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自宅で溺死寸前の友達を救った少年は、どう成長したのか~中国語絵本翻訳シリーズ「司馬光砸缸」
こんにちは。
「中国語絵本を翻訳してみよう」シリーズの第三回目をお届けします。
今回のお話の主役。
それは古代中国・北宋の政治家である司馬光。
彼がまだ幼い子供時代のお話です。
■司馬光なんて知らん
「知らん人の話なんて興味ないね」って方が大半だと思います。
なので「ふーん」で終わる話より。
本題のまえに、個性的なお話を一つ紹介しましょう。
当時、科挙という官僚採用試験がありました。
この試験がとても難しく。
中でも最難関試験の「進士」は、よわい五十代の受験者がワンサカいるほどでした。
この試験に合格するためには、やはり子供の時から人一倍。
いや十倍も勉強しなければいけないのです。
そこで幼い司馬光は「表面がツルツルした筒状の枕」を使おうと思いつきます。
これで眠るとどうなるか。
ぐぅー…と眠り込むと、枕がコロンと転がる。
そしてゴチン!と頭をブツけますので。
深く眠ることなく、すぐ起きれてしまうワケです。
「熟睡できないなんて身体に悪そう」と思うのですが。
寝る間も惜しむほどの努力家が司馬光という人なのです。
この故事を「円木警枕」といいます。
ちなみに、周りに五十代の受験者が大勢いる中。
司馬光は普通に二十歳で進士に合格しました。
そんな彼の幼少時代、一体何があったのでしょうか。
ぜひご覧ください。
■「司馬光砸缸(意:司馬光、缸を叩き壊す)」の本編
それは中国の昔々。
「北宋」と呼ばれている時代。
司馬光という、それはそれは立派な人物がいました。
彼が子供の頃。
現代まで伝わる、ちょっと危ない出来事があったのです。
※北宋…唐朝の崩壊後、五代十国という長い分裂の時代が続きました。この動乱を終結させ、創建された統一王朝が宋朝です。
司馬光の生涯は西暦1019年〜1086年。
その子供時代なので、大体1027年ぐらいだとしましょう
日本いえば平安時代・後一条天皇の治世でした。
絶大な権力を誇った藤原道長が亡くなる、ちょうど一年前にあたります。
この宋朝も末期になると、金という国に滅ばされ、南方で王朝を再興するハメになります。
この滅亡前が北宋、滅亡後を南宋と呼ばれているのです。
ある日、司馬家の庭園。そこに(司馬)光を含め、遊び仲間の男の子たち五人。
皆そろって捉迷藏(目隠し鬼ごっこ)をしていました。
ある子はしゃがみ込み、鬼の手を避けながら、声を掛けて呼び寄せたり。
また別の子は鬼の近くにいながら、背後にそろりそろりと回り込んで、ゾクゾク感を楽しんだり。
司馬光は一番の年長でしたが、手を叩き「こっちこっち」と屈託なく笑っています。
みんなとても愉快に遊んでいました。
※庭園…冒頭に司馬光自身も進士だったとお伝えしました。
実は彼の家自体、代々進士(最も難しい官僚試験の合格者)の家系だったのです。いわばエリート階級であり、邸宅には広い広い庭園(園林)があったのです。
仲間の中でも臆病な子。
彼が捕まらないようにこっそりこっそり、築山に登っています。
※築山…園林の飾りとして、山を模して人工的に作られたもの。中国語では「假山」という。
「さあ、ここならもう安心だ!ここまでおいで!」
登りきり、2本足で立ち上がったその子は自身満々です。
築山は、子どもたちの身丈より高く、大きな岩で出来ていました。
たしかにここなら捕まらなそうです。
人工的な園林といえど、あたりには竹林や芭蕉が生い茂り。
かたわらには、水の満ちた大きな水缸が、さながら湖のようでした。
すべてが大きく見える子どもの目には。
泰山や黄山の絶景とは程遠いものの、これはこれで中々満足感のある景色です。
しかし、足元は少しフラつきます。
中国庭園の築山「假山」に使われる岩は平たくありません。
奇岩という、仙郷を思わせるゴツゴツ尖った、変わった岩も多かったのです。
※水缸……甕と同じ。液体などを貯めておくの使います。基本的には壺と比べ、もっと大きいものをカメと呼びます。
※泰山や黄山……中国には五嶽という有名な山があり、最も有名なのが東嶽・泰山です。
黄山は「黄山を見て帰れば、五嶽さえ見る必要がない」と評されるほどの名山とされています。
「あ、そっちから声がしたぞ!捕まえてやる!」
鬼役の子は、まるで見えているように、築山の上を指さして近づいてきます。
「ありゃ!?なんでわかっちゃうんだよ!」
上にいる子は焦り、ついつい後ずさり。
しかし、焦るあまり、そこが築山の上だということを忘れていたのです。
「「「ドボンッ!」」」
築山の上から真っ逆さま。
満水の水缸の中へ、男の子は落っこちてしまいました。
これには司馬光たちもびっくり。
「なんだ!?なんだ!?」
鬼役の子も大きな水音にびっくりして、目隠しをもぎ取ります。
子供たちは、たちまち大慌て。
落ち着きのない子は、あちこち無闇に走って大人を探します。
他の子は大声で叫びました。
「助けて!助けて!友だちが水缸に落ちちゃったよ!」
水缸からは水しぶきが絶えず溢れています。
水缸は子供の足がつかないほど深く。
落ちた子は全身を水中に埋めて、バシャバシャ溺れ続けているのです。
このままでは死んでしまいます。
この危急の中。
司馬光だけは冷静でした。
水缸に手を当て、どうやって助けようか考えているのです。
しかし、それはほんの一瞬でした。
司馬光は即座に、水缸近くの築山へ、パッと回り込むと、グイグイよじ登ります。
水缸のフチまで来ると、力いっぱい手を伸ばしました。
それでも、短く小さい子供の手では、とても届きません。
いっぱいいっぱいに広げた自分の手指の間から。
唯一見えるのは、水面の上を飛び出しもがく両手のみ。
バシャバシャ。
心を焦らす水しぶきも、司馬光の指先をひんやり濡らすだけでした。
仲間の子どもたちは、さらに慌ててふためき、脅えています。
彼らも優秀な家の子供たちです。
日頃から学問を教わり、こんな緊急事態に遭った時の心構えを学んでいます。
しかし彼らは幼く、全てを忘れてしまったようです。
どうしたらよいのか……。
頭がいっぱいいっぱいで、何も分からなくなってしまいました。
大人を探していた子はさらに遠くに駆け出すも。
司馬家の庭園は広く、あたりはしんと静まりかえって、為す術がありません。
ついに、大声で叫んでいた一人は、ぺたんとお尻をつき。
わんわん泣き出してしまいました。
ところで、助けるのに失敗した司馬光。
まだ冷静さを失っていません。
きょろきょろ周りを見渡し、もっと良い方法はないか考えます。
彼の目にチラッと、大きな石が、何気なく映りました。
すると突然、ぱぁ!
薄曇りの眼の前に、光明がキラキラと輝き出します。
そうです。
友だちを救う方法を見つけたのでした。
駿馬のように駆ける司馬光。
地面に転がる大きな石に飛びつくと。
力を振り絞り、持ちあげました。
重たい。
重たいですが頑丈そうな石です。
足をガクガクさせながら、石を抱きかかえつつ、水缸まで運びます。
「おいおい、何やってるのさ……」
周りの子供たちは、彼の目的の検討がつきません。
キョトンとしながら、不安そうに見守っています。
司馬光は冷や汗をたらたら流しながらも、水缸にたどり着きました。
「ここで焦ってはいけない……」
そう考えた司馬光は、口元を引き締め、体勢を整えます。
水缸に狙いを定めると、振り子の要領で思いきり石を引いて、えい!。
「「「ガツン!!!!!ガシャン!!!!」」」
全身全霊の力を込めて、何度も何度も水缸へ石を打ちつけ、壊し始めたのです。
「今の音はなんだい!?」
大人を呼びに行き、離れた場所にいた子。
水缸が壊れる凄まじい音に驚いて、駆けつけて来ます。
その子も、無駄足になった絶望感を忘れ、予想外の状況に呆然とするばかりでした。
「「「ブシャーーーーーッ!!!!」」」」
子供が出られるほど、大きく割れた穴から、中の水が噴き出します。
水は怒涛の勢いで避ける暇なく、穴の目の前にいた司馬光はびしゃびしゃです。
当然周りの子たちもズブ濡れになってしまいました。
しかし、こうなることは分かっていた司馬光。
まったく冷静沈着な面持ちです。
焦りひとつ見せず、穴越しに中の子どもがどこにいるか、見つめています。
ただひとり。
鬼役の子だけは水缸の背後にいたので、あまり濡れませんでした。
取り乱した気恥ずかしさもあってか、自分の頭をなで、心のなかで呟きます。
「あーなるほど、石は水缸を壊すためか。やっぱり司馬光は賢いなあ」
しばらく経つと。
水の流れに乗って、溺れた子が横になって出てきました。
司馬光は上半身だけ抱き起こし、立て膝にもたれさせます。
「大丈夫か!助かったぞ!しっかりしろ!」
子どもたちはみんな心配して声かけたり。
飲んだ水を吐き出させようとしています。
「ゲホッゲホッ……うぅ……」
溺れていた子は目が虚ろになりつつも、意識はあるようで。
大事には至らない様子でした。
座り込み泣いていた子も、すでに冷静さを取り戻しています。
彼は遠くから走ってくる、たくさんの人影を見つけました。
「おーーい!こっちだよー!でも助かったんだ!おーい!」
あの壊れた水缸が放った大音量を聞きつけ、大人たちが駆けつけてきたのでした。
ことのあらましを聞いた大人たちは、みんな親指を立て司馬光を称賛しました。
「たしかに水缸や水も貴重なものだが。人の命はもっと大切なものだ。
『義を見てせざるは勇無きなり』というが、小光(司馬光)の決断はただしい。
危難にも慌てず、責めを恐れず、何が一番大事なのか。
それを忘れず、冷静沈着に友を助けた気骨は、本当に立派だ!」
大人たちは自分の子どもだけでなく。
多くの子どもたちが、司馬光のように育って欲しい、と。
冷静さを失わず、思いやりと勇気を兼ね備える。
そんな人間になって欲しいと願いました。
その願いの強さが、このお話を各地に広め。
現代にまで伝える事になったのです。
■成長した司馬光はどうなったか
以上が司馬光の子供時代の逸話です。
すごくいい子ですよね。
司馬光はこのまま性格が捻じ曲がることもなく、努力を怠ることもありませんでした。
最も有名な功績として、全294巻からなる歴史書の大著『資治通鑑』があります。
幼少期から歴史好きだったらしく、やり甲斐があったのかもしれませんね。
トラブルがあり政界から一度退いたものの、最終的に宋の宰相になりましたし。
やはり「立派な人」であるのは間違いないでしょう。
司馬光の死から四十五年後。
日本にも多大な影響を与えた朱子学の創始者・朱熹も、司馬光をこう評しています。
原文:温公可謂知仁勇。 他那活国救世處是甚、次第其規模稍大。 又有学問、其人厳而正。
意訳:「温公(司馬光)は知・仁・勇を備えていると評せる。彼の国を活かし世を救うという志は甚だしく、生涯をかけて強まるばかりだった。また本当の学問を修め、その人柄は厳正であった。」
※温公……温は司馬光の字(本名以外に普段呼ばれる名前のこと)。公は尊称。
※知・仁・勇……官僚試験「科挙」で丸暗記する必要がある書籍の内「中庸」において、重要な徳とされている三つです。三達徳ともいいます。
※朱子学の創始者・朱熹………朱子学の誕生は北宋が倒れて南遷し、王朝が復興された南宋時代のことでした。
朱子学は儒教を基にした新しい学問体系のことです。日本では約500年後の江戸時代に広く浸透し、その思想は明治維新にも影響を与えました。
しかし、司馬光について語る時にはずせない要素があります。
実はその要素こそ。
これまで丹念に丹念に「素晴らしい人」として紹介してきた司馬光。
彼の賛否が別れる点なのです。
それが「旧法派と新法派の政治的な争い」です。
当時の北宋では。
平和維持のための軍事費や外交費により、財政が圧迫されていました。
また平均すれば庶民の経済状況は向上していたものの。
実体は年々格差が広がるばかりだったのです。
早急に改革が必要だった中、新法派の主格となったのが王安石でした。
王安石は変わり者でありつつも、深い教養を備えた人物であり。
司馬光との仲は悪くなかったのです。
しかし、改革の必要性は感じつつ、穏健に勧めたい司馬光と。
急進的な法案を打ち出す王安石は、激しく対立しました。
私見ですが、どちらが悪いという事はなく。
司馬光の考えにも一理あり、王安石の施策にも失敗がありました。
司馬光も王安石も、志の高い立派な政治家であることは間違いないのです。
ただ、彼らの死後。
旧法派と新法派の政争は、徐々にその本質を失い。
ただの権力闘争へと様変わりしてしまいました。
末期には悪官が台頭。民衆反乱も頻発。
国家の弱体化から外敵の脅威にも対抗出来なくなります。
そして滅亡へ……。
二派の争いが、これら凶事の原因になってしまったのです。
もちろん国家の滅亡には多面的な問題がありますし。
「これが無ければ何とかなった」とは言えません。
私個人的な評価であれば。
司馬光はその資質として善良に生き、善良なまま天寿を終えた人物と言えます。
しかし、一方の面から見れば「国家滅亡の原因を作った悪人」だと見なされることもあるのです。
実際、現代的な目線だけでなく、当時を生きた前述の朱熹からしても。
司馬光と王安石の評価は難しいものがありました。
改革が必要になった時点で、国家の衰亡は始まっているのだ……。
私はそう思います。
その犯人を求めて「司馬光は尊敬に値しない」と評されるのは、大変惜しいことではないでしょうか。
■あとがき
今回は有名な話で、知っている方も多かったかもしれませんね。
日本のお寺系WEBサイトでも多数掲載されています。
絵本ということで、実際の文章はもっと短いものでした。
これまで翻訳した絵本2作に比べ、だいぶ短かったです。
短いのは中国語勉強には大変ありがたいんですけど。
文章だけの読み物にしようとすると、異様に淡々としてつまらない…。
そんな物になってしまいました。
なので、今回本編の六割は、絵本の「絵」から読み取り、膨らませた想像を大幅に付け加えています。
これは翻訳というよりも。
絵本を下敷きに、脚本を書いたのと変わらない気がしますが……。
本質はこの故事の素晴らしさを伝えることにあり。
つまらなくても、翻訳した文章を見せることではありません。
なにより読んでくださった方に楽しんでいただき。
司馬光の故事を通した人々の思いが、少しでも心に残っていただければ幸いです。
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