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【#23】難病と今も闘うブログです〜

皆さんこんにちは〜!やすとみです。

本日は次の仕事を探して悪戦苦闘する話を書きます。

結論から先にもしますと2012年に仕事先を見つけます。
高槻から京都よりに少し進んだところが職場となります。
大企業のM製作所なので、ご存じの方も多いと思います。
この仕事ですが、初めて「途中でケツを割った」事になります。

ここは私が2009年にN生命で一緒に仕事したメンバーが人を募集しており、面接して参画することになりました。
先に申しますが、自ら仕事を途中で辞めたのは、後にも先にもこの仕事だけです。病気を取り上げてプロジェクトを抜けることはしたくなかったんですが、体調も現場もどうしようもなかったので、今考えても仕方なかったかなと思っています。

M製作所は大企業なので、賃金の安い所で部品を製造して販売しています。なので、日本だけで無く他国でも使用できるソフトを作成する必要があり、それをオフィスコンピューターでなく、グローバルなオープン系で作り直すのが、今回の主な内容となります。

私は以前オフィスコンピューターの特殊言語でプログラムを組んだ経験があるので、その特殊言語で動いているプログラムを解析して、新しくオープン系の仕様書を作成して中国のベンダーへ発注する作業を担っていました。

プロジェクトに入った当初は何だかんだとプロジェクトは進んでました。

仕事は私とOさんが一つのシステムを担当することになりました。
ほぼ、私が主導で仕事を進めてましたし、私が進捗の報告もしていました。
そんなある日、プロジェクトのリーダーが会社を辞めたのです。
面接して私を採用したリーダーが、プロジェクトのメンバーを置いて職場を離れたのです。

M製作所はSCSK(後でお世話になる)とコベ○コ(神戸の会社)が入っており、私は後者の手助けとしてプロジェクトに参画したのですが、この会社で仕事するのは初めてで、何とずさんな管理をしているのかと思う会社でした。と言うのも、リーダーが会社を辞めるなら、事前に根回しするとか、メンバーに話をするとか、何らかの対応をしてから仕事先へ話をすれば良いのに引き継ぎも期間が短く、私的にはいきなりいなくなった感じなんです。
当然、プロジェクトマネージャーもいてますが、人を管理するのを仕事だと思って無くて、いかにしてプロジェクトを成功させるか、青写真だけを描いている方の様に見受けました。
なので、メンバーなんて将棋の駒としか思って無く、リーダーが辞めたのなら他の代わりが代替すれば事足りる。
何故か、現場のメンバーが対応しているから、リーダーはメンバーから進捗を聞けば十分事足りる。
こんな考えなので、リーダーが客先へ進捗報告しても詳しく理解してないため、メンバーが客先に報告することになりました。

あ〜〜、こう書いているだけで気力が落ちてきます。

代わりとなったリーダーに進捗を報告したのですが、よく理解して貰えず、仕方なく休日に出勤して経緯を説明した事を思い出します。
それでも細部は理解して貰えなく、結局、私が客先へ報告することになりました。この説明した時間は何だったのかと思った次第です。
代わりのリーダーは、やるべき事はしたが、説明が悪く理解できなかった、なので今後の報告はメンバー対応する、みたいな感じだったと思います。

このプロジェクトの募集をしていた会社には、私を含めて4人が参画していました。しかし、そのうちの1名が体調不良によりプロジェクトを抜けました。
次第に私も体調不良が続き、その会社の社長と一緒に病院へ行き、診察結果を聞いて、これ以上の続行は健康を害すると判断し、私もプロジェクトを抜けることになりました。

M製作所は色んな方がいらっしゃるので、それをとやかく書こうとは思いません。堅物な方もいればユーモアたっぷりな方もいて、職場は良かったと思っています。ただ、私が所属したプロジェクトが良くなかった。
後日談で聞いた話ですが、M製作所で私が所属した会社は撤収して、全てSCSKが請け負ったと聞いています。
私も初めからSCSKで仕事していれば、こんなことに巻き込まれなかったのにと思った次第です。

今回はこの辺りで。また次回!

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