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虚実と偽善に覆われたアメリカ高級住宅地の実態

「エレナ…誰かが家を焼いたんだ。それも、あなたが家にいるあいだに…」

物語は裕福な一家、リチャードソンファミリーの家が焼け落ちた、まさにその瞬間から始まります。捜査員達は放火を疑い、犯人探しを始めますが、エレナ・リチャードソンには犯人の心当たりがありました。リチャードソン一家の問題児、末っ子のイジーの姿が火事と共に消えたのです。

3月18日から、ついにhulu で映像化の配信がスタートする「Little Fires Everywhere」。2017年に出版されてから、瞬く間にあらゆるフィクション小説部門のベストセラーリストの1位に輝き、未だにニューヨークタイムズのベストセラーリストにランクインし続けている、様々な人を惹きつけている魅力溢れる1冊です。

小説の主人公は裕福な家庭に育ったエレナと、その家族、リチャードソン一家。彼らが暮らすシェーカー・ハイツは、誰もが理想郷として憧れる郊外の高級住宅地です。シェーカー・ハイツにある全ての物は完璧にプランされ、住人達は従わなければならない幾つかのルールがあります。家は決められたカラーでペイントし、ゴミは絶対に家の前に出すことはできず、芝生が伸びてきたら直ちに刈らなくてはならない…などなどシェーカー・ハイツ内の美しさを保つ為の、細か過ぎるルールに住人達は従って生活しています。

シェーカー・ハイツ内のモットーは、「ほとんどのコミュニティはたまたま出来上がっただけだ。ベストコミュニティとは全てがプランされていること」です。

シェーカー・ハイツで育ったエレナは良い母親でいるため、一流のジャーナリストになる夢を諦め、地元の小さな新聞社で記事を書いていました。家族の為に自分の夢を諦めたエレナは、いつしか「感情や情熱というものは、火事のようなものでとても危険だ。簡単にコントロール不能になる」と、シェーカー・ハイツのモットーにのめり込みようになります。そんなある日、母子家庭の母ミアと娘のパールが、リチャードソン一家が賃貸として所有している家に引越してきてから、エレナを含むリチャードソン一家は誰も想像していなかった結末へ向かい始めます。

エレナは、人生に様々な困難があったと予測でき、自分の助けが必要だと感じられる人に好んで家を貸していました。それが裕福なリチャードソン家のような「持つ者」が「持たざる者」にできる”与えること“だという正義感がありました。

一方で、貧しくても感情や情熱に正直に生きてきた写真アーティストのミアは、作品のインスピレーションを求めて各地を転々としなが娘パールを育ていましたが、4年制高校の2年生の歳になったパールの将来を考え、環境が良い根を下ろせる場所を求めてシェーカー・ハイツに辿り着きました。

リチャードソン一家には4人の子供がいるのですが、その内の1人ムーディーが自分達とは全く違う暮らしをしている、ミアとその美しい同い年の娘パールに興味を持ち交流を深めていきます。このことをきっかけに読者は4人の子供について詳しく知ることになるのですが、末っ子イジーが問題児なのか、他の3人が問題児なのか、全く育ちの違う2人の母親、エレナとミアの視点から語らるのがこの小説に厚みを持たせていき、読者を一気に引き付けます。

エレナは貧しいミアの生活に同情し、ミアの写真を買いたいとオファーしますが、ミアは作品を、ある事をきっかけに古くから付き合いのあるニューヨークのギャラリーにしか売らない、と決めていたので「あななたって凄く気前がよくて優しいのね」といって遠回しに断ります。しかしエレナは自分の親切心を拒否したミアの態度に苛立ち引きがらず、更にリチャードソン一家の家政婦の仕事を高額でオファーし、仕方なくミアは引き受けることに…。

ここで2人の母親の価値観のズレを読者は悟ります。立場の強い者からの、親切の押し売り…これはどこの国にも共通して起こり得ることですが、アメリカでは白人家庭の家政婦やシッターの仕事は、白人の”自己満足”の親切心から、低所得の有色人種や黒人に勧めてしまうケースがあります。自称リベラルなエレナも例外ではありませんでした。

そして、エレナの親友である裕福な白人家庭に引き取られた、ある中国人の新生児の親権を争う問題が勃発。新生児の母親は貧しさのあまり、一度子供を手放してしまいますが、片言の英語で何とか職を得て、子供を取り返したい!と考えたのです。

「1度でも子供を捨てた母親に親権を得る資格などない、裕福な家庭で育つ方が子供に不自由がない」と考える人と「やむ負えない事情を考慮し、子供は貧しくても実の母親と一緒にいるべきだ」と考える人で、シェーカー・ハイツは分断し始めます。

エレナは前者で、暗黙の了解でミアも同じ考えだと思い込んでいたのですが、実の母親に新生児の居場所を教えたのは、ミアだったのです。このことに激怒したはエレナは、あらゆる手段を使いミアの過去を調べ始め、事態は予測不能なエンディングへ向かいます…。

「Littele Fires Everywhere 」は、登場人物全員のほんのささいな自分本位な行動が火種となり、とんでもなく大きな炎となって自分に返ってくる、という本当に良いお手本だと思います。

10代の頃の危うい、怒りにまかせて爆発させる心理状態や、家族に理解者がいない苦しみ、学校内のカースト制度、女友達の壊れやすいスーパーフィシャルな友情、母親同士のマウンティング、人種差別、里親親権問題、中絶問題、貧富の差の拡大問題など、本当にさまざまな問題を一冊にまとめ上げた著者Celeste ngの凄さ…!!

登場人物達は突き詰めると全員、独りよがりで、他人を思いやる気持ちにどこか欠けているのですが、ただその思いやりのなさを「良いか悪いか」で終わらせず、どこかに必ず共感できる部分がある描き方も、私は好感が持てました。

舞台は90年代、クリントン大統領が不倫スキャンダルに揺れるアメリカの時代設定ですが、アメリカで最も影響力があるとされるニューヨークタイムズベストセラーに未だにランクインするほどの評価を得たのは、現在の自分達の住む世界に通じるものがある、と読者が判断しているからだと思います。
政権交代を繰り返しながらな、表面上は何とか前進しているようにみえるアメリカは、皮肉にも1990年代から変わっていない、と著者はいいたいようにも捉えられました。

ネットでは既に映像化された「Little Fires Eveywhere」のトレイラーを観ることができるのですが、各キャラクターが少し脚色されていて、小説よりストレートでより強いキャラクターになっているようです。映像と本を比べて観るのが今から楽しみです!




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