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ミスタードリラーが生まれるまでの話 第3回「2Dゲームへのこだわり」

ポリゴンを使った3Dゲームがメインストリームとなり、2Dゲームは古くさいゲームとして時代の流れに取り残されていった。

ファミスタ’94は「初心に戻ってシンプルファミスタ」というコンセプトの元専用ゲームモードを作らなかったことや、先輩方のフォローのおかげもあって、無事発売することができました。


タイトル画面やメニュー画面のドット絵を描かせてもらったり、巨大水族館を球場に見立てたオリジナルスタジアムを作らせてもらったりしました。(ボールがぶつかってガラスが割れたらやばいだろ普通!笑)
その後もチームではスーパーファミコンを中心にスキーゲームやサッカーゲームを制作していたのですが、ある時3Dゲームの波が押し寄せます。
みなさんご存じPlayStationです。

ナムコはリッジレーサー、鉄拳の移植を皮切りに本格的にPlayStationに参入することになりました。組織変更によって、プロジェクト制から職種別の職能制となり、ファミスタチームも解散となりました。

企画部で主に学んだのは、面白さの「コア」という考え方でした。
コアを捉えている良い企画は、そのゲームの面白さを短い文で端的に表現でき、全体の仕様も、そこからリンクをつなげるようにして作っていけるという考え方です。企画書に色々と説明を足したくなるのは、企画者自身が面白さの「コア」を捉えられていないから、なのだそうです。

確かに企画に自信がないと不安になって説明ページを追加したくなります。追加することで冗長になり、さらに分かりにくくなるという悪循環に陥ってました。

とはいえ、実際に面白さの「コア」を捉えるのはかなり難しく、話している内に抽象的、表層的な「言葉遊び」になりがちでした。

ただ、ベースにこの考え方があったおかげで、ミスタードリラーで自分が表現したい「面白さのコア」とは何なのかを突き詰めて考えられたのではないかと思います。

先生、2Dゲームが作りたいです…

そんな中、リッジレーサーシリーズ第3弾として「RAGE RACER」プロジェクトが始動しました。

自分はプランナーとしてアサインされました。認められたことは嬉しく、任された仕事は頑張ろうと思いつつも、心の底では「自分が本当に作りたいのは3Dゲームじゃなくて、マッピーやディグダグみたいな80年代ナムコ的2Dゲームなんだよな…」という鬱屈した想いを抱えていました。

なぜそこまでナムコ的2Dゲームに強く拘っていたのか?10代の頃に大好きだったナムコへの「こうあって欲しい」というイメージが強すぎたのかもしれません。時代と共に変わって行くことを素直に受け入れられない自分がいました。特に3Dゲームの「奥行きでコリジョンを判断するもどかしい感じ」がどうしても好きになれませんでした。

チームの皆さんが素晴らしい仕事をする中、自分はウィルマインド欠乏状態だったので、パフォーマンスもあまり発揮できてなかったと思います。RAGE RACERの仕事の傍らで、いつしか自分が本当に作りたいゲームについて妄想するようになりました。


つづく



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