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現代における日本のマネジメント体制: バブル時代の産物?

国はどのように労働力を管理しているのか、そしてその管理体制が未来に意味することとは

時は1990年。ウィルソン・フィリップスの『Hold On(ホールド・オン)』が世界のチャートを賑わせていた年、ドイツの東西再統一がついに実現した年、日本の経済が常に最高水準をキープしていた年、それが1990年である。当時の日本は何をしても経済的に失敗することが無い時代だった。島国日本の急成長は世界の舞台でも目覚ましい存在感で頭角を現し、必ずしも一致していると言うわけではないものの、現在の中国と似ていないとも言えなくない状態であった。1991年時点でアメリカの総人口(2億5,300万人)の半分の規模であった日本(1億2,400万人)にも関わらず、経済面で世界の新しいリーダーとしてアメリカを追い抜く勢いで軌道に乗っていた。これらを踏まえて当時の状況をまとめると、以下のような事実があった。

世界が注目したのも当然である。日本の何が良かったのか?世界はこの日本の成功をいかに読み解き、複雑な社会経済的かつ文化的要因をそれぞれの国の管理システムに落とし込む試みができるのか。このテーマに関しては数々の書籍や分析があるが、ここでは焦点を絞るために、日本が組織レベルでこの成長をどのように管理していたか、そしてその管理体制が今日の日本にどのような影響を与えたかを見ていこう。

背景にある心理

日本を語る上で、可能性を計算する際に予測し得るマイナスな結果を絶対的に避けると言うような、リスク回避についての議論なしに話を進めることは不可能である。経済的な成功により、当事者は周囲から孤立しながらも大きな業績を成し遂げることで自信がつき、リスクを取ることを恐れなくなると主張する人もいる。興味深いことに、この主張とは一見対照的だが、日本景気の好況期に共通していた感情としては「こんなに好調なのだから正しいことをし続けなければいけない、だから今やっていることをやり続けよう。」と言うもの以外の何ものでも無かった。この感情は、現代の日本の組織でよく見られる管理体制の厳格さに大きく影響している。

バブル自体は主に株式市場での活発な活動や不動産価格の急騰、および市場の投機によって大いに煽りを受けたが、本来企業は異常な経済成長に対処し、自社の成功に合わせて適応し進化するのが当然である。しかし、その様には見えなかったし、実際その様に対処していなかった。
これは、外部条件に関係なく企業が継続的に成功するためには、経営の主要な理論十分に確立された理論の両方が、最も重要ではないにしても、適応性が成功の条件の1つであることを示唆している現代とはまったく対照的である。今が一番良い時と思われる時期であっても、習慣的に成功している企業は、現在の市場状況、自社のマーケットにおける地位、および相対的な強みを積極的に分析することにより、継続的に進化している。この進化が吉と出る場合もあるが、残念ながら必ずしもそうとは限らない。

credit: Liam Burnett

日本式マネジメント

文化的に異なることもあり、日本式の管理体制には、同じ時代の西側の管理手法とは(広い意味で)異なるいくつかの重要な社会学的指標がある。 『異文化理解力(The Culture Map)』の著者である エリン・メイヤー氏は、コミュニケーション、管理構造、不一致戦略、スケジューリングなど、さまざまな角度から日本と諸外国のマネジメント体制が異なる要因を定義している。例えば、アメリカなどはかなり平等主義である傾向があるのに対し、日本は歴史的にも、そして今もなお、厳格なヒエラルキーが存在している。 大まかにまとめると、それぞれの特徴は以下のようになる。

日本
-厳格なヒエラルキー
-非対立的
-業務の締切厳守
-間接的なフィードバック
-ハイコンテクストコミュニケーション*

*ハイコンテクスト:あえて言わずとも誰もが理解し合っている共通概念があるという文化

アメリカ
-様々な人種による平等主義
-対立的
-柔軟な締切設定
-直接的なフィードバック
-ローコンテクストコミュニケーション**

**ローコンテクスト:共有している知識や経験は人それぞれのため、当たり前だと思われることもあえて明示的に説明して伝える文化

これらの前提を理解しない限り、日本の経営における管理体制の基本的な哲学を概念化することは困難である。具体的には、下記のような慣例が挙げられる。

合意による意思決定
一見、合意による意思決定と日本の厳格な社会的ヒエラルキーは対照的なようでありながら、実際にはこの2つのコンセプトは相乗効果を発揮している。意思決定自体は幹部レベルのみで行われるものの、日々の細かなことから、会社の方向性や戦略的決定に至るまでのタスク間の実際の審議は、ある意味で「クラウドソーシング」されている。これにより、従業員は(あくまで社内の自分のポジションに応じて)特定のアクションの利点と欠点について、率直に意見交換ができる。皆まで言わずして分かり合えるという日本のハイコンテクストコミュニケーションの必要性は、企業が決定事項を実施する前に積極的にトラブルシューティングし、テストし、理解することの必要性にも適している。しかし、ここで1つの疑問が生じる。コンセンサスの必要性は共同開発の余地を生み出すのか、それともプロジェクトの調和に同意することで、新たなアイデアの喪失と上層部への反発を生むのだろうか?

稟議 - 参加的意思決定
稟議というシステムは合意による意思決定に関連しているが、意思決定そのものではなく、合意に到達するための手段を具体的に定義したものである。各ポジションの従業員は、合意に達するまでそれぞれのポジション内での意思決定を議論し、これを次の階級の管理職に引き継ぐのである。(従業員 -> マネージャー -> 取締役 -> 社長、など。)会社全体(または全関係者)が意思決定の過程に含まれており、なぜこのような決定に至ったのかの理由を認識しているため、稟議を通じて得られた決定は迅速に実施が可能になる。この意思決定プロセスのシステムは、どのアイデアやコンセプトが他の案との競争を勝ち抜いてきたのかを通じて間接的なフィードバックを簡単に利用することで、従業員と経営陣の間で不和を引き起こすことなく微調整をすることもできる。 

福利厚生制度
日本の福利厚生制度では、安定性に特に重点が置かれている。信頼性が高く生活に困らない分だけの年金、雇用主から助成される一貫した質の高いヘルスケア、ボーナス制度(通常は半年ごと)、そして非常に強力な従業員保護により、生涯にわたって有給で終身雇用がほぼ保証されている。言い換えれば、これらの福利厚生に守られることによって、日本は革新的なビジネスの領域で迅速または積極的に行動する必要性が妨げられているとも言える。それほど安定性の高くない福利厚生制度を持つ企業の従業員は、管理職や昇進を目指し、昇進に向けて迅速かつ即座に対応しようとする一方で、日本の従業員は自分の範囲内にとどまり、企業の構造に従い、より伝統的な出世街道に乗って働く傾向が高い。

Atul Vinayak

過去、現在、そして未来

ここまでを踏まえて、国レベルでの成功と管理体制の間に関連性を見出すことは可能だろうか?できるかもしれない。ただ、おそらく皆さんが考えているような答えではないだろう。日本の管理体制を90年代の経済的成功と照らし合わせて考えた場合、もしあの好景気の主たる要因が管理の仕方によるものだったとしたら、日本経済は今ごろ月と火星の中間あたりまで成長しているに違いない。日本のマネジメント体制は成功の理由というよりもむしろ、日本の成功による産物である可能性がはるかに高い。バブル以前の日本独自の経済状況が、管理体制のような単純なものをはるかに超えた、非常に複雑で様々な要因の結果であったことは、多かれ少なかれ明らかである。

日本経済の継続的な安定性と相対的な強さの要としての日本の管理体制とその役割を支持する強力な議論さえある。終わらない経済停滞、人口増加率の減少、そしてますます高度化する国際競争と経済発展においても、日本は世界第3位の経済大国としての地位を驚くほど強固に維持している。日本式の管理体制こそが、日本が複雑な経済収縮と人口減少を乗り切ることができた理由なのだろうか?確かに、現在管理職を担っている世代全体が、日本経済に多少の成長があるとは言え、これまで相対的に微々たる成長しか経験したことのない世代である。

未来はもちろん誰にも分からない。しかし、日本が人口と経済の転換を目指す中で多くの試練と挑戦に直面することは間違いない。口語的に「シュリンク世代***」と呼ばれる世代(成長ではなく縮小を緩和するためにのみ働いてきた管理職の世代)は、良くも悪くも、もう1990年のあの頃のような時代ではないことを認識している企業を確実に憂慮すべきである。世界は変化しており、差し迫ったリスクを極力排除する戦略として収縮を緩和して収益を減少させることは、他国の経済やプレーヤーが現在の経済状況を日本よりも独自に有利に利用できるようにしているという点で危険であることを理解するのが妥当である。

***シュリンク世代:縮み思考の世代、消費をしない世代(ミニマムライフ世代とも呼ばれる)

Marek Piwnicki

結論

1980年代から1990年代初頭にかけての経済的成功において、日本の管理手法が企業の当面の成功に影響があったとして、果たしてどのような影響を与えたのかを明確に示すのは困難であるが、当時から変わらぬ管理体制が、日本の企業経営および文化面でも引き続き採用されていることは疑う余地がない。日本の人口そのものだけでなく人口構造は雪だるま式に複雑に変化し続けているため、企業にとっても、ひいては日本全体にとっても、管理体制のモデルを変化、そして進化するニーズにどのように適応させるかを最重要事項として捉える必要がある。万能の経営管理モデルは存在しないが、日本式の管理体制は決して成功の要因ではなく成功の産物であるとするなら、現在の経済状況が示す理論は少なくとも可能である。自国の組織構造に目を向けることは、日本が将来的な成功に向けてより適切に適応できる方法の1つである。

著者: Quinn Ryder
編集: Theo Sng, Lucy Dayman
翻訳: Midori Nakajima


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