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誰もが自分が誰なのか忘れていた。 それは、枯渇感となり、他人や形がある物を求めた。 自分を探して、わたしを探して そこにある「いのち」を別の物で置き換えようとした。
どんなに求めても決して見つかりはしない。 それほど当たり前にそこにあるのだ。 この世界はおとぎ話だ。 とても美しく、それにふさわしく醜い。 対比によって光り輝き、発見と気付きに満ちた世界だ。
奇跡はいつもそこにある。 それを見出したものには光を 見えないものには闇を与える。 闇と光は一つだ。決して別れることはない。 人はいつから闇を恐れるようになったのだろう。 「身体に宿ると言うことはそう言うことだ」 それは王の声だった。
私はこの声をどこで聞いたのだろう。 心が震え、身の毛がよだつ。 それはこの世界で生きることを喚起させる声だった。 「きみがすき」心に暖かいものが触れた。 それは王の声と同時にやってきた。
声は音だ。始まりの音。 誰もが奏で包まれ放つもの。 それは聞こえようと聞こえまいと響くもの。 この暖かさ、どこかで触れた暖かさ。 全身を甘い心地よさが包んだ。
私は王の声に身を震わせたはずなのに この暖かいものはなんだろう。 「我々は出逢った」 「身体のない頃、一つだった」王がいった。 確かにそうだった様な気もするが 私は何も覚えていなかった。
心が熱い、焼けるようだ。 「それだ」王は続けた。「我々は一つ」 その声を聞きながら、私は意識が遠のいていった。 このままでは、身体から離れてしまう。 そう思ったと同時に、わたしは月にいた。
眼下にあの星が見える。 わたしは身体のことを一瞬で忘れた。 記憶とは、なんて儚く曖昧なものだろう。 「ああ唸っている。あの星が」 この音を頼りに降りて行ったわたし。 身体のある私をわたしは眺めていた。
そこに王はいた。古びた布をまとい、ただ立っていた。 なぜそれが王だと分かったのか。 「わたしが呼んだのだ」王はそう言った。 「あなたが呼んだ?」 「わたしの歌を聞いただろう?あの歌は君にしか聞こえない」 君とは私のことなのだろうか。
「ああ、君は私だ」 王は私を見つめ、そう言った。 その言葉には、ほんの少しの寂しさと 沢山の喜びが宿っていた。 王の瞳を見つめていると、不思議な感覚になった。 その瞳は、まるでわたしのようで 見つめているのか、見つめられているのか 分からなくなった。
王はわたしの中にいた。心の中に。 「我々は一つ」その声が身体中に響き渡り 細胞が震えた。「さあ行け」 王が言うと同時に、わたしは身体に引き戻されて行った。
目がさめるとそこは、草原だった。 私は心地よい風に吹かれ、眼下には海が広がっていた。 私を呼ぶ声がした。 「今日は、ローズマリーを摘んだの」 女の子が茎束を私に差し出した。 「あら、こんなに硬いものをよく摘んだわね」 「ちゃんと剪定したのよ」女の子が微笑んだ。 その子は私の娘だった。
ひとしきり草原で遊んで、林の中を手を繋いで歩いた。 「ねえ、私のこと見つけてね、どこで何をしていても、どんな姿でも」 娘は私を見上げ、とても可愛い顔で微笑みながらそう言った。 「もちろん」私は愛おしさを込めてそう答えた。
この世界で出会う誰かは、みんなわたしだった。 それは人に限らず、この世の全てがわたしの片鱗だ。 なんて愛おしく素晴らしい世界なのだろう。 この世は分離が織りなす壮大な世界。 この世と言った時、常にあの世が在る、言葉はそれを顕現させる。