人並みの交差点、渡り損ねて シュウジ編6
社外の勉強会で出会ったゲイのハジメに誘われて、仲間内のホームパーティに誘われたシュウジ。果たして、どんな出会いがー
太陽のまぶしさに耐えて上を見上げれば、マンションのてっぺんは遥か彼方に見える。その様はまるで塔のようだ。ゲートをくぐると、広々としたホテルのようなエントランスになっている。ガラス張りの入口の前には侵入者を選別するかの如く、操作盤が置かれている。
俺はハジメさんに教えてもらった番号を押した。ピーンポーン。呼び出す音がした後にガチャっと音がする。
「お疲れ様です。三十階に上がって頂いてよろしいですか。エレベーターを降りたところにいて頂ければ、お迎えに行かせますよ」
ハジメさんの声がした後、入口が自動で開く。俺は中に入り、エレベーターを探して、三十階のボタンを押す。ちょっと場違いだったかもしれないな。そう思っているうちに目的階だ。
ドアが開くとグリーンのポンチョ風の上着で二十代後半くらいの男性が待っていた。髪がセミロングで、アーティストといった風貌だ。
「シュウジさん、いらっしゃいませ。ボクはスバルって言います。とりあえず、部屋に行きましょうか」
「よろしくお願いします」
俺は彼の後ろについていく。
「ここって、スバルさんのお家なんですか」
スバルくんは半笑いしながら、顔の前で手を横に振る。
「違いますよ。残念ながら、ボクの稼ぎじゃこんなところ住めません。ナオユキさんっていう経営者の人の持ち物なんですよ」
「そうなんですか」
「すごいですよね」
スバルくんは答えながらインターホンを押す。しばらくしてドアが開き、中からハジメさんが出てきた。
「シュウジさん、よく来てくださいましたね。中に入ってくださいよ」
言葉に従って、中へ入ると目の前に街並みが広がる。眺めが良いラウンジといった感じだ。
「じゃあ、その辺りに座っていてもらっていいですか。食べ物と飲み物を持ってきますんで」
ハジメさんの言葉に従って、椅子に腰かける。スバルくんも適当に座った。だけど、やっぱり手伝った方がいいよな。
そう思っていたら、ハジメさんとネイビーのパーカーを着たスポーツマンっぽい男性が皿とアルコール飲料の缶をいくつか持って戻ってきた。ハジメさんが俺に尋ねる。
「シュウジさん、何飲みます?」
「じゃあ、ビールで」
俺は彼が手に持っているものから選んだ。スバルくんもパーカーの男性から缶を受け取っている。残りの二人も自分用を確保して座った。ハジメさんが周りを見回して、みんなに声をかける。
「じゃあ、はじめましょうか。かんぱーい」
「かんぱーい」
全員で缶を鳴らした。ビールはプレミアムをうたっている銘柄だけあって美味しい。一口付けて落ち着いたのを見計らったかのように、ハジメさんが俺に話し掛けてくる。
「ここまで案内してくれたのが、スバルくん。彼はフリーのウェブデザイナーなんです」
名前を呼ばれたスバルくんは小さく手を振る。
「こちらがナオユキさん。ネット系の会社を経営していて、今日の会場も提供してくれました」
「よろしく」
ナオユキさんが手を伸ばしてきたので、それに答えて握手をする。握る力が強い。
「本当はもう一人ウェブ系のライターをしている子が参加する予定だったんですが、急きょ都合が悪くなったみたいで」
「アイツ、絶対ずる休みだよ」
ハジメさんの言葉にスバルくんがツッコミを入れる。
「で、今日初参加のシュウジさんです。僕と同じくエンジニアさんです」
「どうも」
俺はハジメさんの言葉に合わせて、頭を下げた。スバルくんがパッと手を上げる。
「はーい。二人はどうやって知り合ったんですか?」
「この前、同業の勉強会があってその時に知り合ったんだ」
スバルくんの質問にハジメさんが答える。
「そうなんだ。そういう場所で初めて会って、よくお互いにゲイだってわかったね」
「僕が事前にその会の主催者から聞いてたんだよ。で、僕から声をかけたんだ」
「へぇ、二人とも職場では隠してないんだ。ボクもフリーランスだからフルオープンにしてるけど」
「業界的に実力主義なところがあるから、優秀だったら細かいところを気にしない傾向はあるんじゃないかな。例えば、国内の金融系だと肩身狭そうな感じがする」
ナオユキさんの言葉を聞いて、俺はユウキが「おっさん共の頭が固くて、軽々しく言えない」って愚痴っていたのを思い出した。
「俺の友だちでも、年代が上の人はあんまり理解してくれないからクローズにしてるって言ってました」
「そうなんだ。組織にいると大変だな。ボクはフリーで良かった」
スバルくんは手に持っている小瓶のアルコールをくいっと飲んで、ハジメさんに話し掛ける。
「ところで、ハジメさんもマンション買ったんでしょ。どんなところにしたの?」
「普通のところだよ。十階建ての十階で、川沿いだから見晴らしは良いね」
「おお、セレブぅ」
「そんなことないって。ナオユキさんほどお金がある訳じゃないから、けっこう古いよ」
「ふぅん。でも、何で買おうと思ったの?」
「歳をとった時にひとりだと家が借りにくくなるっていうじゃん。あとは自分好みの部屋に住みたいっていうのもあるけど」
「そうなんだ。でも、何で年取ったらひとりだと家を借りれなくなるの?」
スバルくんはナオユキさんの方を見る。
「孤独死のリスクがあるからな。親族がいなくて、財産もなかったら大きなマイナスになることもあるだろ。まあ、少子高齢化が続いたらどうなるかわからないけど」
「そっか、ボクも孤独死は嫌だな。せめて看取ってくれる恋人を見つけないと」
「だったらいつまでも恋人持ちを追いかけない方がいいんじゃない?」
ハジメさんはスバルくんにつっこむ。
「大丈夫。今のところは彼の恋愛相談にのって、親友ポジションをキープしてますから。そのうち今の恋人とは別れますって。それからが本番です」
「気が長いことで」
「この戦法、意外と成功率高いんだよ。結果に対する執着心って大切なんだから。ちなみに、そういうハジメさんは相手見つかったの?」
「くそっ、痛いところをついてきたな」
「自分好みの部屋も結構ですけど、一緒に住む人がいないんじゃね」
ハジメさんは反論したいが、良い言葉が出てこないようだ。悔しそうにしている。そんな二人を見て、ナオユキさんが笑う。
「まあ、オレも恋人いないけどな」
「ナオユキさんの場合は忙し過ぎるんじゃないですか」
スバルくんはフォローの言葉を口にする。
「それもあるけど、恋愛にそれほどがんばれなくなってきたんだよな。性欲も落ちてきて」
その感覚はわかるかもしれない。俺もただでさえ積極性がないのに、ハングリーさが更になくなっている気がする。そういう年頃なんだろうか。
「で、シュウジさんはどうなんですか」
スバルくんが俺を見る。自分の魅力に自信があり、何でも自分の思った通りになるとでも思っているかのようだ。この感じ、どこかで見たことがある。
ああ、大学時代のマコトだ。
俺とマコトは音楽の趣味が合ったので友だちになった。だが、自分が世界の中心と言わんばかりの態度には、俺も昔はイラッとさせられたことがある。とはいえ、長い付き合いの中でマコトも根は良いところがあるのを知っている。だからだろうか。今はこういう人間も、かわいいと思える。
「ん、俺も恋人はずっといないな」
「このメンバー、彼氏なしばっかりか」
スバルくんは大げさな感じでため息をついて、言葉を続ける。
「ちなみに、何年くらいいないの?」
「大学時代から付き合ってた相手と別れてからだから、十年以上だな」
「それ以来、何にもないの?」
「そんなこともないけど。長く続かなくてさ」
「シュウジさん、積極的じゃなさそうだもんね」
またそれだ。初めて会った相手にまで言われるとは、相当重症なんだろうか。
「そうだな。よく言われる」
「もっと下心を見せた方がいいですよ」
「うーん、俺の柄じゃないな」
「でも、相手を恋愛対象として見てるってことは出した方がいいよ。ただでさえ、シュウジさんは何考えてるのかわからないもん」
「容赦ないな」
「でも、事実でしょ。こっちが興味あることを示しておけば、相手も動き易いじゃん」
「なるほど。アドバイス、ありがとな」
スバルくんは一瞬きょとんとしたが、はにかんだように笑った。
「気になったことを言っただけですから」
お礼の言葉に照れた様子が出てくるのを見ると、根は素直な子のようだ。将来の成長が楽しみだと思えるのは、俺も相応の歳になったからだろうか。
ガタンゴトン。電車に揺られながら、俺は窓の外を眺める。もう真っ暗だ。車内はガラガラだが、座ると寝てしまいそうなので敢えて立っておく。
最初にハジメさんから誘われた時は、馴染める不安だった。けれども、心配し過ぎだったようだ。楽しくて、気が付いたら時間はあっという間に過ぎていた。
考えてみれば、ユウキとマコト以外でゲイの知り合いができたのは久しぶりだ。あんな風に気を使わず話が出来るのはやっぱり心地いい。
最近新しい人と知り合うのをサボっていたが、もったいないことをしていたのかもしれない。
まあ、今回上手くいったのはハジメさんのサポートが大きいだろう。俺がぼっちにならないよう、いろいろと気を使ってくれていた。別れ際に「また誘いますね」と言ってくれたのも、自己主張が苦手な俺としては助かった。
ナオユキさんも全体を見ながら、バランスを取っていてくれていたように思う。経営者と聞いて身構えてしまったが、実際には気さくな人だ。最後の片付けもある程度終わったところで「あとはやっておくから」と言ってくれたり、細やかな気配りが素晴らしい。だからこそ、人の上に立てるのかもしれない。
スバルくんはパワフルだ。彼と接していると、自分が日常のタスクにまみれて純粋な情熱を忘れていることを突きつけられる。きっと同世代の中だけで過ごしていたら、気付けないことだろう。それにしても、彼みたいな積極性があったら、俺の人生も違ったものになったかもしれない。
例えば、マコトがユウキを連れて来た時に、俺がもっと自分からいっていたらーー。
って、俺は何を考えているんだろう。ユウキはソウイチロウと一緒になってから笑顔が増えたじゃないか。スバルくんが恋人持ちの相手と付き合おうとしているって話を聞いて、変なスイッチが入ってしまったのかもしれない。
社内アナウンスが乗換駅に着いたことを知らせる。俺は電車を降りて、乗り換えの路線を目指す。人の波をかき分けて歩いていると、知っている顔が目に映る。
あれ?ユウキじゃないか。いや、他人のそら似だろう。さっきまで考えていた相手とバッタリ会うだなんて、そんな偶然あるハズがない。目を擦ってもう一度確認する。だが、やっぱりユウキに見える。その顔は今にも泣き出しそうだ。
「ユウキ?」
俺は思わず声を出した。男はこちらを見る。
「シュウジ?」
俺を呼ぶ声はやっぱりユウキのものだった。何かが落ちた。そんな音を聞いたような気がする。
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