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ぜんぶを否定されること

言動や立場や存在、全てを否定され続け、嘲笑されたり怒鳴られたり無視されたりした経験はありますか❓

長期間そのような環境にいると心がぐちゃぐちゃになります。なのでamazonでサンドバッグを購入し、『死ねッーー‼️』と言いながら蹴ったり殴ったりしてましたが、身体が痛いので3日でやめました。

不思議なことにあのような攻撃的な人間は、私が少しでも楽しそうなそぶりを見せると途端に牙を剥きます。虎視眈々と見計らっているのでしょう。その時点でもうムリ。気持ち悪いです。

で、私がボロクソになってると妙に浮いた顔をします。いかなる人間でも、沈んでいたら声をかけるのが人情かと思いますが。エセ人間にその理屈は存在しないようです。力の誇示をして相手をどうこうするのに心血を注ぐ人生は素晴らしいデスネ。

とても辛かったですが、特に人には相談しませんでした。『できたらとっくにやっとるわ』みたいな事しか言わないからです。一般的であれ個人の体験に基づくモノであれ、アドバイスよりも自分の意志が大切だと思います。
中には『時間が解決してくれるよ』と投げやりな物言いをする人もいます。いいえ、終わりの見えない悪環境に更なる憎悪が加算されるだけでし。

解決が難しいのは目に見えてるので、ビジネスマンが書いたうんちみたいな本でなく哲学書に答えを求めました。知識は増えましたが、解決の一助になったかというと疑問でした。

本とお友達になれたのはよかったです。あの時の読書体験のおかげで今の私があります。読書をしている時の独特の『集中』は、様々に応用できますし。
なんにも考えてないアンポンタンな人生ともバイバイできたので、本には本当に感謝してます。

ちなみに『自信』を失くしたことはあまりないです。
『なんか環境や社会に合わねぇなぁ〜人間クソだなぁ〜』って漠然としていました。

なんやかんやあって、環境は変わりました。
この一連の出来事で私は『心に反すること』ができなくなりました。要するにウソをつくことでし。なぜかというと、ウソをついたら当時の様々な感情が蘇って不愉快になるからでし。

その流れで、他人がウソや適度ゴトや媚びや善人ヅラしてんのが許せなくなったのでし。勿論、同様に不愉快だからです。いやむしろ、不愉快でない人間を探す方が難しくなりました。この辺りは私の書く記事にひしひしと滲み出ています。

だからこそ、不愉快を感じない人に出会えると、とてつもなく嬉しいのです。すごく安心します。きっと限りなくギャップが少ないのでしょう。

反対に、人を攻撃する人は『理想の人間像』があって、そこから少しでも外れると許せないのでしょうね。理想とは、押し付けるモノでなく胸に刻むモノです。

で、理想の先に『金』があるってんなら、私はもれなく軽蔑を向ける。グイグイ押し付けるぞ〜。

ともかく人の『尊厳』に無頓着な人は、最悪○されてもおかしくないと思います。
どっかの海外の話で、昔なにかで読んだのですが、上司が部下を人前で叱ったところ、その上司は部下に○されちゃったみたいです。

生きて、考えて、苦しんでる。
その当たり前の認識を持てない人が、平気で尊厳を傷つけにかかる。縄張り意識や上下の意識だけは強いんでしょうね。

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