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えんどう豆の音〈寝ても食べても 第一夜〉

土曜日の昼下がり、家の外から「おーい!あれ、聞こえんだらぁか。おーい!」という声が聞こえた。
お隣さんにご用かしら、と思っていたら、しばらくして我が家のインターホンがなった。
我が家のインターホンはFamilyMartの音楽と同じ音だ。
引っ越してすぐのころ、「うちの音、FamilyMartだよね」と同居人に言ったら「そんなわけないじゃん、違うよ」と言われた。あら、勘違いだったかしら、と思ったが、こういうことは確かめないと気がすまない同居人が「鳴らしてみよう」と、わざわざ外に出てボタンをポチッと押すと、やっぱりFamilyMartの音楽が流れた。
わたしたちが住んでいる島にはコンビニがないので、本土に出なくてはこの音楽を聞けない。
こんなになじみ深い音でも、久しぶりに聞くと、はて、何の音だったかしら、と思ってしまうものである。

玄関を開けると近所のおばあちゃんがいた。
わたしのおばあちゃんも愛用していた手押し車を握っている。
「荷物もえっと入るし腰掛けにもできるでえぇだけ」と言っていたわたしのおばあちゃんの手押し車は、いつも何が入っているのかよくわからないスーパーの袋でパンパンだった。実は何も入っていなかったのではないか、とさえ思う。
「若い人だけぇね、そんなに食べんさらんと思って、すこぉーしだけど」と言って、わたしのおばあちゃんと同じくパンパンな手押し車から出てきたのは、スーパーの袋に入ったえんどう豆だった。
「わたしはね、よ~ぉ覚えとるだあよ。あんたらちがえんどう豆食べたいって言っとったけんねぇ」
少し前、同居人と散歩中におばあちゃんの家の前を通ったとき、えんどう豆の話をしたのだった。
「これからどんどん背が高くなるけぇね。花も咲くけぇねぇ。よぅ見ときんさいよ。大きなったら『おばちゃん!えんどう豆できとるよ!』て言うだぁで。なんぼでもあげるだわ」とおばあちゃんは言った。
だいたいこういうのは、次の散歩中にたまたまおばあちゃんが庭仕事をしていたらもらえる、というやつで、めったに散歩をしない我々はこのえんどう豆をおなかの中に入れることはないだろうな、と思っていた。
けれど、車でおばあちゃんの家の前を通るたびに、おばあちゃんのえんどう豆を見て、育ってる育ってる、とホクホクするのが楽しみだった。

「わざわざ持ってきてくださったんですか!」
ひえぇ!と思った。たまたま会うことがなかったから果たされることがなかった約束がわたしには500個くらいあるというのに!そしてもうその500個も一つ残らず忘れてしまって果たすことすらできないと言うのに!こんなに律儀で親切な人が存在することに驚いた。
こっちの袋は皮をむく、こっちの袋は皮ごと塩ゆで、とか、塩ゆでするときに砂糖をほんの少し入れるとうまい、とか、豆ごはんにするときはもち米を少し入れること、とか。
普段から早口のおばあちゃんがもっともっと早口で自慢の豆の説明をする。
方言もあいまって6割程度しか聞き取れない。奥の道路で休んでいるおばあちゃんの友だちが「若い人にそんな言葉使ってもわからん」と言ってときどき通訳をする。おばあちゃんはそのたび「あれ、ほんにだなぁ」と言って大笑いをするのだが、次の瞬間にはもう聞いたことのない単語が休む暇なくおばあちゃんの口から紡がれる。
最後には「家族を作らないかんで、家族を。家族のために頑張るだけぇね」と言っておばあちゃんたちは去っていった。はて、えんどう豆の話がどうして家族の話になったのだっけ、と思うのだが、前に話したときも同じラストだったので、おばあちゃんの中ではごくごく自然な論理展開なのだろう。

何はともあれえんどう豆である。
ひとまず豆ごはんは決定だが、今日はあまり時間がないので「皮ごと塩ゆでしてガジガジと食べる」というやつをやってみようかしら。
おばあちゃんはほんの少しと言っていたけれど、袋から出して洗ってみるとすごい量だ。
たまに鞘から飛び出した豆がボールとぶつかって『ゴボン』とくぐもった音を鳴らす。
いつもはテレビを見ながら料理をするところだけれど、今日は目にも耳にもホクホクするので、素敵なラジオを流しながらえんどう豆を大事に茹でた。

金曜日〆切りの仕事のために徹夜をしたせいで睡眠時間がおかしくなってしてしまった同居人は、夕食前に仮眠をとった。
「おいしそうな夜ごはんができた!!」と言われて無理やり起こされた同居人が、えんどう豆の塩ゆで、鶏つくね、レタスサラダ、大根と油揚げのお味噌汁、茄子の漬物と去年漬けた梅干し、という絵に描いたような夜ごはん定食の前にねむけ眼のまま座らされる。
芋とか栗とか豆とか、そういったホクホクしたものが好きな同居人は、眠りながらもえんどう豆を黙々と食べ「これ、おいしいね」と眠りながら言った。

「卵とじにしてもおいしそうね」と言ったところで、なんだかすごく古い何かを思い出した。けれどあまりに古くて何を思い出したのかがわからない。
わたしはいつも過去にとらわれている人間なので、こういったことがよくある。ちょっとしたことをきっかけに古い感覚をぽろぽろと思い出す。はっきり思い出すこともあれば、うっすらとしていて何かわからないこともある。
「そういえば小学生のときにさ、」と言ってわたしが古い思い出をまるで昨日のことのようにはっきりと話すこともよくあるので、同居人はいつも驚いている。同居人は過去にとらわれない人間らしい。

食後に食器洗いをしていたら、突然さっきの『ゴボン』という心地よい音を思い出した。えんどう豆がボールに当たる音だ。あの音すきなのよねぇ、と心の中で独りごとを言って、ハッとした。
そういえば、昔よくお母さんに頼まれて、えんどう豆を鞘から取り出すお仕事をしていたのだった。それはもう大変な量で、『ゴボンッゴボンゴボン』と大きなボールの中でえんどう豆が踊りまくるのである。わたしはその音が好きだったので「えぇ~?お手伝い~?」と憎らしい声を上げながらも、心のなかでは、えんどう豆ならラッキー、と思っていた。
いつも大体30分くらい「えんどう豆取り出し職」をしていたように思う。30分もすると、肩は痛いは指は青臭い匂いだわ、これの報酬が『ゴボン』だけだなんて割に合わないよなぁ、と思っていた。なにせわたしは、えんどう豆がそんなに好きではなかったのである。

子どものころ、醤油の味付けに比べて塩の味付けが好きではなかった。素材の味が生きすぎるというか、もう少し隠してくれても良いのに、と思っていた。中でも特にそら豆とえんどう豆は、塩で味をつけると「豆が来たぞ~。豆だぞ~」と、仕事帰りのお父さんみたいに存在を主張してくるので鬱陶しくて好きではなかった。それがさらにえんどう豆の卵とじと来たら、一体これでどう米を食べるんだい!という味のやさしさだ。しかも子どもの頃のわたしは芋とか栗とか豆とかを白ごはんと一緒に食べるのが苦手で、カレーですら最初にじゃがいもを全部食べきらないと食べ始められない子どもだったので、豆ごはんなんて作られた日にゃ、ごはんに紛れた大量の豆をすべて食べきらないと食事が始まらなくて、もはや苦行でしかなかった。あんなに頑張って鞘から出したのに、こんな仕打ちを受けるとは…と涙ながらに食べたものである。

あろうことかその憎きえんどう豆をすっかりと忘れて「卵とじにしてもおいしそうね」などと呑気に言ってしまった。でも今日のわたしは本当にそう思ったのである。味覚というのは不思議なものだ。
わたしのお母さんは、自分がおいしいと思ったものを何度も何度も食卓に出す人だった。パイ生地なしキッシュとか、酢もやしとか、ほとんどおからと豆腐のハンバーグとか、いつもお母さんが「これ、おいしいよね」と言って出してくるので「うん、おいしいね」と言っていたのだが、正直どれもわたしは好きではなかった。お母さんとは味覚が合わないのだと思っていた。けれどこれは味の好みという話ではなくて「いろいろと食べ尽くした上でだんだんと何が好きになってくるか」という話だったのかもしれない。まだ生ハムもユッケも鯨のさえずりも知らなかった小学生のわたしは、きっと本能的に「おいしいの出し惜しみ」をしていたのだろう。けれど、アンチョビも鶏刺しも鱧の湯引きも知っているわたしは、「結局こういうのがおいしいのよねぇ」と過去の恨みも忘れてえんどう豆を食べるのである。


えんどう豆はまだまだたくさん残っている。
豆ごはんも卵とじも絶対に作ろう。
変化球で、えんどう豆とベーコンのケークサレなんかもおいしいんじゃないかしら。
しばらく続くであろうえんどう豆ライフにホクホクとして、また『ゴボン』というくぐもったえんどう豆の音を頭の中で再生した。


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