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人並みの交差点、渡り損ねて シュウジ編2

飲み会のあと、病気で倒れてしまったシュウジ。誰も頼れる人がいない中で、電話をした相手はーー

シュウジ編1はこちらから

 部屋のチャイムが鳴る音が聞こえる。どうやら少し寝てしまったらしい。まだ症状は収まっていないが、さっきよりはマシになった気がする。フラフラしながらも、なんとか身体を起こすことが出来た。布団をかぶって、玄関のドアを開ける。

 リョウマだ。別れてからもメッセージのやり取りはしていたが、直接会うのは二年ぶりだ。こうやってコイツを出迎えるのは、一緒に住んでいた時以来だろうか。懐かしい気がする。

「シュウジ、大丈夫か」

 リョウマは息を切らしながら話す。手はビニール袋でふさがっていた。

「来てくれて、助かった」

「お前、顔赤いぞ。早くベッドに戻れよ」

 リョウマはさっさと靴を脱ぎ、部屋の中に上がる。そして、俺を支えながらベッドまで連れてきてくれた。俺を寝かせると、ヤツは自分のカバンを漁る。

「ほれ」

 取り出したのは体温計だ。俺は黙って受け取り、脇の下に差す。そうしているうちに、リョウマはスポーツドリンクのペットボトルを取り出して、コップに注いだ。体温計が鳴ると、引き換えとばかりにコップを差し出した。俺はコップの中に入った液体を飲み干す。干からびた舌に潤いが戻った。

「お前、三十八度あるじゃん。とりあえず、これでも貼っとけよ」

 リョウマは俺のおでこに冷却ジェルシートを貼る。

「じゃあ、病院行くぞ。休日診療を受け付けてくれるところは探しといた」

「えっ、いいよ」

「良かねぇよ。手遅れになってからじゃ遅いんだぞ。専門家に診てもらった方がいいって。タクシー呼ぶから」

 リョウマは俺が何か言う前に電話を架けてしまった。コイツ、昔っから強引なところがあるよな。もうろうとした頭で、俺はそんなことを考えていた。

ーーーーー
「ただの風邪か。ひとまず安心だな。でも、ちゃんと休んどけよ」

 リョウマは俺をベッドに寝かしつけると、来客用で家の中に置いておいた布団を引っ張り出してかけてくれた。

 病院で診療を受けた後、薬を受け取って俺たちは部屋に戻ってきた。薬を飲んだおかげだろうか。朝よりも体調は落ち着いてきた気がする。

「何か食べれるか?」

「ん。軽いものなら」

「わかった。ちょっと待ってろよ」

 リョウマは家に来た時に持ってきていたビニール袋を持って、キッチンへ歩いていった。

 こんな風にリョウマが家にいてくれると、なんだか同棲していた頃に戻ったかのようだ。

 リョウマと出会ったのは、ゲイイベントをしていたクラブだった。地元では仲間との出会いなんてほとんどなかったから、浮かれていたのかもしれない。大学一年の頃、俺は少々無理をして参加していた。

 ある日。俺は騒がしさに疲れて、ステージから離れた席に座った。その時、隣にいたのがリョウマだった。同じように地方出身という親近感も手伝って、俺にしては距離が縮まるのが早かったと思う。俺たちはすぐに付き合い、リョウマが就職するのをきっかけに二人で住みはじめた。結局別れることにはなってしまったが、ほんの数年間。ケンカもいっぱいしたけれども、今から考えればいい思い出だ。

「出来たぞ」

 リョウマがキッチンから帰ってきた。お盆に載ったお碗からは湯気が出ている。俺は身体を起こして、それを受け取った。中身は玉子粥だ。俺は思わず笑ってしまった。リョウマは怪訝な顔をする。

「なんだよ」

「いや。お前、昔っから風邪の時はこれだよな」

「悪いかよ」

「いや、変わらないなって思ってさ」

「しょうがないだろ。そもそもこれしか作れないんだから」

「そうでした。まあ、俺も人のこと言えないけど」

 俺はスプーンでひと匙すくって、玉子粥を口に入れる。んー、懐かしい味だ。たいして美味い訳じゃないが、朝から何も食べていなかったこともあって、すぐにペロリと平らげてしまった。リョウマは満足そうな顔だ。

「その食欲だったら、大丈夫そうだな」

「サンキュ。今日は助かった」

「本当、オレが来なかったらどうするつもりだったんだよ。まさかってこともあるんだぞ」

「そうだな。俺、友だち少ないから、倒れて何日も気付かれないとかありそうだ」

「おいおい、勘弁してくれよ。会社の人とかは?」

「流石に何日か無断欠勤すれば気付かれるだろうけど、個人的な付き合いがある訳じゃないから」

「まあな。会社の人間関係って仕事がなきゃ、切れちゃうもんではあるか」

「だな。コッチのつながりも今はほとんどなくなっちまった。今でも付き合いがあるのはマコトともう一人くらいだ」

「そっか。独り身だと意識しなくちゃどんどん交遊範囲って狭まっていくもんな」

「そうか?」

「ああ。たとえば、パートナーがいれば相手と関係がある人との接点が自然と出来るチャンスがあるだろ」

「あくまでもチャンスだけどな」

「もちろん。だけど、ひとりだと自分で作らなきゃそのチャンスすら生まれない」

「うーん。でも、人付き合いって苦手なんだよな」

「だから準備するんだろ。歳を取ったら人付き合いが上手くなるのか」

 リョウマの言う通りだ。人付き合いが自然に上手くなるなんてことはない。今苦手なら、年を取った時にはもっと難しくなる。

 それに俺は他人とすぐに打ち解けられるタイプじゃない。早く準備をしておくことで、時間をより多く味方につける必要がある。コイツが今日来てくれたのだって、十数年間つながりを維持し続けていたからだろう。

「わかった。今日はありがとう」

「おう。じゃあ、オレはそろそろ帰る。ゆっくり休めよ」

「うん」

 俺はベッドの上でリョウマが帰るのを見送ると、明日の仕事に備えてまだ布団の中に潜り込んだ。


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