観光分野の発展には何が必要?ーデービッド・アトキンソン「新・観光立国論」ー

著者のデービッド・アトキンソン氏は25年以上日本で暮らしているイギリス人。
ゴールドマン・サックスのアナリストから文化財を修繕する小西美術工藝社の社長に転身した人物です。
下のように著書も数多く出版されているので、ご存じの方も多いかもしれません。

『銀行―不良債権からの脱却』日本経済新聞社、1994年
『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』講談社+α新書、2014年
『新・観光立国論』東洋経済新報社、2015年
『イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」』講談社+α新書、2015年
『国宝消滅』東洋経済新報社、2016年
『新・所得倍増論』東洋経済新報社、2016年
『日本再生は、生産性向上しかない!』飛鳥新社、2017年
『世界一訪れたい日本のつくりかた』東洋経済新報社、2017年
『新・生産性立国論』東洋経済新報社、2018年
『日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義』東洋経済新報社、2019年
『日本の生存戦略―デービッド・アトキンソンと考える 』東洋経済新報社、2019年
『国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』講談社、2019年
wikipedia|デービッド・アトキンソン(https://ja.wikipedia.org/wiki/デービッド・アトキンソン#著書)より

外国人としての視点、文化財に関わる仕事柄の知見、アナリストらしくデータに基づいた分析から、日本の観光について持論を展開した本です。
特に訪日外国人に対する戦略を示しています。
なお、ここに記載の統計情報は発行当時(2015年)のものですので、現在とは異なる部分があることをご了承下さい。 

この記事では、自分がキーポイントだと感じたところを中心に書いていますが、本の全体像を把握するために目次も下に載せておきます。

はじめに 日本を救うのは「短期移民」である
第1章 なぜ「短期移民」が必要なのか
第2章 日本人だけが知らない「観光後進国」ニッポン
第3章 「観光資源」として何を発信するか
第4章 「おもてなしで観光立国」に相手のニーズとビジネスの視点を
第5章 観光立国のためのマーケティングとロジスティクス
第6章 観光立国のためのコンテンツ
おわりに 2020年東京オリンピックという審判の日
デービッド・アトキンソン著|「新・観光立国論」より

日本の経済状況を説明した上で、観光分野発展の必要性を説いています。
そして、日本に不足していると思われる視点を示し、データに基づいて必要な戦略を解説しています。

なぜ日本の経済成長持続には外国人観光客なのか?

世界各国のデータからGDPはおおよそ人口に比例するということが分かっています。
したがって、現在人口が減少傾向にある日本は、現状ではGDPの増加は見込めないということになります。

そうであれば、少子化対策や女性の社会進出促進、移民政策で(労働)人口を増やすのはどうか?という意見が出てくるでしょう。

少子化対策は現状実施しているにもかかわらず、出生率低下に歯止めがかからず、未婚率も増加の一方です。このような現状から少子化対策で人口を増やすのは困難だと指摘しています。

世界各国のデータを見てみると、女性の就業率が増加すると、男性の就業率が低下する事例が確認されているそうです。したがって、両方の就業率を高めることは難しく、全体としての労働人口の増加は見込めないとしています。

移民に関しては、言語、習慣など日本は移民にとって暮らしにくい国であると指摘しています。特別理由がないかぎり、労働のためであれば移民は他国へ流れてしまうとしています。

このように、どの対策でも人口の増加はごく限られてしまいます。

では人口増加が見込めないなら、一人あたりの生産性を上げればよいのでは?という意見もあると思います。

しかしながら、世界各国のデータを見てみると、日本のような5000万人を超える大きな人口では生産性を上げることは容易でないことがみえてきます。

そこで著者の提案が、「短期移民」=海外からの観光客を増やす、という対策です。

では、なぜ海外からの観光客なのか?

データをみてみると、日本は他国からの観光客数では世界26位、観光収入は世界21位という順位です。
人口あたりの観光客数は上位26ヵ国平均の26.3%を大きく下回る8.2%(ヨーロッパ諸国平均は80.8%)であり、人口に対する観光客数が圧倒的に少ない状況です。
アジアでも中国(4位)やタイ(10位)は観光客数で上位にランクインしていることから、地域的な差ではないはずです。
これらのことから、日本はGDPでは世界3位にもかかわらず、観光は後進国といわざるを得ない状況だとしています。

それは日本に観光の魅力がないからでは?という意見もあるでしょう。

しかし、観光立国に必要な4条件である「気候」「自然」「食事」「文化」。日本はこれがすべて揃っている国であるとしています。

「気候」極端な寒暖がなく、国土に複数の気候を持つ。
「自然」森林や山岳面積の広さ、1平方kmあたりの動植物数は世界一。
「食事」和食が世界文化遺産になるなど、言わずもがな。
「文化」言うまでもなく独自の文化を持っている。さらに古いものから新しいものまで文化に「幅」があるのが日本の特徴。

つまり、魅力がないわけではないのに、海外からの観光客が少ない。
これが意味することは、海外からの観光収入にはまだ伸び代があるということです。

なぜ条件が揃っているのに観光後進国なのか?

著者は以下のような日本の観光の問題点を指摘しています。

・観光業に力を入れるのが先進各国より遅く、観光資源が整備されていない。
・アピールポイントを勘違いしている。
・観光業に対して考えが甘い(例えば、世界遺産に認定されれば自動的に外国人観光客がたくさんやってくるだろうという発想)。

特に大いに納得した部分が、アピールポイントの勘違いです。

よく「治安の良さ」や「交通機関の正確さ」がアピールポイントとして挙げられていますが、それが外国人観光客が日本訪れる動機にはならないとしています。
確かに逆に海外を訪れる際には、そのようなポイントのためにわざわざその国には行かないはずです。
こちらもよく言われる「おもてなし文化」ですが、各国がそれぞれ自国のホスピタリティをアピールしている中では、差別化されず主な動機になりません。
例えば、観光大国のフランスでも、ホスピタリティのなさが課題として上がっているくらいで、ホスピタリティは観光立国の必要条件ではないとしています。

どんなマーケティングが必要か?

訪日外国人観光客数国別ランキング
1位台湾283.0万人、2位韓国275.5万人、3位中国240.9万人、4位香港92.6万人、5位アメリカ89.6万人
デービッド・アトキンソン著|「新・観光立国論」より
1人あたり観光支出額国別ランキング
1位オーストラリア1223ドル、2位ドイツ1063ドル、3位カナダ1002ドル、4位イギリス821ドル、5位フランス665ドル
デービッド・アトキンソン著|「新・観光立国論」より

上のランキングで上位のアジア各国からの訪日観光客数は増加傾向にあります。
しかしながら、下のランキングで上位の国からの訪日観光客数は増加していない現状です。

つまり、観光にお金をより多く使ってくれる「上客」を呼び込めていない。著者はこれがマーケティングに関する問題であるとしています。
これまであまり日本を訪れていない観光により支出する国からの観光客も増やすことが重要であるとしています。

どんなコンテンツが必要か?

訪日観光客それぞれが何を求めているのか、緻密なマーケティングを行った上で、コンテンツに多様性を持たせることが必要であるとしています。
「これだけをやれば大丈夫」ではなく「いろいろやるべき」という考え方への転換が必要であると指摘しています。
例えば、様々なクラスのホテルを用意したり、多様なサービスを展開したり、複合リゾートもそれに含まれます。

また、基本的なこととして、空港アクセス利便性の向上や各種券売機のクレジットカード対応、ゴミ箱の設置、外国語案内の充実など、自国民を対象とした観光からの脱却が必要としています。

そして、文化財は観光にお金をより多く使ってくれる「上客」を呼び込めるものだが整備されていないとしています。
文化財はただ見るだけでなく、それがどんな歴史があり、どんな意味を持つかを知りたいというニーズがあるため、説明や展示、ガイドによって、その文化財が持つ意味を伝えることが重要です。
それも無料にする必要はなく、そのサービスで料金を取ることで、文化財の整備を行うことも可能になるとしています。
現に観光立国とされる国ではそういったシステムを構築しているようです。そのようなサービスによって滞在時間が増加し、滞在時間の増加は宿泊や食事といったほかの観光収入にもつながるとしています。

ここでは省いてしまっていますが、本の中では様々なデータを挙げて、論理だった説明がされており、興味深い著者の分析や主張もたくさん含まれています。
観光に関わる方にはぜひおすすめしたい本です。
また、外国人アナリストが見た日本という視点がどういうものか知るという点でもおすすめします。


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