マガジンのカバー画像

アンフォールドザワールド・アンリミテッド

20
アンフォールドザワールドの第二部です。第一部はこちらで公開中です。 https://note.com/yo4e/m/mc561edcbc55f
運営しているクリエイター

記事一覧

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 1

1 未来はまだ降ってない雨と同じで今ここに存在していないし、過去は流れていった下水のようにつまらないものだと思っていた。つまりはどちらも私にとって価値がないということ。だけどあの日以来少しだけ、私は過去に囚われている。魅力を失ってしまった私の最高傑作、それから死に対する恐怖。  校内放送では軽快な音楽が流れていた。テンポの速いロック風の曲調と、キーの高い女の子の声。曲の終わりに合わせ、彼はマイクのスイッチを入れる。 「今日のリクエストは、安西くるる『光学迷彩☆イヤホンジャッ

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 2

2 放課後の放送室には、私、ほのか、ちかこ、イチゴ、フータがいた。ちかこは狭い長机の上にノートパソコンを置いて、隣で音楽CDを広げているイチゴを迷惑そうに見ている。 「五人もいるとこの部屋は狭いですね。流石に」 「いがいとまじめに放送部の活動やってるから、追い出すわけにもいかないもんねえー。あれ? ミッチくんは?」  鏡を見ていたほのかが顔をあげる。私は床にダンボール箱を置き、古いプリントやテキストを整理している。フータはそれを手伝ってくれている。 「なんかさー、どうもナニガ

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 3

3 イチゴはどこかへ行ってしまったし、ミッチはナニガシの出現ポイントとやらを探しに行ったままだ。私はちかこと二人で放課後の校舎内を歩いていた。 「ほのか先輩とフータ・クラウドイーターを一緒に帰してよかったのですか。きずな先輩的には」 「なんで? 別にいいんじゃないの」 「ほのか先輩はフータ・クラウドイーターを狙っていますよ。恋愛的な意味で。本人がそう言っていました」 「まじで!」 「ええ。『イチゴくんはー、なんだかんだできずなちゃん本命みたいだからー、フータくん狙いかなあ。ど

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 4

4 とりあえず安藤さんを保健室に突っ込んで、私とちかこはミッチの姿を探す。下足箱の前で、上靴を脱いでいる水色の頭を見つける。 「ミッチ……? イチゴか!」 「……ん、どうかした?」  一瞬不機嫌そうな顔をし、でも私の焦っている姿を見て、イチゴは顔色を変える。 「学校の中でナニガシが出現した。ミッチが連絡とれないとかで怒ってたぞ」 「まじで? やばい。フータをシカトするために窓を閉じてた」  イチゴが両目を見開き、虚空を見つめる。それからすぐに大声で 「体育倉庫! わかったすぐ

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 5

5  ミッチが死んだ。  私たち三人はその事実を受け入れることができずに、校庭に立ち尽くしていた。部活が終ったのか野球部員たちが部室棟に入っていく。ほのかがこわごわと体育倉庫の中を覗き込む。 「うわあ、やっぱり体育倉庫の中すごい荒れてるよー。怒られちゃうー」 「さっきまでイチゴたちが戦ってたしな。ちかこ、だれかに見つかる前に逃げよう。私たちのせいにされてしまう」 「あ、ああ、はい……」  ちかこは我に返ったように顔を上げる。いつもビデオカメラを構えている右手はだらりと垂れ下が

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 6

6 次の日になっても、イチゴは学校に戻ってこなかった。私の隣の席はあいたままで、おそらくちかこのクラスにいるフータも欠席しているのだろう。ミッチはどうなったのだろうか。 「ねえ、きずなちゃん、このままイチゴくんたちが戻ってこなかったらどうするー?」  休み時間に、ほのかが私の席のそばにやってきて尋ねる。不安を能天気さで押し込めているような口調だ。 「うーん、それは困るよな。だってまだ、ナニガシがこっちの世界にいるんだろ? なんらかの被害が出るかも知れないし、私のノートだってま

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 7

7 なんとなく憂鬱な気分のまま家に帰り、ベッドの上に学生カバンを放り投げる。 「ニャッ!」  叫ぶような鳴き声がして、掛け布団の下から黒猫が飛び出してくる。 「おまえ、猫型ナニガシじゃないか。なんでうちにいるんだ」 「ニャーン」  赤い瞳とぎざぎざしたしっぽの黒猫は、以前私のノートから出てきたナニガシだった。私の最高傑作になるはずだった、処女作品の構想が書かれたノート。そこから出現した猫型ナニガシは、私のノートがなくなってしまったために、元に戻すことができない。クラウドイータ

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 8

8 金曜日の朝、ぼんやりとテレビを見ながら朝食をとる。朝のニュースでは、地元に大型商業施設がオープンすることや、政治家がなにか悪いことをしたとか、ネットアイドルが大手プロダクションからメジャーデビューするだとか、どうでもいいニュースが流れていた。  昨日フータに言われた言葉が、考えなくても頭に浮かんでくる。私の感情はサボっている。それが事実なのかよくわからないけれど、あまりいい気分はしない。重い体を引きずるように、歯を磨き、顔を洗い、鏡を見る。私は以前からこんな顔をしていたの

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 9

9  私たちの通う中学校から少し歩いたところに、クラウドイーター三人の拠点があった。バス通りから少し離れた、川沿いにある古い公団住宅の階段を上がる。 「イチゴたち、こんなところに住んでたんだ」 「実は、ここ空き部屋なんだけどね」  フータが四階の部屋の鍵を開ける。造りは古いけれど新しい畳の匂いがする。板張りのキッチンには小さめの冷蔵庫が置かれている。 「空き部屋って、勝手に住んでんの?」 「もしだれかが入居してくるようなら、ちゃんと出て行くし」 「わりとひろーい。3DK?」

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 10

10 ぼそぼそと聞き取り難い会話がしばらく続いたあと、フータが押入れのふすまを開ける。 「話、終わったのか?」  窓からの陽光が差し込んできて、私は眉をひそめる。フータのうしろに立つイチゴの顔が、逆光でよく見えない。 「うん、とりあえずマスタには許可してもらえた。ミッチの部屋に行こうか」  イチゴの部屋を出て板張りの廊下に立つ。さっきキズナニが出てきた一番奥の部屋のふすまは、少しだけ隙間があいたままだ。イチゴが部屋を開ける。 「ミッチ……」  ちかこが絞り出すような声でつぶや

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 11

11 私たちの町は夏休み直前だけれど、ここは肌寒かった。海から吹き上げてくる風がそう感じさせるのかも知れない。半袖の制服だと少し辛い。さっきまで古い公団住宅の畳だったはずの足元は、ごつごつとしたむき出しの岩場だ。そういえば、布団に寝かされていたはずのミッチの遺体はどこへ行ったのだろう。 「あれがミッチの家……」  靴下履きのまま、私たちは岩の上を歩く。切り立った崖の先端に、ガラス張りの丸い住宅があった。 「トニー・スタークの別荘ですね、まるで」 「ほのかそれ観たことあるー。ア

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 12

12 「ミッチの様子はまた見に来るとして、今日のところは帰ろっか」 「あれ? 私のバッグは……」  ちかこがソファから体を起こし、部屋を見渡す。 「ちかこちゃん、階段のところにトートバッグ放り投げてたよー」  ほのかはベッドで眠るキズナニを撫でながら、足をぱたぱたさせていた。 「しまった、カメラを持ってきていたのに。不覚です」  悔しそうに階段を降りていくちかこを、フータとほのかがにやにやしながら見守っている。 「俺ら、先に帰っちゃおうか」 「そうよねー、迷子になるはずもな

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 13

13  私たちが放送室を片付け終えた頃、本城先生が陰鬱な面持ちで職員室から戻ってきた。 「三好、仲谷、今日はもう帰りなさい。俺の車で送ってくから」 「先生、学校でなにかあったんですか?」 「一時間目の途中に、校内で発砲事件があったんだ」 「発砲?」  放送室の鍵を締め、校舎の外の職員駐車場まで歩いて行く。本城先生の車は小さな軽自動車だった。 「本城せんせーの車かわいいー。ほのか、助手席がいいなあ」 「いいよ、私、後ろに座るから」  ドライブ気分でうきうきしているほのかに助手

アンフォールドザワールド・アンリミテッド 14

14  ナニガシが私たちの中学校を荒らした次の日、学校は休校になってしまった。建前上は外出しないようにとの指示が出ていたけれど、私たち放送部員はほのかに呼び出されて、隣の区のショッピングモールにいた。 「ちかこちゃん、遅れてくるってー」 「イオン! イオンめっちゃ広いね! ご飯食べるお店がいっぱいある」 「イオンイオン騒ぐなよフータ、恥ずかしいから」  フータはカーゴパンツとTシャツ、イチゴはジーンズとTシャツの上にリネンのシャツを羽織っている。全身銀色よりはずいぶんとまし