大人の発達障害専門クリニック Part2
モトオの秘密
受付後それぞれが臨床心理士と話した後、モトオと二人で例の小指を立てるピンキードクターの問診を受けました。ここで聞いたモトオの話は驚きの連続でした。
実はモトオには隠し事、つまり秘密がいろいろあったのです。
聴覚過敏
銀行やコンビニなど自動ドアを通る時、彼にはキーンという耐えられない嫌な音が聞こえるらしいのですが、誰も何も言わないので、なんでだろうと、ずっと思っていた。
記憶障害
高校の時、友達が皆で泊まりに行った時の話しをしているけれども、自分には全く行った覚えがない。でも、聞いていると、やはり自分も間違いなく行っていたらしいので、おかしいと思った。
とにかく、初めて聞く話ばかりでした。知らない事実が次から次へと普段話さないモトオの口から語られる様子を私はただ茫然と眺めていました。話の途中、何度か彼と目が合いましたが、それを聞かされている私の気持ちなどもちろん分かるはずもありませんでした。モトオは穏やかで優しそうで、つきあっていた時のモトオの顔をしていました。私はまるでキツネか何かにに化かされているようなそんな気持ちでした。
いつも彼は、こもった話し方をするのでよく聞き取れないのですが、聞き返すと不機嫌になるので、私はだんだん聞き返すこともしなくなっていました。でも、この時は口調までハキハキしていて、見た目だけでなく行動まで別人に変えているのが驚きでした。
『会社ではこんな感じでいるのかあ。 そりゃあ、問題ないよねえ』と、思いながら見ていましたが、それより何より驚いたのは告白の内容でした。
こんな重症レベルのエピソードがあるのに今まで誰にも話さず、おまけに「白だったら、謝ってもらいますからね」なんて、よく言えたものだとつくづく呆れましたが、それくらい重症だということがこの時の私にも分かっていませんでした。
ピンキードクターが、問診後「発達障害であることは、間違いないと思います。 ただ、ご主人は躁鬱でもあるので、まずは鬱の方の治療をしていきましょう」と言って、その日の長い診察を終えたのでした。
発達障害より鬱の方がいいという考え
実はモトオはこの数年前から二次障害である鬱になって医者に通っていたのですが、それが治って、いつもの彼に戻ったと思っていたら、今度は躁鬱(双極性障害)だと診断されていたのです。
確かに鬱の時は、明らかにいつもと違って症状が出ていましたが、躁鬱ははっきり言って発達障害の誤診ではないかと思いました。
私は医者ではありませんが、彼が躁鬱だとすると、外では躁状態、家では鬱状態と自分でコントロールできることになってしまい、そんな都合のいいことがある訳ないのです。
彼は明らかに発達障害を認めたくないだけで、この躁鬱の診断は彼にとって都合が良かったのでした。
この受診の後も何かにつけて「オレを障害者扱いするのか!」と怒り「オレは双極性障害なんですよ」となぜか威張っていましたから、障害に強い偏見を持つ彼は鬱の方がマシだと考えたようでした。
ずっとずっと嫌だった
クリニックの帰り、レストランで食事をして帰ったのですが、いつも通り外での彼は優しい彼でした。クリニックで初めて聞いた彼の話しにショックを受けたと話しても「話すことだと思わなかった」と言っただけ。それ以上話をしようとはしませんでした。
疲れて帰って私がすぐベッドに入ると、モトオが聞こえるか聞こえないくらいの声で「ごめん」と一言、寝ている私の背中に向かって言いました。
『この状態で、しかもそんな小声で一言?! これで何を期待しているの?!』と、我慢できませんでした。彼には精一杯だと分かっていても複雑な思いがめぐり、私は堰を切ったように声をあげて泣きました。
この号泣は、これまで無自覚だったという『モトオの傍若無人な言動全てがずっと嫌だった』という私の気持ちだったのだと思います。長年堪えていたものをクリニックで吐き出せたお陰で、正直になっていいとやっと思えたのでした。
話し合いもせずに、唐突にただ「ごめん」と言われて「いいよ」になるわけがないことや私が泣いている意味も彼には分からないことを思うと複雑でした。
恐らくこの時、彼は認知の歪みから、こう考えたに違いありません。
『オレは謝ったのに、やや子は無視した。 無視する人が悪い。やっぱり謝るんじゃなかった。二度と謝るもんか』
その証拠に、モトオが謝ったのはその一度きりでした。以後、自分がしてきたことに関しての話しや謝罪は一切しませんでした。
なんでも人のせいにする稚拙な考えですが、これは脳の癖のせいなので、できるだけ早く修正する必要があるのですが、彼には無理でした。
因みにムスメも同じ考え方をする人でしたが、衝突しながらも話し合いを繰り返した結果、今では家族である私にも、人並みに謝れるようになりました。全ては気づけるかどうかなのだと思います。
謝るということ
謝る行為は、相手に許してもらうためにする行為です。
なので、許してもらいたければ、自分の責任を認め、反省していることを伝え、これからはしないと約束し、その上で許しを請わなければいけないのですが、彼は全部すっ飛ばして、子供のように「ごめん」で済ませようとしました。子供でも相手がいいよと言うまで、言い続けたり待ったりするものですが。
彼は、一度謝ったからといって、すぐに許してもらえるとは限らないことを知らないようでしたし、そもそも本当に悪いと思っているのか、反省すら感じられませんでした。実は、これは発達障害の人には難しいので、サポートする際は、ここに囚われない方が良く、謝ってきたらすぐ許すのが正解ですが、この時の私にはできませんでした。
「認知力の弱い人は、自分が悪いことをしたという認識も弱い為、反省が出来ない」と本で読みました。(”ケーキの切れない非行少年たち”宮口幸治著)
思考修正ができない人は、謝ることの意味も分からないということになるという訳です。
ただ私はこの時まだ彼の脳の癖をそこまで理解していなかったので、ここから更なる絶望の淵へ追いやられることになるとは思っていませんでした。
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