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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 15

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 ほのかにメッセージで呼び出されて、ショッピングモールの中にあるカフェに移動する。通路側のソファー席でコーヒーを飲んでいるイチゴとほのかは、はたから見るとまるで恋人同士みたいに見えた。
「あ、きずなちゃーん、フータくーん、なに買ったの?」
「水鉄砲!」
「すごーい、たくさん買ったねえ」
「ほのかは水着買ったの?」
「うん。えへへー、見たい見たい? イチゴくんが選んでくれたんだー」
「けっこう大胆なやつにしたよ」
「……あー、いいや。夏まで楽しみにとっとくことにする」
 イチゴとほのか、という組み合わせに違和感があったけれど、二人のあいだに漂う空気はわりと自然で、これはこれでアリなのかなと思う。
「あ、ちかこちゃんだー」
「すみません遅れました。なんですかその大荷物は」
「水鉄砲!」
「よし、じゃあ全員揃ったし、移動しよっかー」
 ほのかが意気揚々と立ち上がる。
「どこに?」
「ふっふっふ。きずなちゃん。ほのかが、ただ水着を買うためにここに来たと思ってた?」
「ただ水着を買うためにここに来たと思ってたぞ」

 ショッピングモールを出て、国道沿いを少し歩いたところに大きな公園があった。広い芝生広場や体育館、野外音楽堂、遊具などがある運動公園だ。
「高野台公園。昔、遠足で来たことがありますね」
「ほらほら、このポスターを見て」
 ほのかが公園入口の掲示板を指し示す。いくつかのちらしに混ざって、A4サイズの小さなポスターが貼ってあった。
「安西くくるデビューイベント? 明日のイベントじゃん」
「野外音楽堂でライブがあるのですか。設営の最中みたいですね」
「きずなちゃん、ちかこちゃん見覚えない? この顔を見てもわかんないの?」
「うーん?」
「あ……、まさか」
 オレンジ色のストレートボブに、花の髪飾りがいくつもついている。ロリータ風のカラフルな衣装を着ていて、エレキギターにはクレヨンで落書きがしてある。そんなアイドルのポスターを睨んでいたちかこが、眼鏡を押し上げる。
「結城殿?」
 音楽堂の方から歩いてきたのは、パーカーのフードを目深に被った安藤さんだった。長い前髪に丸眼鏡、学校で見るのとほとんど変わらない姿だが、なぜだか大きなギターケースを背負っている。
「安藤さんでしたか。なるほど理解しました」
「今日はリハーサルなのー? 安藤さん」
「むむう、ばれてしまったでござるか。まあ、そろそろ学校に隠すのも限界でしたし」
「え、なになに?」
「俺、安藤ちゃんと同じクラスなのに全然気づかなかったなあ。もうきずなちゃんだけだよ、わかってないの」
 フータに肩を叩かれる。
「インディーズアイドルの安西くくるが、俺らの学校にいたとはね。俺、くくるの動画チャンネルけっこう視聴してたのにな」
「えっ、安藤さんが安西くくるなの?」
「……恥ずかしながら」
 安藤さんが眼鏡を外して前髪をかきあげる。フードから覗くその顔は、以前ほのかがいっていたように確かに美少女だった。

 イチゴたちと五人で野外音楽堂の一番後ろの座席に座り、ライブのリハーサルが行われているステージを見下ろしていた。安藤さんはいかにもアルバイトのような不慣れなスタッフに指示され、エレキギターを弾きながらワンフレーズを歌う。
『……直面している問題の最善策なんてほっとこうよ』
 ひと気のない公園に、高い声が響く。
「あれ? 光学迷彩イヤホンジャックってこんな曲だっけ」
「イチゴがお昼の校内放送で流してたやつか。こんなんだっただろ」
「いや、もっとこう、包み込まれるというか、うーん」
 少しだけ歌ったあと、安藤さんはステージから降り、観客席のあいだの階段を駆け上がってきた。
「ど、どうだったでござるか、結城殿」
「音楽には詳しくありませんが、正直に言うとあまり興味の持てる歌声ではないですね」
「やっぱり……」
 安藤さんは私たちの前に立ったまま、がっくりとうなだれる。
「安藤ちゃん、調子わるいの?」
 フータがトイザらスの大きな袋を抱えたまま、安藤さんを見上げる。
「あの日、教室で大量に鼻血を出して以来、なんだか体がだるくて調子が出ないでござるよ。今までは歌なんて何時間でも歌えたし、歌詞も曲も、頭の中から溢れ出てしょうがなかったのに」
「ナニガシのせいだな」
「本城先生の話していた異世界の悪者ですか。拙者、その悪者になにかされたのかな」
「安藤さん、語尾が安定してないよー」
 ほのかがどうでもいいことを突っ込む。
「ここに{好餌}(こうじ)を浴びた私たち三人と、{憑胎}(ひょうたい)となった安藤さんが揃っている以上、そろそろナニガシがおびき寄せられるパターンですね」
「うわあ、ちかこちゃんがミッチみたいなことゆってる。ちょっと怖い」
「現れるならとっくに……」
 苦笑しながら立ち上がったイチゴが顔色を変える。
「イチゴ?」
「くくる、今日来ているスタッフは何人?」
「え、イベント会社の人が三人と、事務所のマネージャーが一人ですが」
「くくるはステージに戻って、その四人といっしょにいて。フータ、行くぞ」
「えっ、うん!」
 フータにトイザらスの袋を手渡される。イチゴとフータが走っていってしまったので、私たちも立ち上がり彼らを追う。

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2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

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