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はじめましてマッシュポテト〈寝ても食べても 第二夜〉

粉ふきいもをマッシュしたやつにほんのりバター風味。
それがわたしにとってのマッシュポテトだった。
マヨネーズの入っていないパサパサしたポテトサラダというか。
まずくはないし、普通においしい。
けれど、誕生日にねだってまで食べたいものではない。

それなのに、先日27歳になった男、わたしの同居人は、誕生日の昼に「夜ごはんは何が食べたい?」と聞かれて真っ先に「マッシュポテト」と答えたのである。
内心、出たよ、マッシュポテト、と思った。
彼は何かにつけてマッシュポテトを食べたがる。
なぜなら彼の好物トップ10にはマッシュポテトが堂々ランクインしているからだ。
彼のために何度か作った。
わたしは作るからには美味しいものを食べたいので、バターの量を増やしてぽってり感を出してみたり、牛乳を加えてしっとり感を出してみたり、この4年間いろいろなマッシュポテトを作ってきた。
一度、牛乳を加えすぎて水っぽくなってしまったことがある。
うわぁ、やっちゃった、と凹んでいたら、同居人が「でもマッシュポテトってこういうものだよ」と言った。
「え!しゃばしゃばだけど…!」
「うん、ここまで水っぽくないけど、いつも君が作るマッシュポテトよりはこっちのほうが近い」
「マッシュポテトって水っぽいの??」
「水っぽい…、うーん、いつも君が作るやつよりはね」
衝撃だった。マッシュポテトは固いものだと思いこんでいたのだけれど、ホンモノのマッシュポテトは、実は少し水っぽいものらしい。

考えてみると、わたしはお店でマッシュポテトを食べたことがない。
マッシュポテトがどこの国の料理なのかを知らないので、いったい何屋に行けばマッシュポテトを出してもらえるのかもわからない。
洋食屋のメニューの中に「マッシュポテト」と書かれているのも見たことがない、と、思う。
もしかしたら書いてある店もあったのかもしれないけれど、「あ、マッシュポテトあるじゃん、ラッキー、たのも~」というマインドになったことがないので、わたしの記憶にはさっぱり残っていない。
ホンモノのマッシュポテトって一体どんなものなのかしら…?

せっかくの彼の誕生日なので、信頼できるレシピをちゃんと見て作ってみることにした。
日本の主婦が投稿したレシピだと、うちの母のようにただマッシュしたポテトをマッシュポテトと呼んでいるパターンがありそうなので、「プロ直伝」と書かれたレシピに挑戦することに。

材料(作りやすい分量)

じゃがいも(男爵)…大3個(500g)
バター…100g
牛乳…100ml(1/2カップ)
生クリーム…100ml(1/2カップ)
塩…小さじ1
白こしょう…適量

誰もが一瞬驚いたけれど、ホンモノだから仕方がないのかしら、と飲み込んだことをあえて大声で言う。
待って!!!!!!バターの量!!!!!!!
いつも作る食パンの4倍ですけど!!!!!!
450gのバターが大体1ヶ月半くらいもつ我が家。
100gもマッシュポテトに使われたんじゃ、家計が火の車である。
早速、プロには申し訳ないが半量の50g程度(計っていないのでもしかしたら30gくらいかもしれない)にさせていただく。
50gでも我が家の食パン2回分だから十分多いのよ。
こういうのは気持ちが大事よね。
わたしにとって「バター贅沢につかったな~」と思う量なのだから、それでよいのよ。

つづいての難関が生クリーム100mlである。
誕生日ケーキをレアチーズケーキにしようと思っていたので生クリームは買ってある。
でも、200mlしかない。しかもレアチーズケーキに200ml使う予定だ。
迷った末に、プロには申し訳ないが半量の50ml程度(計っていないのでもしかしたら30mlくらいかもしれない)にさせていただいた。
こういうのは気持ちが大事よね。と、もう一度言い聞かせる。
牛乳を多めにしたから、きっと大丈夫よ。

さて、わたし流マッシュポテトの材料は以下のとおりである。

材料(作りやすい分量)
じゃがいも(メークイン)…両手で持てる量
バター…贅沢に使ったな~としみじみ感じる量
牛乳…生クリームの分も頼みます、と懇願しながら
生クリーム…これだけ残ればレアチーズケーキ作れるかな、と思うくらいの量を200mlパックに残す
塩…いつもの料理より少し多め
黒こしょう…このこしょうはドバイのスークから来たのよね、と噛み締めながら

ホンモノのマッシュポテトを求めて「プロ直伝」レシピを見たのに、早速「わたし流」になってしまったことに、この時わたしは気づいていない。

「しまった、わたし流すぎた!」と気づいたのは、熱した生クリームと牛乳をじゃがいもに注いでいたときである。
3回に分けて注いだ3回目。
水っぽいどころの騒ぎではない。
どう見てもこれはポタージュである。
生クリームの代わりという重役を牛乳に負わせたために、牛乳はオーバーワーク状態になっている。
いつもこうなって初めて「なんでちゃんと計らないのよ、わたし!」となる、が、いつも何度でもこうなる。

とりあえず煮詰めてみる。
さすがにこれは煮詰めすぎよ、と思うくらいに煮詰める。
焦がさないようにかき混ぜながら。
しかし依然としてポタージュである。

仕方がないので急遽もう一つじゃがいもをチン。
その間は暇なので火を止めてハンモックでしばしくつろぐ。
うっかりYouTubeを見始めてしまったので1回目のチンは聞こえていないふりをした。
2回目のチンでようやく「やれやれうるさい子だね」と重い腰を上げると、なんとレンジの中のじゃがいもがカリカリのフライドポテトに…!
小人さんがレンジの中身を入れ替えたのではない。単なるチンのしすぎである。
カリカリしすぎてマッシュポテトには使えない。けど、うまい。
えーん、最悪、じゃがいもひとつ無駄にしちゃったよー、という気持ちから、何よ、うまいじゃない、今度こうやって揚げないフライドポテト作ってみよ、という気持ちに変わったくらいのころに鍋を見てみると、あーら、びっくり、水分が蒸発して固形になっている。

マッシュポテトの水分が多すぎたときは、煮詰め過ぎなくらい煮詰めてから火を止めてハンモックでYouTubeを見てほんの少し考え事をすれば、シェフのレシピの写真くらいの具合になることを学び、またひとつシェフに近づいた。

さて、大事なのは味である。
分量におおらかすぎてポタージュになったり、チンを甘く見て謎のカリカリポテトを生み出したりしてきたが、結局大事なのは味だ。
あつあつをスプーンで一匙すくってなめてみる。

「うっまぁ〜い!!」
味見をしてここまで驚いたのは初めてだった。
濃厚なじゃがいもの味、舌ざわりはとろっとなめらかで、バターの風味が鼻から抜けるといつのまにか消えてしまう。
はじめまして、マッシュポテト。
あなたがマッシュポテトだったのね。
ずっと会いたいと思っていました。
これまで同居人を大きく育ててくれてありがとう。
これからは私もよろしくおねがいします。
まるで彼の家族と初めて会ったときのように鍋に向かって深々と一礼した。

このようにして私はホンモノのマッシュポテトと齢30(まであと5ヶ月)にして初めて出会ったのであった。
こんなに美味しいなら、誕生日に食べたくなるのもわかる。
いつも心の中で、出たよ、マッシュポテト、とバカにしてごめん。
これからは、来ました!マッシュポテト!と言わせていただきます。
いつかはマッシュポテトを求めておいしいお店に行きたいなぁ。
そんなことを思いながら、もう一口、もう一口だけ、と、味見する手が止まらない土曜日の夕方であった。

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