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【短編】マジメの真面目

母方の先祖伝来の公務員顔と父親譲りの無口のせいで、幼少の頃から実態以上にマジメ扱いされてきた。不マジメ扱いされるよりよいではないか、と思われる向きもあるやもしれぬが、長じてもなおのマジメ扱いは、必ずしも好意的な評価に基づかない。

社会人になって5、6年目――ということは私の場合32か33の年なのだが、取引先と飲む機会があった。先方は部長クラスの男性とその部下、年の頃は私とほぼ同じとおぼしきたいへん怜悧な風貌と奥ゆかしい口調の女性。当方は上司と2人。場所は、個人経営の肩肘張らない小料理屋だった。

プライベートと仕事との間にきっちり線を引いていた私は、自分の趣味の話などおくびにも出さない。もとはダジャレ好きで会社でも我慢できずに一度だけ弄したことがあるのだが、途端に顔を歪めた上司から「おめえのくっだらねえダジャレなんか聞きたかねえわ」と巻き舌で一蹴され、以来封印していた。よってその酒席では、取引先の会話にうなずいたり、時折り「へえ……」と静かに驚いてみせるくらいで精一杯。

加えて、体質的に酒が飲めないと来ている。盛り上がっているのは上司を含む3人だけで、私は沈思黙考に毛が生えたレベルのむっつりぶりに見えたに相違ない。話題はようやく仕事の内容から逸れ、その頃流行っていた映画に及んでいたが、あいにくどれも観ていなかった私はまったくついていけない。見かねた上司から「何か喋れよ!」と水を向けられ――否、叱り飛ばされてようやく絞り出した一言が「……映画って、面白いですよね……」。

「ほんっとつまんないヤツでしょ、こいつ」

取引先に同意を求める上司。「語れる趣味がない。おまえほんとヒトとして魅力に欠けるよな」。私としては心外なのだが、仕方ない。会社では趣味を語らないゆえ、そう思われるのは、まあ仕方ない。

お困りなすったのは取引先の怜悧な女性で、気配りの人であらせられるため場の空気にいたたまれなくなったのだろう。

「や……マジメな方なんだなあって思って」

ある意味助け舟なのだが、私はどう答えればよいのか見当がつかず、苦笑いを浮かべるしかなかった。困りに困って先方が発した「マジメ」という言葉に、人としての魅力を認める意図はまったく入っていない。当然ながら。

(まあ、そう言うしかないよな……)

ちなみにその女性は既婚。聞くところによれば、学生時代から付き合っていた男性と、就職してすぐに入籍したらしい。たまに聞くパターンではある。あそうなんですね、と上司は応じ、比較という卑劣な手法でもって私を貶める。

「――おまえ、学生んときカノジョいた?」

突然の矛先。こういうところで臨機応変に「ああ、いましたよ」と言えないのが私の駄目なところで、「いや……」と思わず口ごもってしまった。

「だから駄目なんだおまえは」

もはや格好のサンドバッグ状態であった。しかもこちらは素面である。地味に傷ついた。しかし、またしても例の女性が救いの手を差し伸べてくれる。

「マジメに勉強してたんですよね」

このマジメには2通りあるだろう。あまりにも勉学にのめりこみ、色恋になどまるで興味が湧かなかったパターン。そしてもう一つは……

「単にモテなかったんだよな?」

上司が畳み掛けてきた。あまりに正鵠を射すぎて矢毒が私の心情を駆け巡り、思考が停止した。マジメという言葉は、便利で、ときに残酷だ。半端な思いやりの気持ちでマジメ呼ばわりなんぞしてくれるな。無能を「マジメ」と名付けただけのことではないか。一種のまやかしに過ぎないではないか。

「顔だけだよな、おまえがマジメなのは!」

まやかしは私自身だった。

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