人並みの交差点、渡り損ねて シュウジ編1
四十才を迎えるシュウジとユウキ、マコトはゲイで友だち同士。長く付き合っている恋人がいるユウキ、遊び人のマコト、そしてマイペースで人付き合いが苦手なシュウジはいつもの通り三人で酒を飲みながらお互いの近況報告をしながら夜を飲み明かす。
朝、目が覚める。俺がボーッとしたままドアを開けたら、リビングにいたマコトが振り返った。ヤツはもう出掛ける準備万端といった格好だ。
「シュウジ、おはよう」
「おはよう」
「昨日の飲み、楽しかったよ。泊めてくれて、ありがとうな」
「ああ、そんな気にすんなよ」
マコトとは大学時代からの付き合いだが、こういう律儀なところは変わらない。ユウキも一緒に帰るんだろうか。俺はマコトに聞く。
「ユウキは?」
「まだあっちの部屋で寝てる。オレはもう帰んなきゃいけないから、後は頼んでいいか?」
「起こさなくても大丈夫なのか」
「'今日は仕事ない'って言ってた。お前も出掛けるなら起こすけど」
「まだいいよ。昨日、遅くまで飲んでたろ。寝かせとく」
「わかった。じゃあ、オレはもう行くな」
「ああ。仕事がんばれよ」
「サンキュ」
マコトは玄関に向かって歩いて行った。が、廊下に続くドアを前にして思い出したかのように振り返った。
「そういえばさ、お前に一個言っておこうと思ってたことがあったんだ」
「何だよ」
「ユウキ、お前のことタイプだと思うんだよね」
「はぁ?なんだよ急に」
「んー。だってさユウキ、けっこうエロい下着履いてたぞ」
「意味わかんね。つーか、いつどうやって下着なんてチェックしたんだよ」
「連れションの時、チラッと」
俺は思わずため息をつく。
「お前、バカだろ?」
「だってさ、友だちと遊ぶのに普通そういうの履かないじゃん。ユウキ、意外とムッツリだからさ。ちょっかい出したらイチコロなんじゃね。だから、あとはお前次第だ」
「アホか」
「やべぇ、無駄話してる場合じゃなかった。んじゃあな」
マコトはドアを開けて、さっさと部屋を出ていく。
ヤツを見送ってから、ユウキを寝かせていた部屋に行く。ユウキはまだ布団にくるまって寝ていた。穏やかな顔だ。コイツにマコトが言うような部分があるだなんてにわかには信じられない。きっとおちょくられたんだろう。アイツ、そういうところがあるからな。
ユウキはすぐには起きそうもない。俺はリビングに戻って冷蔵庫から牛乳を取り出し、グラスに注いだ。グイっと飲むと濃厚な味が身体に染み渡る。
さて、活動をはじめる準備をするか。俺は洗面台に行く。身だしなみを整えて、リビングに戻ったら奥の部屋から声がする。
「うぅん」
「起こしたか」
俺が部屋に入ったら、ユウキは猫のように身体を伸ばしていた。尻を頂点にして背中が曲線を作っている。ユウキはこちらに気が付いて立ち上がった。
「おはよう」
ワイシャツの下からは素足が見える。下はどうなっているんだろうか。思わず目を反らす。すると、スラックスがハンガーに掛けてあるのが目に止まった。
「ゴメン。シワになったら困るからハンガー借りちゃった」
ユウキは俺の目線に気が付いたのだろう。一言謝りを入れた。
「構わない。ところで、今朝は予定ないのか」
「うん。今日はお休みだから大丈夫」
「そうか。朝メシはどうする?たいしたものは出せないが」
「そんなの気にしなくて大丈夫だよ。飲み物を一杯もらえると助かるけど」
「牛乳でもいいか」
「うん」
俺がリビングへ向かうとユウキもそのままついてきた。俺はユウキのために手頃なグラスを探す。
「洗い物、増やしちゃ悪いからこれでもいいよ」
ユウキは俺の飲みかけのグラスを差す。
「お前が嫌じゃなければいいけど」
別に間接キスだの考える歳でもない。ユウキは残っていた牛乳を一気に飲み干した。液体が身体の中を通っているのがわかる。
「もう少し飲むか?」
俺は牛乳パックを持って、ユウキの方へ行く。
「ありがとう。でも、これで充分」
ユウキはグラスを置き、唇を舌で舐めて微笑む。
気が付いたら、ユウキは俺と身体同士が触れ合いそうな距離にいた。離れようとしたら、手の甲になめらかな生地の感触がする。ワイシャツのそれではない。俺はユウキの顔を見た。そしてーー。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
俺はベッドからガバッと身体を起こす。
そうだ、これは夢だ。六年前に初めてマコトがユウキを連れてきた。その日のことだ。
だが、実際には'ユウキと俺が密着'なんてことはなかった。ちょっとした雑談をして、またどこか遊びに行こうと約束をしてユウキは帰ったのだ。
そう、何もない。変化といえば、俺がユウキのことを妙に意識するようになってしまったくらいだ。
その後、二人だけで遊びに行ったこともある。だが、ユウキが俺に対して好意を持っているのか確信を持てなかったので、いまいち踏み込めなかった。そうこうしているうちに、ユウキはソウイチロウと付き合い始めたのだ。
何で、こんな夢を見たんだろう。昨日、ユウキと会ったからなのか。
それにしても、マコトのヤツ。俺を挑発するようなこと言いやがって。ユウキのことを変に意識するようになったのはそもそもアイツのせいだ。
結局のところ、本当のところはわからない。まさか本人に聞く訳にもいかない。俺の性格的に無理だ。でも、そんなことができるんだったら、違った展開があったのかもしれない。
ったく。未だに夢に見るということは潜在意識がもったいなかったと思ってるのかもしれない。俺、未練がましいな。自己嫌悪が身体にのしかかる。
とはいえ、考えていても仕方ない。俺はベッドから身体を起こす。
つもりだったが、身体を支えきれずに再びマットレスに沈み込む。あれ、おかしいな。俺、どうしちまったんだろう。
そういえば、身体が燃えるように熱い。喉の奥から何か込み上げてくる気配もする。頭はガンガンとハンマーに殴られているかのようだ。
ヤバい。どうやら、風邪でもひいてしまったようだ。土曜日でやっている病院は近くにあっただろうか。仮にあったとしても、一人で行くのは難しそうだ。
ユウキはソウイチロウと一緒だろう。マコトは今日、仕事だと言っていた。他に頼れそうな友だちなんていない。孤独死をする人間はこんな感じなんだろうか。
いや、まだ死ぬ訳にはいかない。やっぱりユウキに連絡するか。それとも、他に頼めそうなヤツはいないか。上手く回らない頭で記憶をたどる。そうだ、ひとりいた。アイツだったら大丈夫だろう。
俺はベッドから手を伸ばして、机の上に置いていたスマートフォンを取り、アイツにメッセージを送る。
※四十過ぎたら終わってる?いいや、戦い方を模索するマコト編はこちら
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