一般の方が、麹の論文を読むときに注意すること

久しぶりに麹の話です。

麹に多くの方が関心を持って下さっています。ありがたいことです。

そして、インターネットの検索機能も充実し、これまで専門誌や学会など出発表されていた論文も、一般的な検索でヒットする本数も増えてきました。

そして、研究機関の研究者や、醸造メーカーの技術者ではない、一般の方からも最近「え?こんな論文まで読まれているの?」というような質問を受けることが増えてきました。

「この本には***度で最も酵素がよく出ると書いてあるんですけど」とか「この論文には何時間でこういう操作をするとよい」と書いてあるんですけど、、、みたいな感じですね。

ですので、一旦、ここで一般の方が論文を読むときの傾向と留意点について整理したいと思います。

論文は特殊な状況

結論から言えば、論文って特殊な状況を想定していたりするんですね。それこそ、自動車で言えば、最先端な研究を行う為の、「サーキット場」で計測した実験データに相当するものだったりします。例えば、ある特定の遺伝子の働きを調べたいための条件設定とかですね。

そして、その論文においては、「150キロでアウトインアウトでカーブに突っ込むのが一番スピードが維持できる」という結論が書いてあったとします。それは車の基礎研究としては重要な結果であり、報告するべき内容です。でも、それをそのまま市街地でやったら事故になります。

論文というのは、そういう特殊な条件設定だったりすることが往々にしてあります。

「最適な運転」が道路の状況で違うように、「最適な製麹」も状況によって変わる。

もう少し、車の例えを続けましょう。

現実の一般道での日常の運転においては、目的地に辿り着く為には到着時間(酵素力価がこれに当るかな?)も大事ですが、エンジンふかしっぱなしの燃費悪い運転で環境に害を与えてもいけないし、なにより、スピード重視で赤信号でもギリギリ突っ込むような荒い運転でも「早く目的地に着くという目的は達成したからいいんです。」という訳にはいきません。

子どもをチャイルドシートに乗せてるときの運転で、「カーブをギリギリ攻めるのが効率が良い」なんてことをする人はいないです。あるいは『山道ではハイビームにすると安全です』とあるからって、市街地でハイビーム焚いたら顰蹙ですよね。

麹菌の熱量からしたら、醤油工場で、厚みが数十センチにもなりプログラム制御の機械で作る麹の造り方と、せいぜい数センチ、数キロで広げて、丁寧に人間がつきっきりでアナログにやる作り方では、根本的な条件が異なります。(といっても、基本原理は同じですが。)

そして、運転者が注意する項目は、スピードだけじゃ無くて、道路の状況や、昼間か夜か、晴れか雨か、歩行者がいるかどうか、道幅は狭いか太いか、前後の車間距離、対向車の有無、、、、様々なこと、おそらく細かく挙げていけば100項目以上はあるようなことを全部感覚的に調整して、『最適な運転』ってのをやっているわけです。

これは、麹造りも同じです。求める酵素だけで無く、原料の状態、そもそも原料の種類は何か、それを何キロ製麹するのか、また、麹菌の繁殖スピード、熱の状況はどうか、温度、湿度などの環境条件はどうか、、、、つまりは、状況と目的によって『最適な製麹』は刻一刻と変わるという話です。

論文は、その前提が一般の人からは読み取りにくい

その上で、実は論文ってそこの前提が余り親切には書いてないんですよね。なので、一般の方が読むと、どんな論文でも『一般道で普通自動車で運転する話』が書いてあると思って読んじゃいがちです。

論文を読み慣れた人は、前書きや、実験手法の説明、本文第一段落など、「目的が書かれている場所」などのポイントを抑えて、設定している状況を読み取ります。

また、あるいは、これまでの業界での話題性の流れをしってるので「ああ、この条件での話だな』と業界としての文脈でピンときたり、醤油メーカーの業界紙に掲載される論文とか、業界団体の書籍にかいてあることなら、その時点で「醤油用の麦と大豆の麹をトンの単位で作る話に最終的にもっていく前提の話」ってのは、まあ、ほぼ推測することができます。

また、より実務的な立場に立った論文だと、労働者の勤務時間や金銭コスト的な問題を解決することが目的だったり、あるいは、労働コストや金銭コスト、働く人の熟練度合いという「工場として現実的にやっていける範囲において」ということがそもそも、説明において、暗黙の制約条件になっていたりするわけです。

それを、論文だけ読んで家庭用の数キロの米麹の話に適用しても、それこそ、『山道用の運転教本を読んで、市街地でハイビームを焚く』『サーキットドライバーのテクニック集を読んで、近所の交差点をアウトインアウトで駆け抜ける』になってしまいます。

最後に

少し脅すような文章になったかもしれませんが、私は基本的には、多くの方がより深く専門的な関心を持っていただくことは、とてもありがたいことだと思っています。

ただ、特に専門技術誌については、年代を遡るほど、これほど多くの一般の方が読むような状況が来ると想定して書かれていません。基本的には技術者三に向けて書かれています。

ですので、語弊を恐れず、極端に言えば「サーキットでギリギリの車の性能を追い求めるプロドライバーの教科書」を「家族みんなで街中にファミリーカーでお出かけするドライブブック」として読まれてしまっている状況があるように感じます。

是非、一般の方が論文や専門書籍に当るときは、論文や書籍の一部の文章を辞書的に切り出して読むようなことではなく、全体を通して、論文や書籍が書かれた文脈を読み取るようにしてください。より適切な理解が得られます。

基本的には論文や書籍は、それ単体で成立するように書かれているので、ちゃんと全体を読めば、それは分るようになっています。是非、読み飛ばさずに読んで欲しいなと思います。

あと、意外と、あとがきとか謝辞とか余白コラムに研究者の個性が見えて楽しいですよ。これは余談です。

今日の話はここまで。

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