見出し画像

手ざわり舌ざわり

新しく買ったミルの調子が悪くて人を呼ぶ

「(ついでに豆も買ったから)、良かったらそのまま飲もうよ。豆乳もあるよ」

そんな感じで誘って、ミルを直してもらいながら、美味しい時間をねらうつもりだった

「りかさんに淹れてもらおう」

なんと。
予測してない言葉に、"誰かのコーヒー"を飲みたかった甘えた胃袋がしょんぼりする

仕方ないので憚りたくなる普段の所作を他者に見せることになる
でもまあ彼女なら許してくれそう、という緩みでポットの火を止めた

料理もコーヒーもいつも感覚的だから何も深く考えない
豆は目分量だしお湯の温度も気分次第
入れるお湯の量も測らなければ、良いポットがないのでいつも急須をつかって淹れている

適当にもらったりした円錐形のドリッパーに、買い間違えた台形のフィルター

なんのこだわりもない適当な性格と道具たちの中で、ちょっと高いミルを買ってしまって、おやおやまあ背伸びも程々にといったところ。
(ちなみに私の部屋にはタイマーも時計もないのでパスタも感覚で茹でる)


ただ一つだけ、こんな私にもこだわりがあるところを初めて人に打ち明けた

「でもここのシイタケは意識してるんだ」
「しいたけ?」
「お湯入れたときの豆が膨らんだところ。良い形のシイタケを作ろうって思いながら淹れてる。今日のシイタケは良い感じだってなる」
「あー。私はパンかな」
「え、パン?焦げたパン?」
「メロンパン!黒い、ココア味のメロンパン」

そう言って市販のメロンパンの写真を検索して見せてくれた。確かに似てる。
皆それぞれに何かに例えてるのだろうと思うと好奇心が尽きない。

目視でこれくらいの濃さかな、と言ったところで、まずそのまま少し飲む。
カカオみたいで、ほんのり甘い。カカオニブみたいな。

そのあと豆乳をじゃーっといれる。
ストローで穴を開けて握り潰すように一気に入れていく
ちょっと泡立てるくらいが楽しいから好き

力尽きた豆乳


それぞれ好きなコップにいれてソイラテをのんだ

「おいしい!ツルツルする」

え?と驚く私

「ツルツルってどういうこと?どういう感じ?」
「え!これってツルツルって言わないの?なんていうの?シルキーみたいな」
「シルキー…。絹の上品な感じ?サラサラ?」

「ツルツルはこんな感じかな」と彼女にガラスの花瓶を指で撫でながら伝える

陶器市で見つけた小さなガラスの花器


「シルキーだと、私はもっと布っぽい感じ想像するかも。ちょっと光る布」
そういってクローゼットに移動

祖母のお下がり。昔の生地は質が良い


「あー。そうねえ。スムース?」彼女が答える
「なんだろう、マットみたいな感じかな」
写真用紙にマットやスムースって言葉があるので、ついつい紙を定めてる感覚になる

「マットだとこの棚みたいでしょ?」
そう彼女はキッチンへ戻って棚を触る

「あーそれだと違うなあ。これかも。この器のうしろ。」
「ああ、そうねえ。こんな感じかも」
2人で乾かしてる食器の裏側を片手でなでながら、もう片方の手でコーヒーを飲む。
なんかお互い言葉は一致しなかったけど、同じ物に触れて納得できた。

白い益子焼の裏側


なめらかな、でもざらざらした益子焼の裏側


一連の流れで笑いながら、お腹いっぱいとつぶやく。そして続けた

「そうそう、今日はカルボナーラっぽいカルボナーラ食べた」
何それ、と聞くと写真を見せてくれた
それは想像をかけ離れたカルボナーラだった

まず肝心の生クリームが入ってないらしい
「卵、枝豆、鶏肉、エビ。その上にチーズかけた。見た目はチャーハンみたい。」と話しながら彼女は笑いが止まらないようだ

目的の料理を作ろうとして、結果有り合わせの食材の作用で別の何かになることは、気まぐれ料理界隈に往々にしてあるものだ

「これは中華風カルボナーラだね」と言うとまた2人で可笑しくなる

「おいしかった?」と聞くと
「おいしかった」と少し恥じらいのある笑い顔で答える

じゃあいいか!
美味しければ名前も見た目もなんでも良いのだ

またお腹を手で抑えていたので、カルボナーラとソイラテが争ってるね、と笑って話して解散。

ドアを開けたらエビ臭かった。
部屋が臭いと言っていたけど共用の廊下まで漏れていたとは!
びっくりするぐらい臭くてまた2人で笑った。


味覚と触覚を同時に使う変な時間、良い夜。

※7月29日採れたての話
面白かったので忘れないうちに写真記録