人並みの交差点、渡り損ねて シュウジ編7
新しく出会った友だちとの飲み会の帰り道、ちょうど考えていたユウキと出会ったシュウジ。なんだか様子がおかしい彼の話を聞くことに。ユウキ編6のシュウジ目線です。
ちょうどユウキのことを考えていた時に出会っただなんて運命的だ。だが、ここはターミナル駅。お互いに使う路線が通っているんだから出会うのは何もおかしくない。
とはいえ、こんな風に出会ったのは初めてだ。多くの人がすれ違う中で見つけるだなんてタイミング良すぎるんじゃないか。
なんて、そもそも偶然出会ったくらいで俺は何を盛り上がってんだか。俺はシュウジに話し掛ける。
「こんな風に会うだなんて偶然だな。今帰るところか」
「うん。シュウジは?」
「俺も帰りだ。友だちと会ってて」
ユウキの顔はあまり血色が良くない。表情も固い気がする。
「ユウキ、大丈夫か。何かあったみたいな顔してるぞ」
そう俺が声をかけたら、ユウキの目から涙がこぼれだす。えっ、俺何か変なこと言ったか。どうしよう。俺はさっきまでのやり取りをひとつひとつ確認する。少なくとも大の大人が泣き出すようなことは言っていない。
「おい、どうしたんだよ泣きはじめて。本当に大丈夫か」
俺が声をかけるとユウキはびっくりしたような表情をして、目を手で拭いはじめる。どうやら自分でも気がつかなかったようだ。普通は泣いたら、自分でわかる。それがわからなくなってるって何があったんだ。
「ごめん。大丈夫」
ユウキがぽつりと言う。いや、大丈夫じゃないだろう。どうするか。体調が悪そうだから帰した方が良いかもしれない。いや、このまま帰していいんだろうか。
「あのね、ちょっと聞いてもらいたいことがあって。いいかな?」
やっぱり何かあったんだろう。俺が出来ることがあるとは思えないが、話を聞くだけでも何か違うかもしれない。
「ああ。じゃあ、その辺のカフェに入るか」
「うん」
そう答えるユウキは小さな子どものようだ。思わず俺はハンカチを差し出してしまった。男女だったら恋が生まれそうなシチュエーションだな。って、俺は何を考えているんだ。弱っている相手に対して。まずはちゃんと話を聞かなくちゃ。
さて、どこに連れて行こうか。この様子だとあまり周りに聞かれたくない内容と考えた方が良さそうだ。そうすると話をしやすいお店が良いだろう。
この辺りにそんな店、あったかな。うーん。この前、仕事の打ち合わせで使ったチェーン店が話をしやすい雰囲気だった。隣が気にならない程度に距離があって、内緒の話にもピッタリだ。この駅にも系列店がある。
スマートフォンで場所を確認して、俺は歩き始めた。ユウキもちゃんと付いてきている。周りには酔っぱらいのはしゃぎ声や、客を狙う女性の声が飛び交う。人の欲望を掻き立てるかのような風俗店の電飾がきらめく。まともそうに見える建物の入口にも料金表が貼られていた。
そういえばこの辺りってそうだったな。あまり考えずに連れてきてしまったが大丈夫だっただろうか。そう思ってユウキを見たが、周りのことは目に入っていないようだ。ただ、俺に従って歩いているだけに見える。
このまま俺がホテルに入ってしまっても、付いてくるんじゃないだろうか。って、そうじゃないだろ。もしかしたら、今日は俺もおかしいのかもしれない。そう思っていたら、やっと目当てのチェーン店が見えた。危ない危ない。俺は誘惑から逃げるように急いで店内に入る。
店員に人数を告げて、俺たちは席に通された。店員がすぐ注文を取りに来たので、テーブルにあるメニューを渡す。
ユウキは一枚一枚眺めるようにページをめくっていく。最後まで見終えると一言ほうじ茶が欲しいといったので、俺は自分のコーヒーを一緒に頼む。
注文を聞いた店員が去っても、ユウキは黙ったままだ。何か話し掛けた方がいいんだろうか。でも、何を?ここはストレートに何があったのか聞くべきか。それとも、まずはもっと軽い話題から入るべきか。
考えがまとまらないうちに、店員が飲み物を運んできた。ユウキは自分が頼んだものを受け取って口をつけ、深くため息を吐いた。すると、さっきまでどこを見ているのかわからなかった目が俺の顔をしっかりと見つめる。
「さっきまでソウイチロウと出掛けてたんだけどさ。食事の時にケンカになって」
ソウイチロウとケンカだって?この前だって、五年間付き合っているとは思えないほどのラブラブっぷりだった。びっくりした俺は何も言葉が出てこず、ただうなずく。
「ソウイチロウはすぐにでも一緒に住みたいって言うんだ。でも、僕はもっとじっくり考えて決めたいんだよ。だって、一緒に住んで上手くいかないことってあるじゃん。家の姉さんだって十年も付き合ったのに、結婚して同居を始めたら三年もたなかったんだよ」
ユウキの言いたいことはわかる。お姉さんの事があったから慎重になっているんだろう。それに好きだからこそ臆病になる。俺も昔そうだった。とはいえ、ユウキの言い方だと、ソウイチロウはいつまで待てばいいのかわからない。きっとその先が見えない不安が、ケンカになった原因なのだろう。
「やっぱり僕たちダメなのかな。それだったらさっさと別れてもっと価値観が合う相手を探した方がお互いにとって良いのかも」
えっ?この件だけでそこまで思ってしまうものなのだろうか。実際には、二人の仲はあまり良くないのかもしれない。もしかして、これはチャンスなのか。以前は逃したが、上手くやればいけるかもしれない。恋は争いだ。つけこまれる奴が悪い。
って、俺は何を考えているんだ。落ち着け。ユウキはきっと混乱しているんだろう。そして、信頼して俺に話をしてくれた。それを利用していいのか。
ユウキの方を見ると、目を閉じていた。濡れた長いまつ毛は引力を放っているかのようだ。気持ちが欲望の方に惹き付けられる。どうするんだ、俺。わからない。
そうだ。
この前受けた心理学の講座で勉強したことが使えるんじゃないか。俺はセミナーの内容を一生懸命に思い出す。
俺が問題を解決しようとしない方がいいって言っていたっけ。それに相手が答えを見つける手助けをする気持ちで接するのが大切だって言っていたハズだ。じゃあ、そのために俺はどうしたら良いのか考えよう。
方向性が決まると心の揺れが穏やかになった。ユウキも瞳を開いて、俺のことを見つめている。
まずは'否定しないで、相手の気持ちを認める'だった。俺は言葉を選びながら話し始める。
「ソウイチロウと同棲のことでケンカしたんだ。ユウキが慎重になる気持ち、俺わかるよ。お姉さんのことがあったんだったらなおさらだ」
「でしょ」
ユウキはさっきよりもハッキリした声になった。どうやらこれで良かったみたいだ。さて、次はどうするか。自分の経験を上手く使った方がいいって言ってたな。
「ああ、俺も大学時代の恋人に'一緒に住もう'って言われた時、嬉しかったけど不安だったな。ただ、俺はその時若かったからさ。気持ちだけで行動出来た。結局上手くいかなかったけどね」
「そっか」
ユウキは'やっぱりそうなんだ'と言いたそうな表情になる。だが、同調は視点を変えさせるためのフリに過ぎない。
「とはいえ、同棲自体が上手くいかなかった訳じゃないんだ。むしろアイツと同棲して良かったと思ってる」
「何で?」
ユウキは身体を乗り出してきた。これでこちらの話を聞く体勢は出来ただろう。
「俺、他人と一緒に住むなんて自分には向いてないと思ってたんだよね。でも、住んでみたら案外上手く出来た。多分、やってなかったら今でも自分は同棲出来ないって決めつけていたと思う」
「へぇ。ケンカとかしなかったの?」
「もちろんしたよ。でも、その場合のルールを決めて上手く解決出来た。きっと相手も良かったんだろうな。それにさ、家に帰ると誰かが待っていてくれるって幸せなことなんだなって思った」
「ふぅん」
言葉の意味はわかるが、実感が弱いというところだろう。視点をソウイチロウの側にも移させた方が良さそうだ。
「その辺りは個人の価値観だけど。まあ、ソウイチロウが不安になるのもわかるよ」
「えっ、そうなの?」
「今のユウキの言い方だとソウイチロウはいつまで待てばいいのかわからないじゃん」
「うーん、そうかも」
半信半疑といったところか。もっと具体的に言った方がいいな。
「だから、今後の進め方を相談してみたらどうかな。ちょっとでも先が見えれば、安心出来るじゃん」
「うんうん」
やっぱり具体性が必要だったみたいだ。更に細かいアクションに落とし込んだらどうだろうか。
「あとは、上手くいかせるにはどうしようって視点で考えてみたらいいと思う。お互いが幸せになるために何が出来るか考えた方が楽しいだろ」
「そうだね。今日みたいに上手くいった経験を聞いた方が前向きになれる気がする。他にも聞いてみようかな」
「そうそう、その調子」
「ありがとう、シュウジ。話を聞いてもらって楽になったよ」
ユウキの顔に表情が戻っている。幸せそうな笑顔を見て俺も嬉しくなった。
「シュウジ、カウンセラーとか向いてるんじゃない?」
「そうか?」
「うん、シュウジって何を話しても受け入れてくれる感じがするから、ついいろいろ話せちゃうからさ」
「そうか」
「今日は遅くまで付き合ってくれてありがとう。終電も近いよね。行こっか?」
俺たちは会計を済ませると店を出て、駅で別れた。これで良かったのかはわからない。だが、心は満足感で満ちあふれているから、これが正解だったんだろう。でも、カウンセラーに向いているだなんて考えたことなかったな。まあ、そんな簡単になれるものじゃないだろう。でも、こんな風に感謝されるんだったら、もっと勉強してみたいかな。
今回、ユウキの手助けをしたようで、実際に教えられたのは俺自身かもしれない。
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