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「生きていてよかった」と思える日は来るのか── ドラマ『事件』が突きつける人間の業と希望【ネタバレドラマレビュー】

最近、何気なく再生したドラマに完全に引き込まれてしまいました。作業の片手間に観始めたはずが、気づけば手が止まり、画面に釘付け。そんな魅力的な作品、水田成英監督の『事件』をご紹介します。


Amazon Primeで視聴可能なこのドラマは、法廷サスペンスとしての完成度が非常に高く、久しぶりに心から「これはすごい!」と思える国内ドラマでした。演技、演出、脚本、どれを取っても見応えがあり、視聴後も深く考えさせられる作品です。


あらすじ

資材置き場で若い女性の刺殺体が発見される。被害者は地元で小さなスナックを営む20代の女性・葉津子(北香那)。まもなく彼女の幼なじみで19歳の青年・宏が殺人および死体遺棄の容疑で逮捕される。青年の弁護を引き受けたのは、ある裁判を機に過去にとらわれ、“真実”に背を向けていた元裁判官の弁護士・菊地大三郎(椎名桔平)。青年の自白もあり、早期の判決が予想される単純な裁判と思われたが、裁判で青年は一転して殺意を否認。次々と明らかになる意外な事実に、法廷は混乱していく。果たして青年は本当に「人殺し」なのか――。


圧倒的な情報量とリアリティ

このドラマの魅力は、一言で言えば情報量の多さリアリティの高さです。画面ごとに伝わってくる情報が非常に豊富で、再現シーンや過剰な説明がなくても、登場人物の関係性や背景が自然と理解できます。

また、よくある法廷ドラマのように、セリフやBGMで過剰に感情を煽るようなことは一切ありません。登場人物たちの表情、視線、仕草、そして画面の構図、すべてが静かに、しかし確実に視聴者に訴えかけてくるのです。

例えば、法廷シーン。カメラが法廷をざっと見回すシーン一つとっても、一つの言葉に対して、ある人は視線を逸らし、ある人は同情的な表情をする。彼らの表情の変化、わずかな動揺から、彼らの価値観や性格、物事の見方まで伝わってくるのです。

※以降、ネタバレ全開で語っていきます。未視聴の方はぜひ先にドラマをご覧ください。



キャラクターの深み

宮内(葉津子の元恋人・元ホスト・前科持ち)

特に印象的だったのは、前科のある元ホストの男性・宮内(高橋侃)の演技です。彼は一面的な「チンピラ」のように描かれるのではなく、感情や一貫した理屈を持った「人間」として描かれています。

法廷の序盤でも、感情的になるシーンで、彼が被害者の葉津子を心から愛していることが伝わってきます。「俺が葉津子を殺す訳がない」とうつむく言葉の裏に、「何よりも大事な人だったのに」という副音声がもはや聞こえてきます。

これを示す演出として、他の登場人物が葉津子のことを過去形で語るのに対し、彼は葉津子について語るとき、「葉津子は〜なんだ」と必ず現在進行形で話します。これにより、彼女が彼の中で今も生き続けていることが示されています。

ラストの墓参りのシーンではそれがより明らかになっており、佳江が「お姉ちゃんは〜だったよ」と過去形で語るのに対し、宮内が「葉津子は〜な女だよ」と現在形で語る。この対比が、彼らの内面を象徴しています。

また、変わり果てた葉津子を目にする彼の恐怖、魂が引き裂かれるような痛み。圧巻の演技で、私の胸まで激しく痛みました。

そして、宮内の自己肯定感の低さや、他人の存在や判断に頼りがちな一面も、セリフや演技から感じ取ることができます。表向きは自信ありげで暴力的な男性として振る舞う一方で、実際には幼く脆い。その複雑なキャラクターが、リアルな人間像として描かれています。

(※もちろん、やっていることは許されませんが、彼なりに葉津子とのつながりを切望していたことが表情や言動の一つ一つからひしひしと伝わってくる)

佳江(被害者の妹・宏の恋人)

一方、被害者の妹であり、容疑者の恋人でもある佳江(秋田汐梨)の存在も見逃せません。彼女は姉への複雑な感情や、恋人である宏に対する歪んだ感情を一貫して表現しています。

ドラマの途中で、佳江が宏と葉津子の間に愛情があったことに気づいていることが、明確に語られなくても演技から伝わってきます。彼女の微妙な表情や態度から、視聴者はその内面の葛藤を察することができます。

彼女が抱えるトラウマや、どこか歪んだ愛情表現が、物語にさらなる深みを与えています。彼女にとっては姉のことが一番で、宏のことはいっそどうでもよいのかもしれません。

宏(容疑者の青年)と父親

宏の市議会議員である父親も、興味深いキャラクターです。一見すると高圧的で冷酷な父親ですが、かすかなセリフの言い淀みやラストでの弁護側への一礼から、息子への愛情が垣間見えます。宏が殺人で捕まったことで、評判の心配以上に、感情的に動揺しているのが伝わってきます。

宏(望月歩)自身は無表情なシーンが多く、感情を表に出さないタイプ。しかし、それは高圧的な父親に育てられた結果、人の望みを断れない性格になってしまったからかもしれません。佳江に押し切られる形で恋人関係となり、子どもができたことでますます逃げられなくなっている。彼の内面の葛藤や、抑圧された感情が、静かな演技の中に表現されています。

細部までこだわった演出

衣装と髪型

登場人物の衣装や髪型にも、性格や感情が丁寧に表現されています。

例えば、宮内の衣装は、証言台に立つ時は明るい色のシャツを着ているのに対し、後半では黒っぽいシャツに変わります。これは、彼の心情や事件に対する向き合い方の変化を示しているのでしょう。

また、葉津子と宏がキスするシーンでは、カメラが引いたときに焦点は合っていないものの、葉津子の靴下の長さが左右で違うことに気づきます。これは、彼女の内面の動揺をさりげなく示す細かい演出です。

セリフのリアリティ

このドラマのセリフは、とても自然でリアリティがあります。「こんなセリフ、人間は言わないだろう」と思わせるような不自然さがなく、キャラクターの性格や状況によく合っています。

言葉の意味だけでなく、語彙の選び方や話し方から登場人物の教養や感情状態が伝わってきます。説明的すぎず、それでいてしっかりと物語を進行させるセリフ回しは、脚本の質の高さを感じさせます。

作品の奥行きとテーマ

このドラマは、観る人によって感じ方や解釈が変わる、奥行きのある作品です。全てを明確に説明するのではなく、視聴者に想像させる余白が残されています。それが、この作品の深みと魅力に繋がっています。

作品の主題として、「人間は間違いを犯す。それでも人生は続く」というメッセージが感じられます。ラストシーンで、菊地弁護士が宏に「生きていれば必ず、生きていてよかったと思う時が来る」と語る場面は、その象徴的なシーンです。

「生きていれば必ず、生きていてよかったと思う時が来る」

一見するとよくある空虚な励ましのようにも聞こえますが、これは菊地自身が過去の裁判での苦い経験を乗り越え、自身の救済を感じたからこそ出た言葉でしょう。彼が宏の無罪を勝ち取ったことで、自分自身も「生きていてよかった」と救いを感じたのです。だからこそ説得力をもって上記のセリフを口にします。

愛とトラウマの物語

この物語に登場する人物は、ほぼ全ての人が過去にひどい過ちを犯し、トラウマを抱えています。愛や絆を求めても、結果として、頼り方も愛し方も間違えてしまうのです。

ですから全編を通して、「溺れている人が溺れている人にしがみつくような地獄」が描かれます。しがみつかれた方も、「なんとか助かりたい、相手のことも助けたい」と願って行動するのですが、誰にもその余裕はありません。

この悲劇と、それぞれの人物が間違いを犯す理由も理解できるからこそ胸に迫ります。

一方で、愛の力強さも感じました。

私も最近自分のマガジンで、愛着(人間の絆)について解説していますが、人間はどんな相手とも絆を結ぶもの。相手が存在していてもいなくても、無機物でも、猛獣でも、ほぼどんな存在にも愛着を持ち、それは時間と空間を超えます。特に宮内というキャラクターは、死がそれを断つことはないという重要な事実を示唆しています。

細部に宿るこだわり

この作品全体を通して感じられるのは、監督の水田成英氏のこだわりです。演出家としての長いキャリアを持ちながら、監督としても近年活躍されている彼の手腕が存分に発揮されているのではないかなと感じました。

私たちが本物の人間を前にするとき、その振る舞い、衣服、言葉の全てから、今目の前にいるその人だけではなく、どんな風に育ち、どういう風に世界を見ているのかといった内面まで感じるもの。

それが架空の世界であるはずのドラマの中にも生きています。細部にまで気を配った演出や、緻密なキャラクター描写、そして深いテーマ性。すべてが高いレベルで融合し、視聴者に強い印象を残すのです。

ラストシーンについて

唯一気になったのは、ラストシーンのタイトル回収「事件」がやや取ってつけたように見えたことです。しかし、それでも作品全体の完成度やメッセージ性を損なうものではありません。


タイパ(Time Performance)よりも質を重視して

現代は効率を求め、2倍速でコンテンツを消化する「タイパ」重視の視聴スタイルも増えています。しかし、この作品はじっくりと時間をかけて観る価値があります。一つひとつのシーン、細かな演出、登場人物の表情や仕草。それらを丁寧に感じ取ることで、作品の持つ深い魅力を堪能することができます。


まとめ

水田成英監督の『事件』は、久しぶりに心から「良い」と思えた国内ドラマでした。演技、演出、脚本、どれを取っても高い完成度を誇り、観る者を引き込む力があります。

まだご覧になっていない方は、ぜひAmazon Prime Videoで視聴してみてください。派手なアクションや明快なカタルシスはないかもしれませんが、人間の深層心理や社会の闇に迫る本作は、必ずや心に残ることでしょう。


ドラマ情報

  • タイトル:『事件』

  • 監督:水田成英

  • 出演:椎名桔平 ほか

  • 視聴リンクAmazon Prime Video


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