アンフォールドザワールド・アンリミテッド 12
12
「ミッチの様子はまた見に来るとして、今日のところは帰ろっか」
「あれ? 私のバッグは……」
ちかこがソファから体を起こし、部屋を見渡す。
「ちかこちゃん、階段のところにトートバッグ放り投げてたよー」
ほのかはベッドで眠るキズナニを撫でながら、足をぱたぱたさせていた。
「しまった、カメラを持ってきていたのに。不覚です」
悔しそうに階段を降りていくちかこを、フータとほのかがにやにやしながら見守っている。
「俺ら、先に帰っちゃおうか」
「そうよねー、迷子になるはずもないし」
「え、なんで。ちょっとくらい待っててやればいいじゃん」
「きずなちゃん、気が利かなーい」
カウンターに座っていたイチゴも、二人に従うように立ち上がる。ほのかがキズナニを抱き上げ、皆がいそいそと帰り支度を始める。
「なに、どういうこと?」
「あのちかこちゃんが、撮影するのを忘れるくらい心配してたんだよー。愛よねえ」
「ええっ! まさかちかこってミッチのこと好きなの?」
「わあ、やっぱり気づいてなかったかー」
「私なんかー、二ヶ月前から気づいてたよう」
「二ヶ月前って、まだミッチたちがここに来たばっかりじゃねーか」
ミッチの住居を背にして、崖の上を歩く。少し歩いた先の空間に、二メートル弱くらいの高さの隙間が見える。私たちの世界へと続くふすまだ。
「ちかこがミッチのことを……? うーん」
「お似合いだよねえ。あの二人」
「息ぴったりだよねえ、ミッチとちかこちゃん」
お似合いといえば、ほのかとフータもなんだか口調も似てきているし、ぴったりなんじゃないかと思ったりしたけど、めんどうだしわざわざ口には出さない。
「イチゴ、さっきからずっと黙ったままだけど、だいじょぶ?」
「ん? ああ、大丈夫。なんでもない」
みんなの一步後ろを歩いていたイチゴが返事をする。フータがイチゴのことを気遣っている、という事実に、私は少しほっとする。
「わー、こっちの世界暑ーい。夏だねえ」
「どうする? ふすま閉めとく?」
「なに言ってるんだよイチゴ、そこ閉めたら、ちかこちゃんが帰り道分からなくなるじゃん」
「あ、ああそうか。ごめん」
「イチゴがあやまってる……。まあ確かに開けっ放しは危険だし、ちかこちゃん戻ってきたら、閉めといた方がいいかもね」
「イチゴ、調子悪いんじゃないか? 大丈夫?」
「んー、ちょっと疲れたかも……。きずなが抱きしめてくれたら元気が出るかな」
「元気そうじゃねーか」
「うわあ、二時間目過ぎてるよ。学校に戻らないと怒られるんじゃない」
「俺ら三人は、朝のうちに欠席届け出しといたけどね。家庭の事情ってことでー」
「まじかフータ。いつのまに」
「えー、じゃあ私たちだけサボり? やだなー」
「しょうがない。ちかこが戻ってきたら、学校に戻ったって伝えといて」
「りょうかーい」
汚れた靴下を脱いで、裸足のまま靴を履き、私たちは学校へと急いだ。
二時間目終わりのチャイムと同時に、私たちは校舎に入る。学校はやけに静かだった。
「あれ? どの教室もだれもいない」
「そういえば下足入の靴、みんな上靴だったな」
「三好! 仲谷!」
「あ、本城せんせー」
放送部顧問の本城先生が、廊下で私たちを見つけて大きな声を上げる。
「おまえら、どこに行ってたんだ! 探したんだぞ」
「とってもお天気がよかったんでー、さぼってましたー。てへ」
「この非常時になんという……、結城も一緒か」
「ちかこも一緒でしたけど、非常時ってなにかあったんですか」
「とりあえず、放送室で待ってろ。放送室から絶対に出るなよ。俺も職員室でおまえらの無事を報告したら、すぐにそっちに行くから」
「はーい」
「ああそうだ、結城と連絡がつくのなら、学校には来なくていいからすぐ帰宅するように伝えてくれ」
本城先生がポケットから放送室の鍵を出してくれる。
「なにがあったんだろうねー」
「生徒はみんな下校させられたみたいだな。ナニガシ……かな」
「そっか、見えないナニガシがまだ学校にいるかもって、ゆってたもんねえ」
放送室の長机には、ノートパソコンが出しっぱなしで、校内放送用のCDも無造作に置かれたままだった。昨日の放送当番はちかことミッチだったはずで、ミッチは欠席していたにせよ、ちかこが機材を片付けないのは珍しいなと思う。やはり、ミッチの件で動揺していたのだろうか。
ほのかが退屈そうにCDを片付ける。ジャケットを一枚一枚チェックするように眺めては、ケースに入れていく。一枚片付けて、さっき片付けたCDをまた取り出して観察したりしている。
「んー?」
「どうした、ほのか」
「この子、見たことあるー」
「ああ、安西くくる。このあいだ校内放送でかけたよ。インディーズアイドルだってさ」
「ふーん、ユーチューブとかで見たかなあ」
「じゃねーの。なんか有名みたいだし」
シングルのCDジャケットには『光学迷彩☆イヤホンジャック』とポップな書体で書かれている。オレンジ色のストレートヘアにオレンジのカラーコンタクト、人形みたいに整った顔立ちは、似ているわけでもないのにクラウドイーターを思わせる。
「ほのかも、アイドルになりたいなー」
「なればいいじゃん」
「歌、苦手なんだよねー。外見だけでアイドルになれないものかなあ」
外見にはずいぶん自信があるのだな、と思う。確かにほのかは、自意識過剰になる程度には充分かわいいのだけれど。
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銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE
2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。
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