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「古さ」に身を寄せて俯瞰する

  オリンピックイヤーの2024年、カヌー・スラロームの羽根田卓也選手(36)は5度目の大舞台を迎えます。若くして海外へ飛び出し、オリンピックのメダル獲得で、「ハネタク」は日本ではマイナースポーツと言えるカヌーに目を向けさせました。新型コロナウイルスの世界的流行の中で地元開催のオリンピックが延期されるという稀有な経験を経て、夏のパリオリンピックへ臨みます。気持ちを込めたものや経験、場所などについて話してもらう連載『ココロ、やどる。』です。(文・松本行弘、写真・川津陽一)


東京・護国寺に魅かれる理由

 東京都文京区の護国寺。羽根田卓也選手が、2016年リオデジャネイロ・オリンピックで銅メダルを獲得し、次の東京オリンピックに向けて本拠地を都内に構えた後、たびたび訪れている場所だ。
 1681年創建。観音堂(本堂)など、江戸時代から、大きな震災や戦災をくぐり抜けて、創建当時の姿を残す。

 「これだけ大きな規模で、古い建物が残っているお寺って、都内でなかなかないんですよ」

護国寺の観音堂の中で

 歴史小説や仏像が好きだ。数年前から茶道を習い始めた。高校を卒業後、ひとりでスロバキアへ渡り、そこをベースにして世界のトップレベルに躍り出た。海外生活が長かったから余計に、日本文化に惹かれるのか。

 「海外で住んだことある人“あるある”だと思うんですけど、当たり前にあった古いお寺とかがすごく美しく見える。たまに帰ってくる日本で一つ一つが鮮やかに目に飛び込んできて、感じるようになったのはあります」

 しかし、護国寺に魅かれる大きな理由は、その“古さ”だ。「歴史があるお寺でも、建物が新しいとちょっと……。僕は古いものがそのまま残っているのが好きなんです」という。

護国寺の境内で

大木に抱きつき、心を整える

 「最近は大木に心が宿ってしまう。山とか自然の中へ出掛けた時、周りを見渡していちばん幹の太い木を見つけて、5分くらい抱きつくってことをするんですよ。ほかの人がいないのを確かめて、ですけど(笑)。それをすると、すごく心が整うんです」

 護国寺からも、大木からも、共通して感じることがある。

 「自分の何倍、何十倍、何百倍も年月を経ているものからパワーを感じるというか、文化でもなんでも、世代を経て、時代を経て、長く残っているものには、何かしらの理由があるわけで、そこにエネルギーを感じるんですね。人に大事にされて、現代に残っていると思うので。日々、ああだこうだと悩んだりしていても、そこから一回離れることができる。自分の狭い価値観の中で悩んで、身動きがとれなくなってしまいがちなので、木に抱きつくこととか、仏像さんを拝むことによって、その長い年月に比べたら、自分の30数年間の人生で何を悩んでいるだろうと、俯瞰して見られる気がする」

コロナ禍の五輪を経験して

 この感覚は、コロナ禍で1年延期されて2021年に開かれた東京オリンピックでの経験が引き金になったという。

 「リオでメダルを取るまでや、自国開催の東京オリンピックは、そこに対して一直線に没頭できていた。
 コロナ禍でスポーツやオリンピックがああだこうだと言われて、自分も少なからず攻撃の対象になって、没頭から外に引きずり出されたところがあった。その時に等身大の自分と向き合うのがけっこう大変だったんですよ。
 自分がスポーツ選手じゃなかったら、オリンピックがなかったら、自分にはどんな価値があるんだろうとか、考える時間があったので」

 コロナなのにオリンピックを開催していいのか。そんな意見も聞こえてきた。パンデミックの非日常に、心をかき乱されていた。

護国寺の茶室で目を閉じて

楽しい。だから突き抜ける

 「没頭するものがなくなった時に、自分の心の在り方だとか、自分との向き合い方だとか、自分の幸福、人生においての目的、自分にとってどうやったら人生が幸せなのかっていうことを、日々の生活の中で考えるようになりました。なんのためにやるのかって、ひとつひとつ考えるようになりました。それまでは当たり前のようにトレーニングをして、オリンピックを目指していたのが、年齢も重ねて、いろんなことに触れていく中で、要素分解するようになった」

激流でゲートを攻める羽根田卓也選手(松本撮影)

 トップアスリートの「幸せ」をこう説明する。

 「競技で結果を出すためには、その過程が自分にとって幸福じゃないといけない。簡単に言うと『楽しい』です。
 突き抜ける人って、人よりも何十倍も努力しているんですけど、本人は楽しいと思っている。つらいとか思っていないんですよ。努力はしているんだけど、苦しいとか、なにかを犠牲にとかっていう感覚はまったくない。本人にとって幸福だからそこまでできるし、続けられるし、結果も出せると思う。
 自分にとっての幸せ、なにをしていたら楽しいみたいなところを、なんとなく競技でつくれちゃった人はいいけど、そういったものを自分と向き合ってつくっていかなくちゃいけない人もいる。僕もその中の一人であるんですけど」

パリ五輪の「ワクワク」感

 古いものに触れて、自分を見つめた。それにも助けられ、5度目のオリンピックは、これまでとは違った「幸せ」を見つけた気がする。

 「結果を出したいとか、自己実現っていうのは、もちろんある。ですけど、リオや東京を経て、応援してくれる人の数が何倍にもなった。以前は、人知れずオリンピックに挑戦して、人知れず終わっていたみたいなところもあった。今は、挑戦するだけでも、いろんな人たちとその挑戦を共有できたりだとか、感動を共有できたりっていう幸せな現状がある。
 みなさんのために、って言うとちょっとおこがましいですけど、みなさんの想いとか、一緒に挑戦する楽しさ、素晴らしさ、なにかスポーツの魅力を共有できるっていうことに対して、すごくワクワクしている。結果を残せば、もちろんその価値、体験が何倍にもなるので、そこがすごく楽しみでやっています」

 アスリートの幸せの輪が広がることで生まれるモチベーション。
 年輪を重ねた36歳が気づいた想いを胸に、パリへ向かう。

2024年1月、護国寺の観音堂の前で

羽根田卓也さん 激流でゲートをくぐる速さと技術を競うカヌー・スラロームの選手で、片側にだけブレードがあるパドルで水をこぐカナディアンが専門。2016年リオデジャネイロ・オリンピック銅メダリスト。1987年、愛知県豊田市出身。9歳でスラローム選手だった父、兄の影響で競技を始めた。豊田市立朝日丘中から杜若高へ進み、卒業後、カヌー強国スロバキアへ単身で渡欧。オリンピックは初出場の2008年北京大会14位、2012年ロンドン大会7位、リオ大会の3位はカヌーでアジア勢初のオリンピックメダル獲得、2021年の東京大会は10位。2023年アジア選手権優勝でパリ大会出場が決まった。スロバキアのコメンスキー大学でスポーツ科学を学び、大学院に進んで修了。愛称はマツコ・デラックスさんが名付けた「ハネタク」。ミキハウス所属。


 石材店は心を込めて石を加工します。
 主要な加工品である墓石は、お寺さまによってお精入れをされて、石からかけがえのない存在となります。
 気持ちや経験などにより、自分にとって特別な存在になることは、みなさんにもあるのではないでしょうか。
 そんなストーリーを共有したい、と連載『ココロ、やどる。』を企画しました。
                        有限会社 矢田石材店

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