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「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んで私の語ること

毎日最低30分は読書をする私が、最近読んで大満足だった1冊が村上春樹著の「走ることについて語るときに僕の語ること」です。

「走ることについて語るときに僕の語ること」著:村上春樹

小説家であると同時に、村上春樹氏はランナーであることをご存知でしょうか?実は私自身も、この本を読むまで村上春樹氏がここまで本格的なランナーであることは存じ上げていませんでした。

本書「走ることについて語るときに僕の語ること」は2005年〜2006年にかけて村上氏が「走る」というテーマで自分の感じていること、考えていることを書き上げた自伝的な1冊。(※一部この期間より過去のことも含む。)以下の目次に沿って書かれています。

          「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹
目次
第1章:2005年8月5日ハワイ州カウアイ島
    誰にミック・ジャガーを笑うことができるだろう?
第2章:2005年8月14日ハワイ州カウアイ島
    人はどのようにして走る小説家になるのか
第3章:2005年9月1日ハワイ州カウアイ島
    真夏のアテネで最初の42キロを走る
第4章:2005年9月19日東京
    僕は小説を書く方法の多くを、道路を毎朝走ることから学んできた
第5章:2005年10月3日マサチューセッツ州ケンブリッジ
    もしそのころの僕が、長いポニーテールを持っていたとしても
第6章:1996年6月23日北海道サロマ湖
    もう誰もテーブルを叩かず、誰もコップを投げなかった
第7章:2005年10月30日マサチューセッツ州ケンブリッジ
    ニューヨークの秋
第8章:2006年8月26日神奈川県の海岸にある町で
    死ぬまで18歳
第9章:2006年10月1日新潟県村上市
    少なくとも最後まで歩かなかった

「走ることについて語るときに僕の語ること」, 村上春樹, 文春文庫, 2010年

2005〜2006年、村上氏は50代半ばを過ぎた頃。1982年に専業小説家の道を歩み始めてから続けてきた毎日のランニングを通して、自分という人間にとって「走り続ける」というのがどのようなことであったか、どのような思いを巡らし、あるいは自問自答していたか、そこから個人的に学んだことなど、小説家でありランナーでありながら、50代半ばを過ぎつつある一人の人間として等身大の村上氏の姿が描かれているような気がしました。

継続するためにも新しい日課のリズムをつくる

村上氏がランニングを日課にしたのは専業小説家になった1982年のこと。
当時のことを村上氏は本書でこのように書いています。

専業小説家になったばかりの僕がまず直面した深刻な問題は、体調の維持だった。もともと放っておくと肉がついてくる体質である。
(中略)
朝から番まで机に向かって原稿を書く生活を送るようになると、体力もだんだん落ちてくるし、体重が増えてくる。
(中略)
これからの長い人生を小説家として送っていくつもりなら、体力を維持しつつ、体重を適正に保つための方法を見つけなくてはならない。

「走ることについて語るときに僕の語ること」, 村上春樹, 文藝春秋, 2010年

村上氏が専業小説家になった1982年は、御本人が30代半ばに差し掛かる頃。人間の定めといいますか。30代を過ぎたころから、少しずつ身体を変わって
きたような実感を感じる方が多いかと思います。このあたりは私のランニング生活とも重なるところが多くて、共感せずにはいられませんでした。

そして、私が本書の中で感動した名言の1つがこの一文。

継続すること――リズムを断ち切らないこと。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。しかし弾み車が一定の速度で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気をつかっても気をつかいすぎることはない。

「走ることについて語るときに僕の語ること」, 村上春樹, 文藝春秋, 2010年

ランニングでも、仕事でも、勉強でも、新しくはじめたことでも多くのことに当てはまると思うのですが、継続することって実は至難の業。三日坊主にならないために、リズムができるまで意識を向けることが大切だと村上氏は語っています。我慢強く積み上げていくことに集中し、もっと続けられそうな気持ちがしても、毎日のリズムを崩すことのないように自制をかける。そして、モチベーションが高い時は、その高いモチベーションをそのまま翌日に持ち越すように心がけるのだとか。

英語では「discipline」という言葉が、自制する、自己管理する、訓練する、しつける、なんて意味でよく使われます。

私がフリーランスでライター業をはじめた当初も自分でどれだけプライベートと仕事の境界線を引くのか、私生活に仕事を持ち込まないかなど「discipline=自己管理」にとても苦労しました。トレーニングでも仕事でも勉強でも、継続できるためのプランニングと、その計画に沿って進めていく自己管理能力ってとても大切ですよね。

生活の一部にする

このようにして、ランニングを続けていった結果、村上氏は

走ることを比較的すんなりと生活の一部として取り込んでいけた

「走ることについて語るときに僕の語ること」, 村上春樹, 文藝春秋, 2010年

のだそう。
また自分に合った日課を選ぶことも継続するための大切なポイントだったと語っています。ランニングは仲間や相手を必要とせず、特別な道具や装備も必要ありません。特別な場所まで足を運ぶ必要もなく、ランニングに適した靴と走りやすい道路さえあれば気が向いたときに好きなだけ走ることができます。また村上氏は性格に関しても

自分がやりたいことを、自分がやりたいときに、自分がやりたいようにやらせてもらえたら、人並み以上に一生懸命やる。
(中略)
長距離を走ったり、泳いだりすることは、僕のもともとの性分に合っていた。

「走ることについて語るときに僕の語ること」, 村上春樹, 文藝春秋, 2010年

僕はどちらかというと一人でいることを好む性格である。いや、もう少し正確に表現するなら、一人でいることをそれほど苦痛としない性格である。毎日一時間か二時間、誰とも口をきかずに一人きりで走っていても、四時間か五時間一人で机に向かって、黙々と文章を書いていても、とくにつらいとも、退屈だとも思わない。

「走ることについて語るときに僕の語ること」, 村上春樹, 文藝春秋, 2010年

と語っており、人それぞれの性格によって向いているエクササイズや、向いている働き方、時間の過ごし方があります。自分の性格を深く分析することも「継続する」には大切なことなのかもしれません。

実は私も走ってます

私も村上氏と同じく30代半ばに差し掛かるころからランニングを始めた一人。村上氏と違い、私はフルマラソンやハーフマラソン、トライアスロンに参加するわけではなく、週に3〜4回、3〜5キロのランニングをするかプールに行って1000m泳ぐかです。私にとって身体を動かす目的は大会に出場するためではなく「毎日気持ちよく清々しい気持ちで過ごすこと」

私が定期的にエクササイズを始めたきっかけは、新型コロナパンデミック。ロックダウンや規制の敷かれた生活を通して、自分自身の身体だけでなくメンタル面でのウェルビーングを意識するようになり、早朝ランニングをスタートさせました。

ちょうど、その頃からフリーでのライター業やオンライン日本語教師の仕事も軌道に乗り始め、まさに村上氏が当時感じたような「座ってばっかりの生活で、ちょっと体調管理が不安……」という気持ちになったのを覚えています。

「早朝にランニングする/プールで泳ぐ」と言うと「朝からそんなに身体動かして、その日1日体力持つ?」と言う方がいらっしゃいます。実際、私も早朝ランニングに行く夫を見ながら昔はそんなことを思っていました。

ところが実際はその逆で、朝にランニングをすると1日を気持ちよく過ごせることを発見しました。少し身体を動かすだけでイライラすることが減り、ストレスを感じるようなことも減少。自分自身がポジティブ思考になり、夜は熟睡。また仕事をしている時間も、集中力が増し、まるで自分の意識の中に潜水するかのようにグッと深く集中することができるように。これもエクササイズのうれしいポイントだと感じています。

いまでは週に数回でも運動するかどうかで、身体とココロの調子に明確な差が出ると感じるようになりました。

今やランニングや水泳は私の生活の一部。ご飯を食べたり、寝たり、シャワーを浴びるのと同じような感覚で「エクササイズ」という項目があります。無理して身体を動かしているわけではなく、自分が気持ちよく1日を送るために自然とランニングに出かけていく……と行った方が自然かもしれません。

等身大で書かれた村上氏の魅力

本書で私がとても惹きつけられたのが等身大で描かれた村上氏。年齢を重ねて感じる身体や気持ちの変化、努力が報われなかった時の失望感や閉塞感、成功も失敗もありのままを描き、必要以上に自分を大きく見せようとせず、最初から最後まで至ってナチュラル。走ることだけでなく、小説家としての心持ちや、一人の人間としての生き方など、本当にありのままの姿を語っていて、そんな姿が素敵だなあ、と思いながら読みました。

特に笑えたのが男性氏の企画でギリシャに行って、アテネからマラトンまでのオリジナルマラソンコースを逆向きに(マラソンの起源となったのはマラトン→アテネ)走ることになったエピソード。このエピソードの中に、村上氏の魅力がぎっしり詰まっているような気がして、とても親近感が湧いてしまいました。

イギリスでもこの本は大人気!


この本の話をスコットランド人の夫にしたところ「ああ、僕も昔読んだことがある」と。そして「君がそんな話するからもう1回読み返したくなってきちゃったじゃん!」と早速ネットでポチりと注文しておりました(笑)

私自身も年齢を重ねてきたからこそ共感できる部分が多く、「走る」というテーマだけでなくありのままの自分を受け入れるヒントや視点なんかも改めて考えさせられる作品。ランニングが日課の方、ランニングをはじめようと思っている方にとって大きなモチベーションになるだけでなく、フリーランスで働いている方や自分自身と戦っている方などたくさんの人にとって大きな勇気と励み、モチベーションになるような1冊のような気がしています。

私もまた何年か経ったら、読み返して、自分を見つめ直すきっかけの本にすべく大切にしたいなあと思えた本でした。

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