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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 9



 私たちの通う中学校から少し歩いたところに、クラウドイーター三人の拠点があった。バス通りから少し離れた、川沿いにある古い公団住宅の階段を上がる。
「イチゴたち、こんなところに住んでたんだ」
「実は、ここ空き部屋なんだけどね」
 フータが四階の部屋の鍵を開ける。造りは古いけれど新しい畳の匂いがする。板張りのキッチンには小さめの冷蔵庫が置かれている。
「空き部屋って、勝手に住んでんの?」
「もしだれかが入居してくるようなら、ちゃんと出て行くし」
「わりとひろーい。3DK?」
「うん、台所の横がイチゴの部屋。奥がミッチの部屋。玄関のそばが俺の部屋だよー」
「家具がなにもないですね。カーテンすらない」
「一応布団はあるから、いつでも泊まれるよ、きずな」
「泊まらねーよ」
「夜はそれぞれの家に帰ってるし、あんまり使ってないんだけどね、この部屋」
「ニャーン」
 ミッチの部屋のふすまから、キズナニが出てくる。猫の出入りのためにか、各部屋のふすまは少しずつ開けてある。フータは流し台下の棚から猫缶を取り出し、小皿に入れて床に置く。

 台所の隅ではキズナニが夢中で猫缶を食べている。各部屋の窓は少しずつ開いていて、風が入ってくる。エアコンはついていないけれど、それほど暑くはなかった。
「さてと」
 台所横の畳の部屋に、イチゴがあぐらをかいて座る。私たちも畳の上に座る。
「ミッチと連絡が取れなくなって二日目だ。本体が死んでるなら手遅れだし、生きているなら回復を待つしかない」
「もし重症をおっていたらどうなるのですか。だれか手当をしてくれる人がいるのですか」
「一人で暮らしてるからなあ。窓さえ開けてくれればミッチのそばで意識体を結んで、なんらかの処置もできるんだけれど」
「窓ってのがよくわからないけど、そこにいるだれかが開けないと、その場所には行けないのか?」
「そう。肉体は移動できないから、窓と窓をつないで、意識体で移動するんだ」
「へー、じゃあイチゴくんたちは、どうやって私たちのところに来たの?」
「んん?」
「だれかが窓を開かないと、いしきたい? とかいうのはこっちに来れないんでしょー。この町への窓はだれが開いたの?」
「ああ、この町への移動手段は、窓とはちょっとちがうんだよねー。えーっと、なんていえばいいのかな。こういうとき、ミッチならうまいこと説明できるんだけど」
「俺たちがこの世界へ来た目的はそもそも、ナニガシの捕獲と格納で、ハニカムユニバース壁内にナニガシを転送すれば、ユニバース塁壁孔が補修され意識体移動もできなくなるんだ」
「なにゆってるかわかんねーよ、イチゴ」
「トランスレートうまく働いてないねえ。えっとー」
「つまり、この世界へ来るための『穴』を開けたのはナニガシなのですね」
「そうそう! ちかこちゃんすごーい、よくわかったねえ」
「では、ミッチのいるところへ、穴を開けるわけにはいかないのですか」
「うーんとね、世界と世界のあいだには壁があって、その壁はたくさんのナニガシで作られているんだよね。そのナニガシが、気まぐれに壁の外に出ていっちゃうことがあって、そこが穴になるんだ。俺たちの仕事は逃げたナニガシを捕まえて、壁を元通りにすることでー」
「狙った場所に、穴を開けるわけにはいかないのか」
「そうだな。うまいこといいなりになるナニガシでもいれば、話は別だけど」
「いいなりになるナニガシ……」
 私たちは一斉に台所を振り返る。餌を食べ終えたキズナニが満足げに、窓から出ていこうとしている。
「キズナニ!」
「ニャッ?」
「おーいでー、キズナニ。ササミ食べる?」
「ニャーン」
 フータが台所の引き出しから猫用のおやつを取り出す。猫型ナニガシのキズナニは、しっぽをピンと立てて、嬉しそうに台所に戻ってくる。
「いい子だ、キズナ」
「ナニガシを私の名前で呼ぶんじゃねーよ」
 イチゴは悪巧みをするような笑顔で、台所の窓を閉めた。

 私とほのかとちかこの三人は、なぜだか押し入れに閉じ込められる。
「マスタに見つかるとめんどうだから、ここに隠れててー」
 とフータにいわれ、よくわからないままいいなりになる。押入れの上段には真新しい布団が畳んで置かれていて、下段は空だったので、私たちはひざをかかえて暗い押し入れに座っている。
「マスタ、ミッチのことは諦めろといわれましたが」
 フータの声が聞こえる。それからイチゴの声。
「俺たちにアイデアがあるんです。力を貸して下さい」
「ほお、聞くだけ聞こうか」
 一瞬、ミッチの声かと思う。だけど違う。口調も声もミッチに似ているけれど、もっと冷徹で威厳のある声。
「ミッチの居住区付近のハニカムユニバース塁壁に{孔}(あな)を開けます。そこから細分した意識体を飛ばし、あちら側から窓を開きます。極小の孔で構わないはずです。とっかかりさえあれば、あとはこちらからアクセスできるはずだ」
「どうやって塁壁孔を開くつもりだ」
「こいつがいます」
「ニャーン」
「ナニガシなら、壁内をシームレスに移動できるはずです。ミッチのところまで送り、そこから抜け出せば孔が開きます。ただ、俺たちには権限がありません。マスタ、転送権限を解放してください」
「そいつに宿っているエネルギーはどうするつもりだ。{憑胎}(ひょうたい)を見失ったままなのだろう」
「きずなちゃんのノートはまだ見つかってませんが……」
「きずなのエネルギーは、一時的に俺の意識体が受け入れます。フータがナニガシを壁内に転送し、ミッチのところへ送り込みます」
「自分がなにをいっているか、わかっているのか」
「はい、危険は承知の上です」
「お願いします、マスタ。ミッチがまだ生きているかも知れないなら、俺たちは諦めることなんてできない」
 彼らがなにを話しているのか、ほとんど理解できない。ただ、危険を犯そうとしていることとその覚悟は、二人の声色から感じ取ることができた。

10につづく

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