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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 14

14

 ナニガシが私たちの中学校を荒らした次の日、学校は休校になってしまった。建前上は外出しないようにとの指示が出ていたけれど、私たち放送部員はほのかに呼び出されて、隣の区のショッピングモールにいた。
「ちかこちゃん、遅れてくるってー」
「イオン! イオンめっちゃ広いね! ご飯食べるお店がいっぱいある」
「イオンイオン騒ぐなよフータ、恥ずかしいから」
 フータはカーゴパンツとTシャツ、イチゴはジーンズとTシャツの上にリネンのシャツを羽織っている。全身銀色よりはずいぶんとましな格好だ。クラウドイーターたちも、少しずつここの世界に馴染んでいる。
「アルバイト募集って書いてある! 俺、バイトしたいんだよねー」
「フータくんバイトするの? なんのために?」
「お金欲しい。もっとこっちの世界で色んなもの食べたいし、色んなことやってみたい」
「中学生雇ってもらえるとこ、少ないんじゃないかなあ」
「えー、中学生だめなの? 高校生になっとけばよかったなー」
「そもそもなんでフータだけ中一のクラスにいるんだ。みんな十五歳だったろ」
「俺、病弱で一年入院してたってことにしてるんだー。だれかがちかこちゃんと同じクラスにならないと、監視できないから」
「フータが病弱……。無理があるだろそれ」
 クラウドイーターの三人が、私たちを監視するために中学校にいるということを、忘れそうになっている。私たちにはまだナニガシを引き寄せる好餌が付着したままで、そのせいで学校にナニガシが現れたのだ。
「ほのかー、水着を見に行きたいな。イチゴくんたちはどうする?」
「えっ、なに?」
 私たち三人の後ろを歩いていたイチゴが顔を上げる。
「イチゴ、だいじょぶ? 昨日からずっと様子が変だよ。夜、声かけたのに気づかなかったろ」
「まじで? 考え事してたかも」
「あ、俺あの店見てみたい」
「トイザらスかー。私もちょっと見てみようかな」
「じゃあ、ここで別れようか。きずなちゃんとフータくんはトイザらス、イチゴくんは、ほのかの水着選ぶのに付き合って?」
「水着かあ。俺好みのやつ選んでいい?」
 ぼんやりとしていたイチゴが、急にいつものチャラい調子に戻る。

 平日のショッピングモールにそれほど人は多くなくて、だけどおもちゃ売り場には乳幼児連れの主婦がそこそこいた。フータはカラフルなプラスチックでできた銃を、子供に混ざって眺めている。
「きずなちゃん見て! これ、水が出てくるんだって! こっちは空気で的を倒すって! すごいね!」
「わかったわかった、恥ずかしいからちょっと静かにしろ」
「安いー! これおにぎり一個と同じくらいの値段だよ。かかくはかい!」
 水色の髪と水色の瞳だけでも目立つのに、子供のようにはしゃぐフータは、店内で更に目立っていた。フータだけ置いてどこかに行こうかと思ったけれど、あまりに楽しそうなフータを見てなんだかどうでも良くなってくる。
「あっ、こらフータ、人に向けるな。けっこう痛いぞそれ」
 フータにおもちゃの空気銃を撃たれたので、仕返しに、スポンジの剣で殴り返す。
「うわあ、やられたー」
 芝居がかった動作でその場に倒れたフータに、小さな子供たちが群がってくる。面白がっておもちゃの武器で殴られたり、光る銃を押し付けられたりしている。フータは奇声を上げてゾンビのようにゆっくりと起き上がり、子供たちを捕まえようとする。
「なにやってんだ、ほんとにもう」
「あ、きずなちゃん。やっと笑ってくれた。きずなちゃんの笑った顔、久しぶりに見た」
「え」
 捕まえた幼児を抱えて母親に返しながら、フータが嬉しそうに笑う。最近笑っていなかったこと、そして今笑っていたことに、改めて私は気づく。

「そんなにたくさん水鉄砲買ってどうするんだ」
「六個買ったから、みんなで遊ぼうよ。ほのかちゃんが水着買うって言ってたし、俺も海とかプールとか行ってみたい」
 それぞれにデザインの違う大きな水鉄砲をレジ袋に入れてもらい、それを誇らしげに掲げる。
「海かー、もうすぐ夏休みだしな」
「夏休み! バイトしたり、海の家に行ったり、キャンプしたり、遭難したり、ゾンビに遭遇したり」
「そういうのどこで覚えてくるんだ、フータ」
「ネットフリックスで見た」
「アニメの知識か……」
「俺、小さい子供を抱っこしたの初めて。子供って柔らかくてかわいいねえ。まだ、この世界でやってないこといっぱいある。きずなちゃんのノート、ずっと見つからなければいいのに」
 フータの寂しそうな横顔に、胸が痛くなる。私たちにとってのあたりまえの景色は、彼らには非日常だ。イチゴにもフータにもミッチにも、戻るべき世界がある。
 いろいろなことが身体の中に溜まって、いっぱいいっぱいで、そこに小さな亀裂が入ったような気分だった。

15につづく

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