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1日目のシュトーレン〈寝ても食べても第三夜〉

今年こそはシュトーレンを食べようと思って、2年が経った。
どのシュトーレンにするか迷っているうちに12月がやってきて、シュトーレンを食べ始める時期をいつも逃してしまうのだ。

シュトーレンはドイツの焼き菓子で、クリスマスの4週間前の日曜日から少しずつ食べ進め、味の変化を家族で楽しみながらクリスマスを迎えるものらしい。
お酒で漬けたフルーツや、バターをたくさん吸い込んだ生地、雪のように振りかけられた粉砂糖が、クリスマスに向けてだんだんと馴染んでくるのだとか。

「今年こそは」を3回重ねたシュトーレンは、ドイツの習わしからは1週間遅れて、12月4日に遠路はるばる北海道から我が家へやってきた。
クール便に揺られた500グラムそこらの箱は、割りとずっしりとしていて、これが3回目の正直の重さかぁ、などと思う。

シュトーレンにはじめて出会ったのは大学生のときだった。
もしかするとそれまでにも出会っていたのかもしれないけれど、「シュトーレン」と認識して口の中に入れたのは、やはり大学生のときがはじめてだったように思う。

大学のオーケストラ部の先輩が古い長屋の一角で営んでいたbarで、冬になると突き出しとして出されたのがシュトーレンだった。
商店街から細い路地に入って、方向音痴の私が「あれ、この路地で合ってたよね…?」と不安になる一歩手前でぼんやりと現れるbar。観光客がひしめく昼間とはうってかわって、しんとした夜の道に漏れ聞こえるにぎやかな笑い声が目印だった。間口の狭い長屋の古い木の引き戸を開けると、想像よりも奥行きがある空間の中で老若男女が語り合っている。限界まで落とした調光とうっすら聞こえる音楽が、私を少し背伸びさせた。

初めてシュトーレンが突き出しとして現れたとき、「わぁ!シュトーレンだ!」と隣にいた友人が言ったのだったと思う。もう10年も前の話なので記憶が曖昧だ。
「シュトーレン?」と私が聞くと「うん、シュトーレン、知らん?」と友だちが言った。
「食べてみて、おいしいよ」と言われて口に入れたシュトーレンは、ケーキのような見た目に反して甘すぎず、パンともクッキーとも言えない食感で、口に入れてすぐに「私の知らない焼き菓子だ!!」と思い、ゆっくりと飲み込んで「美味い!!」と思った。
日本酒にもワインにも合うシュトーレンは、私の好きなおつまみランキングの上位にランクインした。

この焼き菓子がクリスマスまで時間をかけて食べるものだと知ったのは島に来てからのこと。
私とシュトーレンが再会したのはまたもお酒の席だった。
休みの日にたまにお手伝いをしていた居酒屋のクリスマスパーティで、常連さんが本土から買ってきたのがシュトーレンだった。
いちじくのシュトーレンと栗の入った和風のシュトーレンだったと思う。本土のおいしいパン屋さんで買ったのだとか。
常連さんは小さなナイフでみんなのシュトーレンを切り分けながら、本当は時間をかけて食べること、ドイツの文化であること、時間の経過で味が変化するらしいことをぽつぽつと話した。
その日のシュトーレンは、大学時代にbarで食べたシュトーレンよりも少し厚かったように思う。

クール便に揺られてやってきた我が家のシュトーレンは、到着した次の日の晩にようやく島の空気を吸った。
私と同居人、そしてタイミングよく遊びに来てくれた「きりくん」と「おんちゃん」の4人でクリスマスのカウントダウンをスタートした。
おんちゃんはシュトーレンを手作りするらしく、もう乗り遅れてしまったと残念そうにしている。
私も実は手作りに挑戦してみようとレシピは調べたのだが、工程数が多くお菓子づくりを不得手とする私には難易度が高そうだったのと、マッシュポテトのときと同じく使用するバターの量に驚愕したのとで、今年の手作りは諦めた。

シュトーレンを5mm程度の厚さにカットしながら、そういえばシュトーレンを切るのは初めてだ、と思った。少し硬くて包丁を入れるとザクッと鳴る。味見をせずにお客さまに出して大丈夫かしら、なんだかちょっと硬い気がする、やっぱり昨日味見をしとくべきだったかしら、と心配性の私はあれこれ考えながら切り進める。

我が家には皿がほとんどない。島に住んでいると、ふらっと入ったお店で偶然素敵なお皿と出会う、ということがないので、いつか買おういつか買おうと思いながらもなんとなく皿が増えないままでいる。2人で食事をする分には困らないのだが、こうしてお客さまがいらっしゃるときにはいつも困る。シュトーレンを乗せるのにぴったりの皿が1枚もない。

結局いつも使っている平皿に4切まとめて乗せるという荒業に出た。
せめてかわいいフォークで食べたいけれど、ケーキ用フォークも2本しかないし、ワインを2本飲んでいつもより開放的になっているわたしは「手づかみで食べよう!」などと言う。
1日目のシュトーレンは、想像よりもずっと荒削りなものとなった。
けれどシュトーレンは、ざくざくでしっとり、アーモンドの香りがふわっと香る、大学生のときに食べたあれと同じ、甘くて繊細な味だった。

ワイングラスが足りなくてタンブラーグラスでワインを飲んだり、取皿が足りなくて紙皿を出したり。ツギハギだらけの我が家のアドベントは、なんとも私たちらしく始まった。

あの日から数日経って、もうすぐ数枚のお皿が届く。
シュトーレンもだんだんと短くなってきた。
お気に入りのお皿に、味が馴染んできたシュトーレンを乗せる。
想像するだけで心がパッと晴れる。
最近思い通りにいかないことが多くて少し沈んでいたが、こたつでうたた寝をする同居人を眺めながらシュトーレンに思いを馳せ、これでよい、と安心するなど。
またあしたからがんばろう。

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