見出し画像

中国の絵本「李寄除妖」の和訳

はじめに

前回は「区寄杀贼」を訳させていただきました。
続きまして今回も同じ楊永青氏による「李寄除妖」を拙筆ながら和訳いたしました。

「区寄杀贼」は区寄(くき)という少年が人売りに誘拐されたものの、間一髪返り討ちにした話ですが、
「李寄除妖」は李寄(りき)という少女が大蛇の生贄にされながら、知恵と勇気を奮って撃退するお話です。

詳しくはあとがきに記しますが、どうやら李寄は一部のゲームで取り上げられているようなので、区寄と比べて日本でも知名度が高そうです。

青空文庫でも岡本綺堂氏が「祭蛇記として翻訳されたものが読めますので、気になる方はご覧いだければと思います。

今回は注釈が多いですが、もちろん絵本にはありませんので、すべて私の見解です。
読み仮名も、辞書にあったわけではなく、基本的に日本語の音読みに合わせ、勝手につけてるだけなのでご注意ください。


本文

とてもとても昔のお話です。
福建のある小さな村で、山仕事に出かけた小さな子供が、常々失踪するという奇怪な事件が起きていました。

人々は驚き恐れ、山に入ることもできません。
実は、この山には一匹の大蛇が洞穴に潜んでいて、度々姿を現しては人間を傷つけていたのです。

巫婆が、この怪事に乗じてこんな流言を吹聴しました。
「大蛇はすでに妖怪となり『毎年十二、三歳の少女を嫁入りさせよ』と要求しておる。
 もし断れば、村中の子供は全て、大蛇に喰い尽くされるであろう」

※巫婆(ふば)…おばさんやおばあさんの女祈祷師。このお話はまだ前漢時代の出来事で、道教成立以前なので、いわゆる道姑ではないと思われる。

役人は巫婆の話を聞いて、村人たちに命令を下しました。
「毎年八月、一人の少女を蛇の洞穴へ送りなさい。
 娘を持つ家は例外なく、交代で捧げなければいけない。」

お金持ちの家では、生贄の番が回って来ようと、我が子を送り出したくないので、貧乏人の家から子供を買い上げ、身代わりにしていました。

貧乏人はというと、自分の番になっても当然そんなお金は持っていないので、愛する娘が死地へ送られるというのに、為す術なく見届けるしかありませんでした。

巫婆と役人は共謀しており、「蛇妖娶親(じゃようしゅしん:蛇妖怪の嫁取り)」の日になると、巫婆は装神弄鬼(そうしんろうき:成語)。
神がかりになったフリをして人々を欺き、楽人たちに吹いたり叩いたり盛大に楽器を演奏させて、「送親(そうしん:嫁入り)」の儀式を行いました。
こうして村の民衆からお金を騙し取っていたのです。

※楽人…音楽を業とする人達。絵本のこの頁では、嗩吶(さない:チャルメラとして有名)が描かれている。
中国の農村部では婚礼の際に、銅鑼や太鼓、そして嗩吶を賑やかに演奏する風習がある。

儀式が終わると「新娘(しんじょう:花嫁)」を洞穴の入り口まで送り届け、大蛇に食べさせていました。

そんな悲劇を繰り返し、また一年、また一年と時は過ぎていきます。
これまでに九人もの女の子が、生きたまま惨たらしく殺されてしまいました。

村の人々はあまりに悲惨な境遇に、働く気力が全く出ません。
これでは生きていけず、あまりに多くの人がこの地から逃げ出しています。

しかし、巫婆と役人は反対に、騙し取ったお金で財を築き上げていたのです。

そして今年。
また八月が来てしまいました。

今度は李誕(りたん:人名)という農民が娘を差し出す番です。
彼には六人の娘がいて、一番末の娘は李寄(りき)と言い、ちょうど十二歳でした。

李寄はよく気が利く賢い子です。
父母からもひどく愛されているのに、どうして死地送りにして平気でいられるでしょうか?

しかし、李誕の家には替え玉を用意できるお金などありません。
家族みんな、李寄を抱きしめ身を寄せ合って、ひたすら泣き通しました。

ですが、どうやら李寄には良い考えがあるようです。
彼女は言います。
「父さん。母さん。それに大好きな姉さんたち。
 そんなにメソメソしなくていいのよ。
 あたしは蛇妖怪の所へ行って、思い知らせてやるんだ」

李寄は「嫁入り道具」として、儀式の日までに用意して欲しいものを願い出ました。
まず、ふんだんに蜜を塗った面餅を、たっぷりひとかご分。
次に、強くて勇ましい三匹の犬。
そして一振りの宝剣です。

李誕は娘の最後の願いだと思って、ひとつひとつ、全てその通りにしてあげました。

※面餅(めんぴん)…平たく円盤状にして焼いたパンの様な食べ物

※宝剣(ほうけん)…なんでもスパスパ切ってしまうような、よく切れる剣のこと。武侠小説にもよく登場し、貴重な品なのは違いないが、それほど大げさな宝物でもない。

出発当日、李寄の家族と隣近所の人達は、鼻水を垂らし涙を流して見送りに来ています。
ところが李寄は悲しくもなく、怖くもありませんでした。

「嫁入り」の儀式が終わると、蛇の洞穴には李寄と三匹の犬だけが、ぽつんと残されています。

太陽が山の向こうに沈みました。
山風が吹くと、草木をギャーギャー叫ぶように揺らして、なんとも恐ろしい雰囲気です。

李寄はひとかご分の面餅を、洞穴の入り口に全部ひっくり返してしまうと、
三匹の犬を自分の側に招き寄せ、大蛇を待ち構えます。

しばらくすると、大蛇が洞穴から現れ、ぷんぷんと香り立つ面餅の匂いを嗅ぐと、ひと口で全て呑み込んでしまいました。

その直後。
大蛇は山腹をごろごろと、のたうち回り始めたのです。

実は李寄は面餅の中に毒薬を仕込んでいて、その毒が大蛇を苦しめているのでした。

しかし、大蛇は李寄の姿を捉えると、
なおも凄まじい勢いで飛びかかってきたのです。

李寄は三匹の犬を放ち、大蛇へ噛みつかせます。
大蛇は毒が回ったことによって、だんだんその気勢を弱め、今や三匹の犬に勝つ力はありません。

この時。
李寄は宝剣を抜いて、勇気を奮って大蛇へ向かっていきます。
そして宝剣を思い切り振り上げ、ズパァッ。
蛇の頭を斬り落とし、この地から害を取り除いたのでした。

李寄は三匹の犬を引き連れて、家に走って帰っていきます。
この時、すでに空はすっかり真っ暗になっていました。
我が家の門戸に辿り着く前から、彼女の耳にわんわん泣き叫ぶ、家族みんなの声が届きます。

李寄は門戸へ急いで駆け寄り、ドンドン叩いて呼びかけました。
「早くあけてよ!あたし帰ってきたわ!
 もう怖がらなくていいの、あの蛇妖怪はもう死んだわ!」

彼女の声を聞きつけると、
家族みんな、飛びかかるような勢いで門戸を押し開けました。

すると、李寄は本当に帰ってきて、三匹の犬はぴょんぴょんと元気に飛び跳ねています。

家族はそろって、これ以上嬉しいことはないと喜び合いました。

しばらくして、隣近所の人々が李寄の家に詰め寄せ、彼女が語る”蛇を斬ったいきさつ”を聞いています。

村人たちは、そこで初めて悟ります。
「蛇妖娶親(じゃようしゅしん:蛇妖怪の嫁取り)」の話は元々、巫婆と役人による、我々からお金を騙し取るための悪巧みだったのだと。

翌日の早朝。
真っ赤な太陽が昇ってくる頃、村中の人々は李寄が蛇を斬った場所へ集まりました。

殺された大蛇を見て、人々は絶え間なく、互いに驚き合っています。
「この誰もが恐れる大蛇を、こともあろうに十二歳の少女が退治してくれるなんて!
 まさしく本当に起こった奇跡だ!」


あとがき

今回は中国っぽい雰囲気に近づけたかったので、使えそうな成語はそのまま使用しました。
使い過ぎると読みづらくなりますが、こちらの方が私は好きですね。

前回は区寄で、今回は李寄。
性別は違っても両方とも「寄」という名前で不思議に思い調べました。
ですが、残念ながら何もわからなかったので、推測する他ありません。

「排行」といって兄弟における長幼の順序に従って、名付けに使われる字があります。
この中で末弟を表す「季」という文字と、「寄」は現代中国語において同音なので、おそらく当時も同音だったのではないかと考えました。

区寄も小さい子供でしたし、李寄は末の娘ですから、「寄」は「季」と同じ意味で使われたのではないでしょうか。

全くの別の小説で、明朝の阿寄伝という下男の話があり、その字の通りこの人の名前も「寄」です。

つまり、「寄」は庶民、中でも貧乏な家庭において、末の子供につけられる名前なのかもしれません。

今自分が知ることができる情報だと、こんな不確かなことしか述べられず申し訳ないです。

「李寄除妖」の原典は、東晋の干宝(かんぽう)による「捜神記」に収録されています。
原文では特に題は無いようですが、本国では「李寄斩蛇」と知られているようです。

李寄も生没年不詳ながら、前漢時代に実在した人物とのこと。
漢の高祖である劉邦も大蛇を退治する伝説があり、中華圏では親しみやすい題材なのかもしれません。

原典によると、
李寄は、この話を聞いた越王(漢朝から王に封じられた人)に、后のひとりとして娶られ、父親の李誕は県令(けんれい:県知事のような役職)にまで引き立てられたというからすごい話です。

「李寄除妖」の原典の日本語訳は、冒頭でお伝えした青空文庫の岡本綺堂氏による中国怪奇小説集の「祭蛇記」

平凡社さんの東洋文庫「捜神記」から読むことが出来ます。

ご興味がわいた方は是非ご覧くださいませ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?