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「自己責任」ではなく、支え合えたら

どのような家庭で生まれ育つか、ということは自分の努力ではどうにも変えられないことである。子供は家族—特に両親の価値観を強く受けて育つ。兄弟の有無や出会った友人、先生による影響も大きいだろう。

そのように形成された価値観は進路にも影響する。両親が学業を重視していなかった場合、家庭環境によって勉強どころではなかった場合と、家庭環境(両親による経済的な支援も含めて)に恵まれた場合では選ぶ学校も進路も異なり、その後の人生が全く違うものになる可能性が大きい。

しかし、社会ではしばしば、学歴は本人の努力によるものだ、勉強したければ大学に行く方法はいくらでもあるはずだ、などといった言葉で片付けられることが多いように思う。これらは本当に「自己責任」だと言えるだろうか。

私はそうは思わない。確かに勉強に関しては本人の努力が必要である。けれど、私は本人の努力以前に生まれ育った環境の影響が大きいと思う。大変な環境で育ち、本人の努力で道を切り開くことのできる人もいるかもしれないが、それを皆に求めるのは酷なように感じる。

私はもっと一人一人に対して寛容な社会になれば良いと思う。持っている人は持っていない人に与えれば良いのではないか、余裕がある人は無い人に優しくしても良いのではないか。助けた分、困った時や苦しい時に助けてもらえばいいだろう。そんな優しい社会になれば良いと思う。

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