人並みの交差点、渡り損ねて シュウジ編3
病気で倒れてしまったところを元彼のリョウマに助けられたシュウジ。'もっと人間関係を広げた方がいい'と言われたがーー
「はよっす」
形ばかりの挨拶をするが、誰も顔を上げない。黙々と自分の仕事をこなしている。
俺は席に座って、パソコンを立ち上げた。セットアップを待っている間、机の中からカップを取り出して給仕場へ向かう。ディスペンサーのボタンを押して、コーヒーが心地よい香りを漂わせながら注がれるのを眺める。
今日は何があるかな。お菓子の置いてある棚をチェックしている最中にユウキの言葉を思い出す。年を取ると痩せにくくなる。そうだな、今日は止めておこう。俺はたっぷり満たされたカップだけを持って席に戻った。パソコンはすぐ使える状況だ。さて、仕事をはじめよう。
作業が一段落したら、もうそろそろ昼休みの時間になっていた。
さて、今日は何を食べようか。気合いを入れるためにタイ料理の店へ行ってグリーンカレーにしようか。がっつり食べられるハンバーグランチがお手軽なあの店も捨てがたい。
とはいえ、最近重量感のある食事をもて余すようになってきた。若い頃は肉だったらいくらでも食べられたが、今は専ら焼き係になって若い奴らを餌付けしている。やっぱり年なんだろうか。そもそも病み上がりの身だ。今日は老舗蕎麦屋で鴨南蛮あたりにしておくか。考えているとメッセンジャーで呼び出しがかかったので、席を立つ。
「古谷さん、何ですか?」
俺は席に座っていマネージャーの古谷さんに声をかける。
「ああ、呼び出してすまん。進捗確認をしたくてな」
古谷さんとの付き合いは長い。年が近いこともあって、役職は上だが気楽に話せる関係だ。それに'本当の俺'を知っていても態度が変わらない。まあ、某国際的に有名な会社のCEOがカミングアウトしているくらいだ。この業界自体、それを気にしない雰囲気がある。
「俺の方は予定通りに終わる見込みです」
「そうか。ちょっと青山が遅れているみたいなんだが、話を聞いてみてくれないか。問題あるようだったら、フォローに入って欲しい」
「わかりました」
「あと、この案件が終わった後に始まるプロジェクトで仕切りをお願いしていいか」
「いいですよ」
「助かる。じゃあ、青山の件はよろしくな」
話が終わって、俺は青山の席に向かう。それにしても、新規プロジェクトの仕切りか。これまでもプロジェクトの仕切りは何回かやっているので、何も考えないで答えてしまった。ろくすっぽ内容も聞かないうちに承諾したのはうかつだったかもしれない。
だが、古谷さんのお願いだ。受けないという選択肢はない。まずは目の前の仕事を終わらせるか。俺は喫煙室で青山を見つけて声をかけた。金髪で見つけやすいので助かる。
「青山、お疲れ」
「シュウジさん、お疲れっす」
「ちょっといいか」
「いいっすよ」
青山は持っていたタバコを灰皿に捨てる。その時、チャイムが鳴った。
「もう昼休みか。じゃあ、後にするか」
「せっかくだから一緒にメシ行きましょうよ」
「いいけど、何食う?」
「寿司とかどうですか」
この前奢った時、コイツには散々高いネタを頼まれた。今日もそれを狙っているのだろう。
「アホか。お前、俺におごらせるつもりだろ」
「バレましたか。シュウジさんはどこに行こうと思ってたんですか」
「いつもの蕎麦屋」
「ああ。あそこの店員にイケメンいますもんね」
「バカ。俺はあの店の味が好きなの」
「本当ですか?まあ、あそこの親子丼、美味いっすよね」
「わかったよ。おごるよ」
「あざーす」
俺たちはビルのエレベーターを降りて、商店街の方へ向かう。お目当ての蕎麦屋は'いかにも'といった佇まいだ。戸をがらがらっと開けて、暖簾をくぐると店員が近寄ってくる。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
「二名なんだけど」
「二名様ですと、カウンター席になりますが、よろしいでしょうか」
俺は青山の顔を見るとヤツはうなずく。
「お願いします」
「それではこちらへお掛けください」
席に案内されて座ると、青山の足が俺にくっつく。全くコイツは。
二~三年前、青山に仕事の引き継ぎをしていた時によく今日みたいに足をくっつけてきた。
俺は青山も含めて話をしても大丈夫だと思っている相手にはカミングアウトをしている。
なので、最初は何か意味があるのかと思った。だが、他のメンバーと接しているところを観察していたら、誰にでもベタベタしていた。実際には他人との身体的距離が近いだけのようだ。
一度「オレたち仲良いですよね。BLっぽくないですか」と言ってきた時は「四十手前と三十手前でボーイはないだろう」と返したが内心は焦ったが。
あの時の真意はわからないが、青山も去年結婚して子どもがいるのでコッチの世界の住人ではないハズだ。俺は職場恋愛をしたくないので、いずれにしても興味はないが。
店員がお茶を持って、注文を聞きに来たので俺たちはオーダーを伝える。店員がメニューを持って、離れていくのを見計らったように青山は聞いてきた。
「で、何ですか」
「ああ。今の作業、進捗はどうだ」
「うぅん。ちょっとてこずってます。でも、なんとかなるとは思うんですよね」
青山は今発生している問題点と、想定される原因、今後の進め方について説明してくれた。話を聞く限りは大丈夫そうだ。一応、いくつか確認した方が良さそうなところをアドバイスしておく。
注文した鴨南蛮と親子丼が運ばれてきたので、受け取って食べることにした。
「ところで、シュウジさん」
「なんだ?」
「オレが社外でやってる勉強会なんですけど、今週末参加してもらえません?」
青山は同業他社のエンジニアを集めて、勉強会をやっている。俺も何回か参加したが、確か毎回二十人以上は参加していただろう。回を重ねるごとに人気が出てきたらしく、最近はお呼びがかからなくなっていたのだが。
「最近、人気なんだろ。もっと若い奴に声掛けろよ。俺が人数多いの苦手なの知ってるだろ」
「今回、テーマが特殊なんで人が少ないんすよ」
前回参加した時は仕事関連の専門性の高い内容だったが、最近は専門外のテーマも取り扱っていると聞いたことがある。
「で、何をやるんだ」
「心理学です」
「心理学?また随分と変わったことやるな」
「仕事をしていく中でメンタルって大事じゃないですか。勉強したら役に立つと思うんですよね」
正直、あまり興味がわかない。今のところ予定はないが、せっかくの休みを潰すのも気が進まない。さて、どうやって断ろうか。
「それに社外と人間関係作っておいたら、自分の会社だけじゃ気が付かない発見もあるじゃないですか。参加してくださいよ」
青山が食い下がる。しつこい奴だ。でも、青山の言葉でリョウマのことを思い出す。確か今のうちに人間関係を作っておけって言ってたな。これも何かの縁かもしれない。
「しょうがねぇな。わかったよ」
「やった。シュウジさん、大好きっす」
青山。自覚がないとはいえ、ストレートに好意を出すのはやめて欲しい。こっちが勘違いするから。まったく。
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