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オレ様の車

自己理解ができない  

モトオは車好きでしたが、自分から好きだと言ったことは一度もありませんでした。「あなたは外車が好きだよね」と言われると「オレはスポーツカーが好きなんだ!」と逆ギレしていたのも、基本的に自分のことを理解するのが苦手で、おまけに人から決めつけられることが何より嫌いだったからだと言えます。

決めつけるも何も、好きなら好きと言えばいい話ではないか、と思ってしまいますが、些細なことにこだわってしまう特性は、その思い込みが激しければ激しいほど、他害に繋がってしまうのでした。

私達が出会った頃、彼は真っ赤なスポーツカーに乗っていました。日本のメーカー車でしたが、逆輸入で左ハンドルというこだわりの車でした。

私は彼のとても日本人的な変わったところをユニークと捉えていたので、よくその変なところを笑っていました。彼もそれを楽しんでいるようだったので、私達は共通の価値観を持っていると思いました。しかし、その穏やかな仮面の下に隠された自覚のない彼の本心というものは、想像を超えて真逆だったのです。

真っ赤なスポーツカーに、片手だけのドライビンググローブ

彼は運転する時は、決まって片手だけ黒い革製の手袋をしていました。かなりシャイな性格とこの出立ちには、かなりのギャップがあって、私の目には面白く映っていました。

「マイケル・ジャクソン?」と私がツッコミを入れると、キョトンとするのです。

「ほら、片手だけ手袋してるから」と説明すると「ああ、そうじゃなくて運転がしやすいから」と、これまた真面目な答えが返ってきたのでした。

「そうなんだ。でも、なんで片手だけ?」と、こちらも真面目に聞くと「両手だと蒸れるから」と、こんなクールな格好で言うのです。ツッコミどころ満載で面白かったのですが、実は当の本人は冗談というものがまるで分からなかったのです。

そして、付き合っている間は、外モードのいい人で怒り出すこともなかったので、こんな他愛のない会話も問題なくできてしまっていたのでした。

運転中の音楽や会話は禁止

彼とのドライブはかなりの忍耐が必要でした。運転が下手だったからですが、本人は全くそう思っていませんでした。

急発進に急ブレーキ。具合の悪くなる乱暴な運転に気を悪くしない程度に柔らかく意見して、何年もかかって改善してもらいました。車はよくぶつけたり、擦ったりしていたのですが、忘れてしまうせいもあるのか、自分は運転が上手いと思い込んでいました。

結婚後は運転中の音楽や会話は少しずつ止められるは、彼は運転中も不機嫌だはで車でどこかへ一緒に行くのは憂鬱でした。因みに私が運転する時は音楽をかけ、話もしながらなので(普通だと思いますが)彼からは、私の運転が怖いと言われ運転技術も散々なことを言われていました。

方向音痴と思っていない

自己理解ができないということは、いろいろ問題になります。彼は地図を見るのが好きで出かける前はかなり丹念に下見をしていましたが、極端に方向音痴だった為よく道に迷いました。私の方が道を知っていても、自分の方が正しいと思っているので、絶対に聞きません。その上、自分が間違っていたと判明しても認めないし、謝りもしないので、結局一緒に迷わされてばかりいました。

発達障害の問題は、本人が自分の特性に気づき認めなければ、解決することは無理です。特にモトオのような自覚がなくプライドだけ高い大人の発達障害の場合、家族がそれによってどんなに困ろうが自分は困っていないので、関係が改善することはないのです。

大切にしているのは、スポーツカーへの思いと他人の目 

流石にスポーツカーは子育てには向いていないので、話し合って普通の車に変えようと決めても、いざ試乗に行くとスポーツカーでした。

何度話し合っても、モトオの思考は停止して固まるだけ。週末にはマツダにアルファロメオとスポーツカーの試乗に連れて行かれました。

勿論、私に却下されて、最終的に彼が選んだのは左ハンドルの中古のBMWでした。彼のこだわりの強さが滲み出ている選択でしたが、中古のBMWは燃費も悪く、維持費が高かったのですが、私はスポーツカーじゃなければ、もうなんでもよくなっていました。

その後エコ減税で買い替えの時は、これから子供の教育費も掛かるという時でしたが、彼が真っ先に検討したのはベンツのスポーツカーでした。

その時は、車は主に私が乗っていて、家族の送迎や近くの買い物くらいでしたので、コンパクトカーや軽自動車がいいと話しましたが、モトオは聞かないし、私もベンツを許可するつもりもなかったので、彼はボルボのファミリーカーを選びました。

その時も左ハンドルにこだわろうとしましたが「今は人気じゃないので無いですね」とあっさり営業マンに切られ、彼にとっては無念の右ハンドルだったのでしょうが、私にとってはやっと左ハンドルの不便さから解放された時でした。

自分が否定しているのに、否定されていると考える脳

普通には理解が難しいのですが、彼の頭の中には、長い間、自分が欲しいスポーツカーを私にずっと否定されてきたという思いだけが残っていた事が、何年も経って分かりました。その時、話し合ったことや決めた理由などの大切な記憶はごっそりなくなっていて、ずっと却下されてきたことを根に持っていたようでした。

脳の特性から言葉を字義通りに取るのと同じで、会話や状況の理解の仕方も表面的で、部分的にしか捉えません。

彼の解釈には、なぜそうなったかという一番大切な理由がよく抜けているのです。つまり事実が歪められてしまうので、私は記録を取るようになりました。

ここぞと思った離婚調停で、まるで役に立たなかったのは誤算でしたが、身を守る上、録音、録画、日記などは出来る限り取っておくことは大切です。

ある日の会話 

車だけはピカピカにしている彼に「あなたはほんと車好きだよね」と何気なく声をかけると、何を思ったのか

「オレは車好きなんかじゃない! 外車好きなだけだ」と怒ってきたのです。

しばらく話していると、ボルボを選んだのは自分じゃないと、いう事を言うので、

「車を買う時、外車にこだわってたのは、あなたじゃない?」と言うと、

「は? こだわってなんかないし、外車も好きなわけではない! オレはスポーツカーが好きなんです!」と、また怒ってきました。

これにはその場にいたムスメも驚いて「ボルボはパパが決めたもので、パパはいつも外車ばかり選ぶよね?」と加勢してくれましたが、やはり無駄でした。怒ってプイっとどこかへ消えていきました。

モトオが余りにも矛盾した事を言い出したので、私達はモトオの頭がおかしくなったんじゃないかと話すほどでしたが、彼の考え方の基本や特性をよく考えれば、彼はいつも同じ考え方をしているだけで、まったく変わらないのでした。

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