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『「自分発見」は「自分を知る」ところから始まる』

先日、友達とお喋りしていたときのこと。
いまは、大きな流行ではなく、それぞれ個人が見つけたものを個人で楽しむ、「個性化の時代じゃないかな」という話になりました。「自分探し」や「自分らしさ」が今のキーワードのようです。

しかし、私は思います:
自分発見の始まりは、外に向けて探すよりも、まず自分を知るところから始まるのではないか?

最近頂いたお二人の方の一水空参加後の感想を思い出します。
おひとかたの感想:
「手術翌日の 一水空は大変有難かったです。
朝から大変な痛みで、病院のベットで、座禅を組んだのですが心が定まらず、とても「空」の心になれる心境ではありませんでした。

あれこれ試行錯誤、塚本先生の一水空を思い出し(真似事ですが)
ゆっくりした動作、ゆっくりした呼吸と、天地開通のイメージを、
病院の窓から太陽を眺めつつ、何度も何度も心に描き 行いました。
頭でイメージを描くので、雑念や、痛みから心が離れ、深いゆっくりした呼吸と、
ゆっくりした動作が、とても心地よく、太陽を眺めながら午後一杯(休憩をいれ)行いました。
夕食時、ふと気が付くと、朝のこわばった体と心が、とても落ち着いていました。
本当に有難かったです。(両手首骨折後の辛さは想像を絶する生活で、その救いとなりました)

入院は4人部屋でしたが、連日一水空(の真似事)を行い、退院後も自己流ですが、
自宅でリハビリと思って時々行います。座禅も行いますが、また違った世界を感じます。
リハビリで通院しますが、一水空にはリハビリにない手の動きがあり
『あ!ここは動かない!痛い!』など新鮮な気づきが沢山あります。左手小指骨折もあり左右動作の違いがはっきり分かります。」

もうひとかたは、一水空に五回目の参加のあとに下さった感想。
「全身をくまなく動かしてみて、自分は足の指を使っていない。
歩く時も足指が地面についていないし、
つま先立ちをする事もなかったので、足指に力が入らないことがわかった。

左右に重心移動はすることはあるが、
前後に片足に重心を置くことがないので、
右足を前にして牛歩の姿勢をすると
左の臀部が痛い。
その姿勢ができない。 
これは臀部の筋力が無いためと思う。 

腰の回転はとてもきつい。うめき声をあげながら、
後ろに反らす姿勢は何年もした事がない。

一身通は左右対称に身体を動かすので、自分の身体の歪みがよくわかる。
どこを意識すればいいかわかる。
身体の歪みが解消できる、いいね。
身体も軽くなるし。」

身体の気づきを教えてくださったお二方に感謝です。
手首の手術翌日に参加してくださったのは男性で、ある国際学会の理事を務められる方です。
胡坐の姿勢で毎日作業されているのは男性で、彩色、墨書きの仕事を40年以上続ける職人の方です。(タイトルで使った写真「日輪」の作者です)

感想文を読んで、私はこんな印象を受けました:
お二人とも、きっとチャレンジ精神が強く、やってみたいことを積極的に実行する、探求心旺盛な方でしょう。
さらに、ご自分の心身状態を把握することを、無意識のうちにしっかり出来ている方だと思います。

これまで聞いた感想の中で、特に多かったのは「身体が軽くなった、温かくなった、汗をかいた、気持ちよかった」でした。
このお二人の感想では、具体的に自分の身体の状態に気づいておられて、私はそこに感心しました。

一水空コンセプトの一つに、「自分のカラダの声に耳を傾ける力を育てる」があります。
一見簡単そうなエクササイズの繰り返しですが、
一つ一つの動きをゆっくり行いながら、その時の身体の反応を聞いていくように、指導しています。
同じ人でも、季節と環境、感情などの状況の変化によって、体の調子が変わります。一水空の反復運動を通して、身体の発する声を点検し、ケアをしていく作業を組みこんでいます。

現代の学校教育では、頭から知識を教えることを中心にしていますが、
反復練習を通して、身体の潜在意識を習慣化することも、教育に欠かせない要素だと思います。
これは、意識的な反復訓練によって、身体が無意識のうちに自然に作り上げるものです。
一見、気づきにくいのですが、それは知らず知らずの間に身体に染み込んでいきます。
無意識でできる力の一つは「自分のカラダが発する声を丁寧に聞き取ること」です。今回感想文を下さったお二方のように!

今ここにある自分を客観的にみる訓練として、マインドフルネスや、禅の瞑想などがよく知られています。
でも、身体を動かさず、じっとしているだけで、自分の考えを静止させるのは、とても簡単なことではありません。
つい考えがどこかに行ってしまい、雑念が入ってきます。
しかし、一水空は「考えを静止させる方法」ではないため、もっと簡単に取り組みやすい。
分かりやすく言うと:「”動く”マインドフルネス」だからです。

自分の身体の重心、足腰の位置、肩の力を抜くなどの身体づくりから始まり、動きに深呼吸も合わせる。さらに自然界の諸々なものをイメージするなど、色々な要素を細やかに、まとめて整えていく過程のなかで、禅でいわれる「止観」の効果が知らずのうちに、得られるではないかと思います。
「身体、呼吸、意識」を一体にしてゆっくり反復する運動は、
正しくゆっくりとした「マインドフルネス」だと例えられます。
上の感想文にもあったように(手術後の)物凄い痛みにも耐えられ、心が落ちつく効果をもたらしたのでしょう!

「私だけの感性、個性、私らしさ。。。」を主張する声をよく聞きます。
「覚悟」の二文字、半分を取ったら、→「見吾」になります。
つまり覚悟することは、まず「吾」を「見る」ことから始まるのです。
古代の哲学者に、このような言葉があります:「賢者は自分を見る、愚者は他人を見る」

自分にしかない才能を発揮しようとするなら、まず自分をしっかり知ることから始めるべきではありませんか?!
この前の一水空レッスンのなかで、NYの知子先生が、世界中で最もよく歌われている歌「ハッピーバースデー」の12種類のピアノ演奏曲を紹介してくれました。
彼女が伝えたいのは、同じメロディーでも、こんなにバラエティー豊かな表現できるということです。

最近の人々の傾向は:「飽きっぽい」。一つのことを少しだけ表面的にかじったら、もう分かったような気がして、すぐ次へ移動してしまいます。
切磋琢磨、推敲、鍛練といったことが、どんどん少なくなっています。
善悪の判断の多くが、利益によって左右されることも少なくありません。
おもしろくないから、お客さんが飽きるから、新鮮味がなくなるから・・・そのビジネスが成功するかしないかによって、価値判断がなされるのは、如何なものかと思います。
お客さんのニーズに応じて、自分を次々に変えていくうちに、「不変なものから本質を追求していく精神」を失ってしまうのではないでしょうか。

「自分を見る、知る。他人を評価せず、他人の存在を認める。他人と比べない。。。」
客観的に自分を見る姿勢は、個からスタートし、小さな組織の家族、チーム、団体、会社、地域へと発展していきます。さらに国、社会、地球全体へも広げていくことができます。
お互いの存在を認め合う世界になってほしいと願います。
自己発見、自分らしさの確立は、自分の内部をよく見極め、自分を知ることが第一歩ですね!

一水空について:https://yishuikong.com/ 
          リンヤン アメリカ・ソルトレークシティーより

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