我が家のクモがナウシカされる話
※写真などはありませんが、クモが苦手な人は気を付けてください。筆者はクモがスキです
私の家はクモが多い。
といっても、アシダカ軍曹のような大型職人は――まあ、あまり見かけない。一度イエユウレイグモという、白くて針金のように細いクモがシャーッと出てきてシャーッと消えていったときは、それこそ幽霊を見たかのごとく叫んだが、多くは小さなハエトリグモだ。
彼らは宿敵・Gのようにコソコソすることもなく、家の中をピョンピョン跳ねている。よく観察すると、モコモコしているし、自分の足を舐めてキレイにしていたりと、なんだか可愛らしい。
なお、多分、家が特別汚いというわけではないと思う。古い家屋で、周りに自然が多く、空き家が多いので指数関数的に昆虫が多くなるのだ。そうに違いない。
ただ、私は家の中で虫を見かけたら、「お前は家賃を払っていないではないか」という理由で、ティッシュとかでプチっとつぶしてしまう主義である。特に罪悪感は無い。家賃を払わない者は悪である。
とはいえ夏から秋にかけては、クモが特に多い。毎日1匹は必ず見かける頻度だ。彼らをつぶすのにも嫌気が差していた。
そんなある日、会社でPCに向かってプログラミングの作業をしていると、
キャー!
とフロア中に甲高い声が響き渡った。
顔を上げると、近くで事務の女性社員が立ちすくみ、震えているではないか。彼女の目の前の床には、よく見かけるアダンソンハエトリグモが呆然とたたずんでいた。
私は、ちらりと自分の足元を見やる。
当時、デスクの足元に鞄を置く主義であった。家から持ってきた、黒いA4サイズの鞄が置いてあるのだが、そう、もしかして。
鞄経由で連れてきてしまった?
いや、多分、絶対、そうだろう。ここは、東京のど真ん中にあるオフィスで、かつ地上から数十メートルの高層階である。ハエトリグモなんか見たことない。
私は震える事務の女性と、こころなしか同じように震えているアダンソンハエトリに視線を戻した。これは、責任を取って私が殺すべきか……?
考えていると、視界の端で、大柄な男性がガタッと立ち上がった。
「任せろ」
彼は言う。凍り付いたオフィスの誰もが、弾かれたように男性を見る。
男性は、協力会社の社員なのだが、下手な正社員よりも長く居るため「裏ボス」のような扱われ方をしていた。大柄で、非常に恰幅が良く、髪は逆立っている。酔うと誰彼構わず相撲して投げ飛ばすことで有名である。
裏ボスは片手にノートを持ち、そろりそろりとハエトリグモに近づいていく。事務の女性は壁際までじりじりと後退し、辺りに座っていた他の社員たちもソロリと立ち上がって壁際に寄った。
ハエトリグモ一匹に大仰な。
私は思ったが、都会の人々はクモに慣れていないのかもしれない。少なくとも毎日クモをつぶしている私と同じレベルなわけはない。
私は小さく「きゃー」と言いながら同じように壁際まで逃げ、事態の推移を見守ることにした。
裏ボスがクモの前で片膝をつき、ノートをそっと差し出した。ちょっと小突かれたようになったクモは、ノートの上にピョンと飛び乗る。裏ボスはゆっくりとノートを持ち上げ、立ち上がった。
「よーし、よーし、大丈夫だからな」
裏ボスはいかつい顔を緩め、クモと目線を合わせるように、優しい笑顔を浮かべる。
私は、後ろのほうで、うーんと腕組みしながらその様子を眺めた。
なんだ。
どこかで見たことがある光景だな。
あ、ナウシカだ。風の谷のナウシカに出てくる、王蟲をなだめるナウシカの図である。
『だいじょうぶ。怖くない、怖くないよ』
ランラン、ランララランランランラン、ランラン、ランラララーン……
私の頭の中で例のテーマが響き渡る。しかし、目の前にいるのは胸の大きな美少女ではなく、お腹の大きなオジサンである。脳がバグりそうな光景だ。虫だけに。
アッハッハッハ!
私は内心爆笑していたが、眉をピクリとさせるだけでこらえた。
ここで、混乱の元凶のくせにドリフもかくやの大爆笑を繰り広げたら、変人の烙印を押されて明日から誰も口を聞いてくれなくなるだろう。
特に怖がっている事務の女性など、明日から私の出した書類には毎回最低5回のリテイクを求めてくるようになるに違いない。それは困る。
怖くなった私は、念のため口もとを押さえる。
やがて、裏ボスはクモをうまいこと手の中に閉じ込めると、優しい笑みを浮かべたまま、「外に逃がすわ」と言って出ていった。
オフィスは平和を取り戻す。
事務の女性が目に涙を浮かべ、「怖かったですね」などと話しかけてきた。
私は「ねー」と適当に話を合わせながら、仕事に戻る。
それにしても面白い見世物だった。
だが、ああまでしてクモを逃がしてあげる裏ボスの姿勢には少し思うところがあって、考えを改めるきっかけになった。やはり虫とはいえ、生き物を殺すのは良くない。それに、よく考えたらクモに家賃は払えないし。
私はそれ以降、家に使い捨ての透明なコップと厚紙を常備していて、クモを見かけた時は捕まえて外に逃がすようにしている。いずれにせよクモにとっては迷惑な話だろうが、殺すよりはいいだろう。
なお、それから会社でハエトリグモに出くわすような事態は起きていない。
最後に、こちらのクモについての話は、襟瀬かなさんのステキな記事から着想を得た。
コグモちゃんと襟瀬さんの絆を描いた感動巨編である。お勧めである。
それでも飽き足らないクモ好きの人(がいるかは分からないが)のために、お勧め動画も追記する。
★お勧めのハエトリグモ動画「ハエトリグモの頭に水滴を乗せたら反応が激かわすぎたw」※クモが苦手な人は注意
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