美花は謙遜して言った。
 
 
 
「ただいま~」
 母と弟が帰ってきた。と、同時に空気を割くような声が貫いた。
「遅い!!」
リビングから顔を出したのは祖母だった。
「お帰り」
 祖母の後にリビングから出てきたパジャマ姿の美花が玄関まで顔を出した。
「ただいま、美花」
母は祖母の怒鳴り声が聞こえていないかのような笑顔で美花に言った。
 祖母はそのまま、自分の部屋に入っていった。
「あ、シャンプー、分かった?」
 母は美花のパジャマ姿を見て言った。
「ああ、いつものところにあったから、すぐ分かったよ。今、洗濯物を畳んでたところ」
「わー、助かるぅ! ありがとう」
 学童の荷物や自分の鞄を持ち、母と弟はリビングに入った。
 慌ただしく夕飯の準備をすると、加熱時間を利用して母は弟の宿題をみる。
 美香もリビングで残りの洗濯物を畳んだ。
 その後父も帰宅し、食事を済ますと、父と弟が風呂に入り寝る支度をした。
 美香も寝る支度をすると、キッチンに顔を出した。
「おやすみ」
 母にそう言うと母も応えた。
「おやすみ。あ、ねえ、美花」
自室に戻ろうと思ったその時、母に呼び止められた。
「最近、顔色悪いけど、大丈夫?」
――どんなに忙しくても、アンテナは鈍らない。
「最近元気もないような気がするんだけど、何か悩みでもあるの?」
 母は付け足した。
「大丈夫。何でもないよ。おやすみ」
 そう言って、美花はリビングを後にした。
 ベッドに入った美香は、スマートフォンを点けた。
 案の定、メッセージアプリに沢山のメッセージが来ていた。
 まず雑談ばかりの学校のクラスのメッセージルームを開き、目を通した。次に委員会。こちらは事務的な連絡もあり、スケジュール管理アプリを立ち上げ、予定を確認しながら必要なものには返信をした。
 本腰を入れねばならないのは、個人宛のものだ。
 一人一人のメッセージに目を通し、お勧めのミュージックビデオやフレンズアプリに投稿された記事に目を通し、感想を返信した。
一番大変なのが、加奈だ。
加奈は両親ともに帰りが遅い。家に帰ってからはほぼ自分だけの時間で、話を聞いている限り、家の手伝いをすることもないようだった。そのためか、悪気はないのだろうが、大したことのない内容を自分に送ってくる。それも何十件もだ。恐らく、同じ学校の友人にも同じようにしているのだろう。
一通り目を通し、面白いと思ったことなどに返信していると、同じ学校で先に返信をした友人から更に返信が返ってきた。そちらに目を通しているうちに、加奈からも返信が来た。そうこうしているうちに、夜が更けていった。
 ふと時間をみて、思っていた以上に時間が経過していて驚いた。いい加減寝なければと、やり取りをしていた友人たちに話を切り上げるような内容と「おやすみ」の一言を送ると、美花はトイレに行こうと部屋を出た。
 トイレ横の洗面所の洗濯機は回っていて、風呂場からは水の音がした。母はまだ起きているのだ。
(お母さん、今日は何時に寝るんだろうな……)
 美花は思った。
 
 
 
 翌朝、さすがに顔色の悪さは父親からも指摘された。
 いつも通り学校に行き、放課後スイミングスクールのロッカールームに着いた時にスマートフォンをチェックした。すると、母からメッセージが来ていた。
 内容は、体調を心配する内容だった。風邪や生理関連のことではないということを送ると、すぐに「本当に?」と返信が来た。向こうは仕事中のはずなのだが。もしかしたら、休憩中なのだろうか。思えば、今まで仕事の様子を全く教えてもらっていない。
美花は思わず深夜まで続く友達とのメッセージのやり取りのことを母への返信に書いてしまった。すると、数分経ってから、返信が来た。
「うーん、そういうの、大変だよね。良ければ週末、気分転換に二人でどこか行かない?」
――嫌だ。
美花は反射で思った。
こんな完璧な人と一緒にいたら、自分をますます嫌いになることなど、想像に難くない。
ただ、どう断ればいいのか。友達と予定がある? 疲れている?? いや、友達と休日にまで顔を合わせたくないし、嘘を付いて出て行っても行く場所がない。疲れていると言ったらまた他の案を出されそうだ。
結局、美花は気持ちとは裏腹に、OKの返事をしてしまっていた。
 
 
 
迎えた週末の朝、母は普段よりはきれいな恰好をしていた。
平日はいつも「どうせ向こうで着替えるから」とほぼ部屋着のような格好で車に乗り込むが、今日はおしゃれな場所に行っても恥ずかしくないような姿だった。
こういう恰好をすると、もともとそれなりに鍛えられている身体だから様になる。美花はそれも嫌だった。
まだ寝ている父の分の朝食に食品ラップをかけ、テレビを観ている卓也に声をかけると、二人は予定通りの時間に家を出た。
「おまかせって言われてたから、お母さんなりに調べたところで良いんだよね?」
 母はシートベルトを閉めながら確認した。
「うん」
 美花は短く答えた。思えば、通勤用の母の車に乗るのも久しぶりである。
 道中、母が赤信号で停まった際に、スマートフォンの画面で行こうとしている場所のホームページを見せた。
 それはレストランだった。片道どれくらいの時間がかかるかは分からなかったが、この時間でランチ? と思いつつも、ついついアクセスや地図よりも料理の写真に目が行った。食用花が添えられていたり、見たことのないフルーツが料理として使われていたりと、フレンズに載せたら一気に人気が出そうな写真が沢山載っていた。
 郊外を抜け、景色が単調になってくると、美花はいつの間にか眠ってしまっていた。到着の少し前に起こされると、車は山の中を走っていた。
「こんな山奥に、レストランなんてあるの?」
「ナビ通りだから大丈夫大丈夫」
 美花の不安そうな声に母は楽観的に応えた。その時、一台の車とすれ違った。後続車もなく、見たのはその一台だけだった。
 その後、数分走ると、突然視界が開けた。
 周囲が畑や田んぼばかりの交差点に、ホームページで見たレストランの看板が立っていた。
「あったあった~♪」
 母がウィンカーを出し、車線変更をして看板の指示方向に曲がった。そのまま駐車場に入った。
「レストランのオープンより少し早く来たね。ショップの方を覗いてみようよ」
 母の提案で、二人は車を降りた。
 そこはレストランだけでなく温室と家具店が併設されていた。駐車場から温室に入ると少しむっとした空気に不快さを感じたが、それを吹き飛ばすような光景に息を飲んだ。
 一面の、緑 緑 緑。
 見たことのない植物が所狭しと並び、幻想的な世界に迷い込んだようだった。時折、知っている観葉植物も見かけるが、ここではなんだか特別なもののように思えた。
 しばらく歩くと、図鑑や教科書でしか見たことのない大きな食虫植物があった。
「うわっ、これすごい!」
 思わず声を出すと、母が言った。
「並んだところを写真撮ろうか?」
「うん!」
 母に写真を撮ってもらうと、二人は温室を出た。
 今度は家具店の方に行こうと母が提案し、美花は「うんうん!」と同じ方に歩みを進めた。
 途中、母が歩みを止めた。
 母が釘付けになったのは、会社の紹介の看板だった。
「どうしたの?」
「ん? いや、ここってこういうポリシーで運営したり拡大したりしてるんだな~と思って。ちょっと読ませて」
 そう言われて、美花もその看板を読み始めた。
 元は造園会社だったが、植物の販売も始め、そこから作物や果物の販売を手掛けるも、収穫物の販売事業は失敗。しかし、それらを使った料理を提供するレストランを始め、国内ではまだ珍しい食用花や珍しい品種の作物を料理に使って提供し始めた。そこから当時の社長が環境への配慮と環境配慮を意識した生活そのものへの提案を実現したいと家具の制作・販売を始め、今に至ると書かれていた。
「ふーん」
 母はいつの間にか腕組みをして看板の文章を読んでいた。
 同世代で来ていたらこんなもの素通りしていただろう。
「ありがとね、行こうか」
 家具店に入ると、一瞬でハーブの香りに包まれた。出入り口付近にルームフューザー売り場があり、通路に向けて噴霧していたのだ。
 二人は無垢材の家具に触れたりや天然麻が張られたソファに座ったりして、感触を楽しんだ。
「いつかこういうのを使えたらいいなあ」
 美花は言うと、母は微笑んだ。
 時間をみて二人はレストランの方に向かった。
 自分でも意外に思うほど、お腹が空いていた。
 メニュー表を見ると、目を疑った。
「た…高くない?」
 思わず小声で母に言ったが、母は大丈夫大丈夫と笑った。
「こういう時のための節約なんだし」
 サラダやピザなどを取って二人で分けることにし、それぞれ食べたいと思うものを小さいサイズで頼むことにした。こうしたニーズに合わせたメニューがある店は初めてだった。母は、テイクアウトで、夜のおかずになりそうなものも頼んだ。
 先に飲み物が届き、乾杯をした。
 母は、ノンアルコールビールを半分ほどまで一度に飲むと、
「はぁ~、このために仕事してるのよね」
 と力を抜いた表情で息を吐くように言った。
 そこからは様々なことを話した。学校の友達のこと、水泳のこと、加奈のこと、スマートフォンでの交流のこと。水泳のことは、タイムについての悩みもいつの間にか話していた。更に加奈のことに関しては、いつの間にか言いぶりが愚痴を通り越して悪口そのものになっていた。
 母は美花の話に相槌を打ち、話の合間で料理に感動する美花に目を細めながら、最後まで話を聞いていた。美花がふと気付くと、レストランは満席になっていた。
 食事が終わり、レジ横のお菓子を卓也へのお土産として一緒に会計を済ませ、二人で外に出ると待っている人でごった返していた。
 二人は再度温室に入ったが、人が多いせいで最初に感じた感動は薄れていた。植物の放つ空気の湿った感じや香りも薄くなった気がした。二人はそこで多肉植物の鉢植えを一つ買った。
 二人は車に乗ると、母は、
「ここから更に山奥のカフェに行かない?」
と、提案した。
「行ってみたい!」
出発の時とは違い、美花は身を乗り出した返事をした。
 更に山奥を走ると、山小屋が見えた。
 駐車場は砂利で平らになっているだけで、線も車止めもなかった。
 車から出ると外のややひんやりした空気が美花の鼻孔を駆け抜けた。
(清々しい……ってやつか)
美花は思い切り伸びをした。
(空気が澄んでいるっていうのは、こういうことなんだ……)
 美花は初めて、漫画や文学でよくある、山で伸びをする表現に現実味を感じた。
 母はそこでタルトとブラックコーヒ―、美花はアップルパイとカフェオレを頼んだ。
 壁には、定期的に行われるジャズの公演日時などが張り出されていた。
「お母さん」
「何?」
「こうして、日常とちょっと距離を置くとさ、私の悩みなんてほんとにちっぽけだよね」
「そう?」
 美花は頬杖をつく母を見た。
「え? お母さんはそう思わないの? そう自覚させたいから、こういう所に来たんじゃないの?」
「それはない。普段では体験できない癒しがあって、美味しいものが食べられて、美花の知り合いに遭う確率の低い場所で一日リラックスできれば、それでよかったかな」
 美花はぽかんと口を開けて母を見た。
 クスクス笑いながら母は言った。
「ちっぽけだと思わない理由は二つ。ひとつは、美花はまだ中学生。だったら学校や通っているスイミング教室が世界の全てなのは当然でしょ。第一今は成長期だし。もう一つは、こうした人間関係の悩みって、本質は大人も変わらないの」
母は、コーヒーを一口飲んで続けた。
「だから、この時期に悩んで出した結論は、確実に美花のスキルになる。だからちっぽけなんて思わないで。ね?」
 母はそう言うとにっこりと笑った。
――やっぱり、
 母は、ぽかんとし続ける美花をよそに、タルトを一口食べた。
――やっぱり、お母さんは完璧だ。でも、
ん~、美味しい♡ と、母は味わいながらタルトをゆっくりと食べた。
(なんでだろう……嫌じゃなくなってるかも……)
 美花はカフェオレを一口飲んだ。そして、思わず声を出した。
「わ、おいしい!」
 
 
 
夕方に帰宅すると、ふてくされた卓也が玄関まで出迎えてくれた。父との休日が不満だったようだが、母がお土産のお菓子を渡すとコロッと機嫌を直した。
夜、いつもよりも時間に気を付けてスマートフォンをいじっていた美花は、頃合いを見て切り上げ、寝る前にトイレに行こうと部屋を出た。すると、リビングから両親の声がした。荒げているわけでは無かったが、不穏なものを感じた美花は、思わず気配を潜めて近付いた。
「ったく、卓也を置いて二人で遊びになんて……」
 父の声だ。
「だから、説明したじゃない。美花の様子がおかしいって」
「そうだけど、休みの日に子供の相手を押し付けられた側の身にもなれよ」
 ここで廊下にいる美花にも分かるくらい、冷たい風がスッと一筋通った気がした。
「ねえ、その子供って、自分の子供だよね?」
 母の怖いくらいの冷静な声に、父親が少しうろたえたのが分かった。
「そうだけど、いや、俺が悪かった。でも、宿題だって終わるまで横で見てなきゃいけないし……普段のお前が至らないから、一人でできないんじゃないか?」
「まだ一年生だし、こういうものでしょ? あなたは一年生の時どうだったの?」
「一人でやってたよ。母さん仕事でいなかったし……」
「で、できてたの? 正解してたかどうかじゃなくて、最後までやり切れてた? 集中力続いてた?」
「いや、それは……。それは、まあ、ともかくとして。せめて夕飯はちゃんと作ってくれよ」
「あれ、お土産のつもりだったんだけど」
 レストランでテイクアウトして帰ったおかずのことだろう。そういえば、卓也はがっついて食べていたが、父はあまり食べていなかった気がする。
「それは分かるけど、俺、ああいうの好きじゃないし」
「でも、珍しい物とかテレビで見ると食べたがるじゃない」
「食べなれた物があるからこそだよ」
「でも、あれ以外にもおかず作り足したじゃない?」
「足りねえよ。次にこういう機会があった時は、普段通りのおかずもちゃんと作れよな」
――ああ、やはり迷惑だったか。
 美花は、今日一日のことを丸ごと否定されたような気分になった。
「大体、仕事だって続けさせてやってんのに……」
「仕事は好きだけど、あなたの収入だけでこの家のローンと養育費、まかなえるの?」
「お前、図に乗るなよ!」
 父の声が少し大きくなった。
「美花の水泳がこんなに続くとは思わなかったし……家だって……」
「私の収入ありきでのローンプランじゃない。銀行で計画組んだ時はあんなに調子よく妻が公務員なのをアピールしてたじゃない」
「そういう時は話は別だろ」
「別でも繋がってはいる。これで私がいざ仕事辞めたら『何で辞めたんだ!ローンもまだこんなにあるのに!』って言うのが目に浮かぶわ」
「お前なあ!」
 ここまで聞いて美花は感情が無くなり、その場を離れた。トイレを済ませて出た時には、二人の会話は止んでいた。立ち聞きを察知されたかもしれなかったが、美花はどうでもいい気持ちになっていた。
 翌日の、月曜日の朝。
 いつも通り、母はとっくにキッチンに立っていた。
 何事もなかったかのように父と顔を合わせ、同じテーブルで朝食を食べた。
 いつも通りの一週間が始まった。
 そして、授業中に急遽職員室に呼ばれ、その足で誰もいない応接室に移動した。
 そこで、校長と担任から、母の殉職を知らされた。
 
 
 
「それじゃ、行きましょうか」
 ナギサがリョウに言った。二人とも黒のスーツを着ていた。
「はい」
 リョウが車の助手席に乗った。
 レンの第一オフィスの地下駐車場を出ると、途中で駅のロータリーに入り、そこに駐車した。
 行き交う人を注視していたリョウがあっと声を出した。ナギサもそちらの方に目をやった。
「行ってきます」
 リョウが車を降り、見つけた男性に近付いた。
「突然失礼いたします。村川弁護士事務所の、村川伸太郎さんでいらっしゃいますか?」
「そうです。では、あなたが……」
「はい。民間軍事会社レンの栗林と申します。本日はよろしくお願いいたします」
 きちっとお辞儀をするリョウの姿に、村川は公務員らしさを感じた。
「あちらに車がございますので、どうぞ」
リョウに促され、車の方に行くと、もう一人、長身で格闘家を思わせる体躯なのに隠しきれていない色気の漂う女性が立っていた。
 お互いに簡単な挨拶と名刺交換をしたのち、村川は車の後部座席に乗り、シートベルトをした。
「あの、確認なんですが、石丸さんのお骨は……?」
「火葬場まで、ご家族がお迎えにいらしてくださいました」
 ナギサが答えた。
 捜査の内容と死に方から、シズカの遺体は家族には見せることはできず、お骨にしてからの引き渡しとなった。
 レンのメンバーは当直を除き、全員揃って火葬場で家族と対面するつもりでいたが、来たのは夫だけだったのだ。
「今日はご家族揃っているんでしょうか」
 村川の問いにナギサが前を見たまま呟くように答えた。
「事前にそう伝えてはいます……伝えては(・)、いるんですが」
 
 
 三人は、予定通りの時刻にシズカの家に着いた。ごく一般的な一戸建てだった。
 ナギサがインターホンを押すと、中からシズカの夫が出てきた。
「どうぞ」
 目のやり場が定まらないまま夫が中に促した。
三人は、ナギサ、村川、リョウの順に中に入った。中に入った際に、初対面の村川だけは夫に簡単な自己紹介をした。
 リビングまで案内されると、シズカの夫が横の和室の襖を開けた。中にはローテーブルがあり、シズカの夫の母親、娘、息子が座っていた。母親は襖が開くとこちらを睨んだが、子供たちはうつむいたままだった。
「失礼いたします」
 三人は中に入り、義母や子供たちとは反対側に並んで座った。お茶を煎れたシズカの夫が和室に入り、三人の前に置いた。
「この度は、最も避けなければならない事態に陥った上、美苑(みその)さんがその被害に遭われたこと、我々の力不足で防ぐことができず、大変申し訳ございませんでした」
 ナギサが深々と頭を下げるのと合わせて、リョウも頭を下げた。
 石丸美苑――シズカの本名である。
「あの、亡くなった時の状況とか、そういったものは本当に教えていただけないんでしょうか?」
 夫がこちらの反応を探りながら尋ねた。
「申し訳ありません……。その点に関しては、以前お話ししたとおり、お教えすることはできかねまして……。ご家族がご納得できないのは分かります。ただ、どういったところから捜査に影響が出るか分からないのもあり、一切お答えできないというのが現状です」
 ナギサの説明に、夫は手を震わせた。
「そんな、親族なのに……遺体との対面さえもできなかったんですよ?家族の気持ちも考えてくださいよ!」
 夫はナギサに食ってかかった。
「心苦しいのですが……」
ナギサの言葉に、夫が呟いた。
「……ふざけてやがる……」
しばし、重苦しい静寂が流れた。それを、美苑の義母が破った。
「だから警察官なんて辞めろって言ったんだよ」
「ちょっと、止めてくれよ母さん。すみません…」
「全く、とんでもない嫁だったよ」
 義母がこれ以上は黙っていられないという様子で話し始めた。
「結婚しても仕事を続ける? それも、事務のようなところではなく、同じ仕事内容のところで? それで家事はほったらかしじゃないか。家電やら何やらに金使って……サボりたいだけじゃないの」
 祖母の言葉を聞いていた息子が、肩を震わせて泣き始めた。
「子育てもほったらかしで。それで勝手に死んで。それもこんっな死に方で……孫たちが本当にかわいそうですよ、まったく」
「おばあちゃん、いい加減にして」
ずっと黙っていた娘が、突然口を開いた。
「お父さんの稼ぎだけで、果たしてこの生活と水泳と、ここまでやれてたと思う?」
 ほんの少し、夫が情けなさそうな顔をしたのを、リョウは見逃さなかった。
「美花、お母さんのことを悪く言われて嫌な気持ちなのは分かるけど、これは大人の話……」
「大人の話??」
 美花が父親の話を遮った。
「お骨になったお母さんを迎えに行くの、ダメだって言ったのは、大人じゃないから? 私と卓也の気持ちはほったらかしで? おばあちゃんこそ、何してきた? ずっと家にいたって、何もしてなかったじゃない。卓也の宿題一つ見たことないよね? 私の試合も見に来たことないよね? おばあちゃんこそ色んなことほったらかしてるよね?」
「美花、やめなさい、す、スミマセン……」
 父親が感情の高ぶる美花を制止しようとした。
「一番の問題はお父さんだよ!」
 美花が父親の手を払いのけ立ち上がった。中腰の父親を見下ろす形となった。
「お父さんはお母さんと夫婦なのに、全然理解もフォローもしてなかったじゃない! むしろ、共働きなのに家のこと全然しないで、仕事の愚痴ばっか。幼稚だよ! 友達と話したり家に遊びに行ったりすると、ホントに悲しくなるよ! 共働きの家でお父さんがこんなに頼りないの、うちくらいだよ! お父さん、お母さんがいなくなった分、頑張る覚悟はあるの?! もう、私、私……」
 美花は握りこぶしを震わせ、下を向いた。涙が落ちると、それがきらりと光り、泣いているのが分かった。
「……水泳、やめなきゃいけないの……?」
その一言に、父親が背中を丸めて腰を落とした。
「そもそも、選手に選ばれる見込みもないじゃないか」
 祖母がポツリといった。美花は鬼のような形相で祖母を睨んだ。
「おかあさん、やめてくれ人前で……」
「選手になれなきゃ、水泳をやっちゃいけないの?」
 美花が祖母を睨みながら言った。
「だったら、お母さんの家事に文句があったなら、おばあちゃん自身が料理家にでもなりなよ。日がな一日、テレビ見てる人に言われたくない。知恵を溜めてお母さんを見下して、上に立ったつもりなんだろうけど、本当に空っぽなのはおばあちゃんだよ!」
「なんって口を……」
 祖母が怒りで立ち上がろうとするのを、「まあまあ」と父親がなだめて座らせた。
「ほら、美花もそろそろ座って……」
「触らないで」
なだめようと出した父親の手を、美緒は身をすくめて避けた。
「自分の母親でさえ、機嫌伺わなきゃいけないような人に触られたくない」
「美花!」
「あの」
 父親が声を荒げたタイミングで、今まで黙っていた村川が口を開いた。
「きちんとした紹介が遅くなり申し訳ありません。私は村川法律事務所の村川伸太郎と申します」
 美花はまだ涙が止まっていなかったが、我に返って、座り直した。父親はその後ろに座った。
「実は、石丸美苑さんなんですが、生前に当事務所に遺言を残しておりまして、私は本日、そのこともお伝えすべく参りました」
 シズカの家族は急に水を打ったように静まり返った。
「このような遺言は、こうしたお仕事をされている方々の間ではよくあるものなのですが、それとは別に、ご主人の身に何かあっても、子供たちに影響がないよう、それぞれの口座で子供たちへの資金をそれぞれご準備されていました」
 えっ と、家族一同が息を飲んだ。
「そんなの、聞いてないぞ……」
 夫が呟いた。
「いくらなんですか? それは」
「それはご本人様にしかお教えできないことになっております」
 夫が、頭を殴られたような反応をした。
「でも、私は配偶者です! この子たちの実の親でもあるし、今後も養育していく立場にあるんですよ!」
「それも認識した上で、故人様がご意向を示しておりますので」
「美苑の……意向……」
 夫は貧血を起こしたようによろけ、焦点の定まらない目で膝の先の畳を見た。
「あ…あいつは、一体いくら稼いでたんだ…」
美苑は、夫を信頼していなかったのである。
「それを家に入れもしないで……」
 祖母はフンと鼻を鳴らした。
 混乱した夫が続けた。
「だっ…だって、あいつは普通の警察官でしたよね? そんな高給……」
「私共は、確かに公務員です。ただ、就いている任務が通常の警察官よりも危険にさらされることが多いため、それ相応の手当ては付いています」
「は…ハハ…」
 父親は頭を掻いた。
「確定申告とか、任せっきりだったからな……」
 それだけじゃないだろう、とナギサもリョウも内心思った。
 家の感じからして、共働き故のハイテク家電が揃ってはいるが、それ以外はどう見ても一般的な家だった。
 生前の仕事量からしてももっと散財しても良いと思う所だが、そうしたところも妥協せずにこなしていたのだろう。
「じゃあ、私は……水泳をやめなくていいってことですか……?」
 まだ目に涙が残る美花が、村川を真っすぐ見つめて訊いた。
「ええ。そして、これはあなた自身の資産です。卓也君も、同様です」
 村川は子供たちに対して微笑んだ。
「すみません、それと……」
 ナギサが話し始めた。
「この後美苑さんのご実家にこのまま向かうんですが、事前のお電話でお話しした通り、美花さんと卓也君もご同行させていただいてもよろしいですか?」
 ナギサの言葉に、夫が我に返った。
「え、ああ……はい、準備はできている…と思いますので……」
 夫は美花を見た。
「卓也、カバン持って。行くよ」
 美花は父親には一瞥もくれずに立ち上がった。
「ま、待ってよ~」
 気持ちをずっと張りつめさせていた卓也が我に返り、慌てて立ち上がった。
 
 
 シズカの実家に向かう車内では、緊張の糸が切れた卓也のすすり泣く声が響いていた。ナギサともリョウとも村川とも初対面だったが、普段と違う家族の様子に頭の上で飛び交う口論で緊張は頂点に達していた。環境が静かな場所に代わり、姉も一緒にいることで、卓也は家よりも落ち着くことができた。
「美花さん、大丈夫?」
 村川が美花に訊いた。
「……はい」
 美花が小声で答えた。
「もう、あの家にいたくないな……」
 思わず美花が呟いた。
「こんなことになっちゃったら、仕方ないよ 」
 村川が折衷的な意見を言った。
「でも、お母さんがかわいそう。あんな言われ方して……」
 一時間ほど前のことを思い出し、美花は悔しさとやるせなさと怒りが蘇ってきた。
「それならこれ、見てみて」
 運転中のナギサが信号で止まったタイミングで、カバンから一枚の紙抜き取り、後部座席の方に差し出した。
 受け取った美花が思わず声を出した。
「えっ、これって……」
 離婚届だった。
「これ、どうしたんですか??」
 美花は思わず大きな声を出した。
 シズカの記入するところは、既に記入しており、押印もなされていた。
「デスクを片付けてたら、出てきたの」
「実は、うちにも一部、記入済みのを預けていたんですよ」
 村川が言った。
「美花さんと卓也君にとってはお父様もおばあさまも大事な家族ですから、お母さんなりに気を遣っていたんでしょう。でも、お二人の資産の件もそうですが、することはしていたんですよ」
 村川はにこりと笑った。
「お母さん……」
 離婚届の準備など、たかが知れている。しかし、母親の心はやられっぱなしの搾取されっぱなしではなかったのだと美花は知った。
「そして。はい、これ」
 卓也が少し落ち着いてきたのを見計らって、村川が二人にそれぞれ封筒を渡した。
「これって……」
 美花が封筒の裏を見ると、『お母さんより』と書かれていた。
「石丸さんは、お二人に資産の他に手紙を書かれていました。資産の使い道の要旨だけでなく、殉職した際の子供たちへの思いも書いているとおっしゃっていました」
 美緒は封を切ると、中の便箋を取り出した。それを見ながら、村川は続けた。
「こまめに書き直していましたよ。お二人を、第一に考えているのがよく分かりました」
 美花は、涙が溢れ、堪え切れなくなった。
「ううっ…う~…」
 美花は声を出して泣き始めた。
 
 
 
 村川を駅で降ろし、二人は車をオフィスに向かって走らせ始めた。駅で運転を交代し、今度はリョウがハンドルを握っていた。
 リョウが、ポツリと言った。
「あの離婚届、美花ちゃんに見せて良かったんでしょうか」
「あなたは見せない方が良かったと思う?」
 逆にナギサが訊いた。
「いえ」
 リョウは否定を示しつつ、話を続けた。
「ただ、腐ってもシズカさんの夫は子供たちにとってはお父さんな訳じゃないですか。二人の……特に、美花ちゃんに精神的な負担にならないかなと思って」
「それは私もちょっと思った」
 ナギサはシズカの家での出来事を思い出しながら話を続けた。
「でも、あの子達には知る権利があるし、美花ちゃんを見ていて、知らせないのはいけないと思った。それはあなたも同じ考えでしょ?」
 ナギサがリョウの横顔を見た。
「ええ、まあ……」
「どうせ、私が見せてなかったら、あなたが見せてたんじゃない?」
「かもしれないっすね」
 リョウが苦笑いをしながら答えた。
「あの子たち、幸せになれるんでしょうか」
「今後は村川さんの後見もあるしね。そもそも、シズカはできることは全てやっていた…形に残るものも、残らないものも。美花ちゃんを見て、そう思えたわ」
 リョウはは赤信号で車を止めた。二人の間に沈黙が流れた。
「あとは祈るしか、私達にはできないわね」
 ナギサが横断歩道を行き交う人を眺めながら言った。
 信号が青に変わり、リョウはゆっくりとアクセルを踏んだ。
 
 
 
 車を降りた美花と卓也は、三人の乗る車を見えなくなるまで見送った。
「卓也、先に家に入ってて。私、ちょっとコンビニ行ってくる」
「え?? 何で?」
卓也が不安そうな顔で美花を見上げた。
「お父さんたちと顔合わせたくないし。コンビニでお弁当でも買って、部屋でご飯食べるよ」
「え~…」
 卓也は卓也でどうすべきか迷っているようだった。
「一緒に行ってもいい? 俺、一人で家に入りたくない」
「じゃあ、ちょっと行こうか」
 自分の家から外の自分たちを伺うような視線を感じたが、美花は無視した。
 コンビニに行って弁当を選び、卓也にねだられたお菓子を買った。
 帰宅するころには、周囲は真っ暗になっていた。
 卓也は無言で靴を脱ぐと、重い足取りでリビングに向かった。
 美花はそのまま部屋に入った。
 部屋に入った瞬間、緊張の糸が切れ、一日の出来事が一気に頭の中で蘇った。
 美花はそれを振り払うように机に向かい、手を動かし、弁当のフィルムを破った。一気に食べて落ち着くと、イスからずり落ちるように降り、ベッドによじ登った。数歩の距離でも、一度立ってベッドに腰かける気力が湧かなかった。
 そのまま横になると、満腹のせいもあってか、うとうとし始めた。
(ああ、そういえば……)
 遠のく意識の中で、美花は思った。
 
――私は、お母さんの寝顔を見られなかったんだな……
と。
 


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