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オランダ教育実践「オランダの体育授業が凄すぎる!体育嫌いがゼロになる理論とシステム」

日本の教育を変えたい、より良くしたいと意気込みオランダへ移住してもうすぐで2年になります。オランダの学校で働く一教師として二人の子をもつ親として、そして一市民として、今ようやく自信をもって日本へ提案できる事が2つあります。

一つは、オランダの学校で行われている体育を紹介します。日本の体育の授業の在り方をガラリと変える可能性を多いに秘めています。体育やスポーツ、身体を動かす事が好きな子どもや大人を一人でも増やしたいです。

もう一つは、公立の語学学校(タールスクール=その国の母語を集中的に学習するための小中高学校)を日本に作りたいです。これについてはいずれ記事にします。日本で生活する外国籍の児童生徒の学びの保障のための素晴らしいシステムです。日本語習得が不十分なため進学も就職もできず「家事従事」という形で卒業していった多くの生徒を見てきた私自身としては、いずれ必ず何かしら形にしたいと考えています。

動きをベースにしたオランダ体育とは

今回は体育授業にもオルタナティブな発想が必要だと思いオランダ体育についてお話します。というのも世界にはモンテッソーリ、イエナプラン、シュタイナー、ダルトンなどのオルタナティブ教育というものは存在します。現在日本の教育界ではイエナプランが話題になっており、これまでの画一一斉的な教育の在り方ではなく、子どもの学びを大切にしたこれまでの教育に取って代わる教育という事で注目を集めています。しかし体育の授業に関しては、未だに画一一斉の軍隊的で非民主的な体育が主流です。その結果残念ながら体育が好きな生徒と嫌いな生徒の二極化が生まれてしまっています。最近のとある調査では小学校の嫌いな教科で算数、国語に続いて第3位に体育が来ているそうです。一方オランダでは、嫌いな調査ランキングは存在しませんが、私や同僚の受け持っている生徒の中で体育が嫌いと答える生徒はほぼゼロだと思います。もちろん種目やスポーツの好き嫌いはありますが、体育という教科を嫌いと答える生徒はやはりいないのではないでしょうか。それではそんなオランダのペダゴジカルな体育授業を紹介します。

オランダでは日本(実際にはほとんど国)で行われているような種目ベースの画一一斉的な体育の授業スタイルをクラシックスタイル(=体育教師が授業の中心となり、一回の授業で1つの種目のみを学ぶ形)と呼んでいます。それに対して私がこれから紹介するスタイルがオランダ体育のスタンダードという認識です。さらにそこに同僚のパトリックが授業をする上で大切にしている教育哲学やOPAモデル理論という教育理論を付け加えたものをオランダ/パトリックスタイルと呼んでいます。

オランダでは約30年前にズウォレ市にあるCalo(体育教師養成大学)の考案で、これまでの画一一斉的で軍隊的で非民主的な体育授業に代わる新しい体育授業の形として現在のスタンダードスタイルが近隣小学校から実験的に始まり徐々に広がりを見せ、そこから全ての小学校に定着し、さらにここ10年くらいで中高学校にも定着するようになりました。日本でも10年後20年後に私が今から紹介するペダゴジカルな体育がスタンダードになったら良いなと期待を込めて記事を書いています。

以下、簡単に授業の型について整理をすると、
〇クラシックスタイル(画一一斉型)
〇オランダ/ペダゴジカルスタイル(1回の授業で3~4つの動きを学ぶ、選択肢がある、子どもが自立する、専門家によるレッスン)
オランダ/パトリックスタイル(ゴール設定をしない、比較をしない、失敗が存在しない、子どもが授業をアレンジでできる、OPAモデル理論)
私自身はこのような認識をしています。それでは実際にどのようなものなのかを紹介します。

オランダ/ペダゴジカルスタイル

動きを学ぶ

下の資料を見てもらうと分かるように子どもが学ぶ動きをかなり細かく示してあります。子どもが動きを学ぶために種目があるので、実際に取り扱う運動や遊びは本当に多種多様です。どのように学ばせるかは決まっていないので「どうしたらこの動きがやりたくなっちゃうかな?」と想像し考え、子どもを観察し活動を決定します。日本の場合は学ぶべき種目や遊びの型が先にあって、種目を通じて動きを学ぶので、オランダとは逆の発想かなと思います。実際に動画や写真を見てもらいたいですが、子どもの顔が映ってしまっているので、本記事内ではインターネット上で公開されているものでイメージしてもらえたらと思います。個人的に連絡を頂いた方には動画や写真を共有する事が可能です。

オランダの体育学習内容
バランス遊び


揺れる動き


子どもに人気のパルクール(登る、走る、跳ぶ、バランスなど)
パルクールと高跳びを融合させた遊び

1回の授業で複数の動きを学習する

ここが日本の体育の授業と最も違う点です。オランダでは一回の授業で基本的に3つの動きを学習します。従って教師は3つの活動の場所を用意します。つまり、同じ授業内で子どもたちはバラバラの活動を行います。例えば鬼ごっこ、揺れる、パルクールであれば、以下のように場をデザインします。

オランダ体育授業基本デザイン

また、オランダでは子どもが地べたに座るという事がなく、体育であれば体育館に必ずベンチがあり子どもはベンチに座り説明を聞いたり順番を待ちます。教師はベンチで活動場所を区切ったり、順番を待つための場所を作ります。そのため体育教師のベンチの配置センスは重要です。

パトリックからは「子どもがベンチに座るという事は教師と目線が同じになって、そこに立場による違いが生まれにくく平等である事を表わしているんだよ。」と聞きました。また「地べたに長時間座る行為はおしりや腰が痛くなるし、あの姿勢って健康上あまり良くないのでは?」と言われました。そんな所からもオランダの民主的な発想を見る事ができます。日本の体育館にはベンチがないので、日本でワークショップをする際には音楽室にある合唱台で代用できないかなと考えています。

グループレッスンかフリーレッスン

活動の方法には2つあります。3つのグループを作り、時間で区切りローテーションをしていくグループレッスンか、子どもがどの活動に参加したいかを自分で自由に決めることができるフリーレッスンがあります。基本的にはグループレッスンを行いますが、活動の内容やクラスの雰囲気を教師が見てフリーレッスンでも大丈夫そうならフリーレッスンにします。

専門家によるレッスン

この通常の授業に加えて、定期的に専門家による特別レッスンも行われます。「Breed School Utrecht(幅を広げる学校)」という組織がユトレヒト市にある全ての学校と連携しており、その主な活動の一つとして子どものもつ可能性を刺激したり、広げたりするという活動があります。その活動に協力する形でユトレヒト市が組織する「SPORT UTRECHT」から専門家が学校に派遣されてくるのです。レッスンの種類は豊富で、柔道/サッカー/テコンドー/キックボクシング/冒険活動/陸上競技/レスリング/フラッグフットボール/劇/ミュージックなどがあります。この特別レッスンで興味をもった子どもは、授業後にあるクラブ活動に参加する事も可能です。オランダの子どもは授業後に「Sport Utrecht」が運営する公的なクラブ活動やその他様々な習い事に参加しています。一つのスポーツだけを習っている子どもは少なく、サッカーと水泳、そこにピアノや冒険クラブなど複数のクラブに参加している場合が多いです。

陸上の専門家による特別レッスン
Sport UtrechtとBrede Schoolの役割図

この4点がいわゆるオランダ体育授業のスタンダードスタイルです。
・動きを学ぶ
・一回の授業で3つの動きを学習する
・グループレッスンかフリーレッスン
・専門家によるレッスン

私自身がこのスタイルで良いなと思うのは、動きに注目するという事は子どもをよく観察する必要がありますし、すごく自由度が高い授業ができます。学ばせる動きさえ外さなければある意味何をやってもよい。非常にクリエイティブな授業が提供できるので子どもたちは毎回の授業をすごく楽しみにしています。

授業の中に選択肢があるという発想もこれまでの私にはなかったので初めて見た時は衝撃的でした。その日に行う種目が苦手な種目だった場合、その時間はその子にとって辛い時間になる事は想像に難しくないですが、もしそこに選択肢があればその子どもが楽しい気持ちで過ごせる可能性が高くなりますよね。

オランダでは30年以上前から非軍隊的でより民主的な体育授業の在り方について模索し、現在のこの形に行きつきました。日本もそうですが体育授業というのは元々軍隊の訓練や鍛錬から派生してきており、身体をより丈夫に心身を鍛え能力をより高めるためという意味合いが未だに強くあります。他の国の体育授業について調べたところ、ドイツやスペイン、イギリスでも運動能力をどのように高めていけるかを重視したトレーニング要素の強い体育授業をしていました。このような点からもオランダ体育授業の在り方が非常にユニークな立場にあると考えられます。

SPORTとは語源として「仕事以外の楽しみごとである」という意味があり、オランダの体育では正しく楽しみの部分をすごく大切にしているなと感じます。また、オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」の影響もあり、オランダ社会全体で遊ぶことの重要性がすごく浸透している事もこのようなスタイルが受け入れられた背景にあるのではと考えます。

子どもが自立する

活動場所が複数あるため教師は一つの活動に留まることができません。そのため子どもは自分たちでルールを確認したり調整したり、何かあれば自分たちで問題を解決する必要があるので自立せざるを得ないです。とは言え、実際には教師は全ての状況を基本的には把握できる場所に立ち、子どもたちを観察しているので、何が起きているのか何が起きたのかは把握しています。しかし緊急時(誰かが大怪我をしたり殴り合いのケンカが発生したり)以外は敢えて助けに行かないという事をして子どもの自立を促しています。

オランダ/パトリックスタイル

以上のオランダ/スタンダードスタイルにパトリックの教育哲学とOPAモデル理論を付け加えたものをオランダ/パトリックスタイルと呼んでいます。

スタートは子どもから、ゴールは存在しない。比較しない。失敗は存在しない。

例えば前転の授業をするときに、子どもは回転動作を学びます。パトリックの授業ではそこにいわゆる前転という技(ゴール)は存在せず、身体を回転させるという動きだけが存在します。パトリックは子どもたちが安全に楽しく前転ができる場だけ用意し、子どもは自分なりの回転運動を行います。横に回転する子、斜めに回転する子、ゆっくり回転する子、速く回転する子、きれいに回転したい子、回転の後にスパイダーマンの真似をしたり、彼らが表現する回転はとにかくたくさんあります。そしてとにかくパトリックは子どもを褒めます。「かっこいい!」「その発想は〇〇らしいね!」と。しかしパトリックがこの前転が正解だよと導くことはありません。子ども一人一人が考える回転、自分の居心地が良いと思う感覚を大切にしています。ゴールが存在しないという事はそこに失敗も存在しません。失敗が存在しないと子どもは当然失敗という概念がないので、どんどん挑戦します。教えていなくても前方宙返りをしたり、そこにひねりを加えた技を勝手に開発する子どもも出てきます。だからと言ってそれがすごいからみんなもやってみようと促すのではなく、その子がそこに至った過程を褒めています。

オランダで一般的な前転練習の場(台、板、トランポリン、セイフティマット)

またオランダでもシャトルランを年に1回行います。意外と子どもからは人気で、パトリックが今日はシャトルランをしますと言うと子どもはすごく喜んでいました。ただ授業の始めに「これは強制ではないからやりたくない人は参加する必要はありません。」と伝えていました。受け持っている全クラス(合計250人程度)で実施しましたが、不参加だったのは体調不良だった2人の女の子だけで、それ以外の子どもは全員参加していました。パトリック曰く「強制すると反発してやりたくないって言う子どもが出てくるけど、これは強制じゃないよ、やりたくないならやる必要はないからねって言うと大体みんな一回はやろうってなるんだよね。人間って不思議だよね。俺ならそれでもやらないだろうけどね、ハハハ!」と100㎏の巨漢を揺らしていました。

パトリックはさらに「これは他人との競争ではなく、自分の体力や身体の事、特に走り終わった後の身体の変化や反応について学ぶために行います。」とかなり協調して子どもに伝えていました。実際子どもが走り終わった後「走る前と後でどんな体の変化があった?」と質問をすると「心臓がすごく速く動いている。」「みぞおちが痛い。」「顔が赤くなった。」「汗が出ている。」「息がしにくくなった。」などの声があり、その理由を尋ね返したり、何故そうなるのかを答えていました。日本だとどれだけ走れたかという記録や数字のみに関心が行きがちですが、自分に関心を当てさせる事で、他人との比較がなくなり、そこに優劣が消え、純粋に自分と向き合いシャトルランという種目を楽しんでいる子どもの姿がありました。

シャトルラン以外の選択肢も用意してある

またオランダ国内でも体育の授業を通じて子どもの能力を高めるという考えをもつ人や組織というのは一定数存在しますが、パトリックはそれに強く反対しています。

「確かに体力テストなどを行えば、その国の子どもの平均的な数字は見えてきて、その時に何を教えればよいかは見えてくるかもしれない。ただ、教育に平均なんてものは存在しない。ゴールも存在しない。平均やゴールが存在することによって、その年代年齢でやらなければいけないステップが生まれてくる。すなわちそれはそのステップをクリアできる事が成功という事になり、それが出来なければ失敗、出来ない子どもは劣っているという発想が生まれてくる。その発想は工場的だし会社的な品質管理主義的な発想であって、子どもは商品でも物でもない。答えがあるとするなら、それは一人一人の子どもが持っている感覚であって、スタートは常に子どもからなんだよ。その子どもが持つ感覚を大切にしながら成長を助けるのが教師の役割だと思っているよ。」とパトリックは言います。

生徒が授業をアレンジできる

パトリックの授業では子どもがルールや物の配置などをアレンジできます。例えば、鬼ごっこでは参加人数やタッチされたときにルール(1回タッチでアウトなのか、復活ができるのかなど)や、パルクールではブロックの配置を変えた方がもっとスリリングになるなどをパトリックに提案して、危険でなければ採用されます。このように子どもも授業作りに参加できる事で、子どもが主体的に授業に取り組むきっかけになるなと感じます。

最近知り合い(大学准教授)がGIGAスクール構想の正しくGIGAという言葉を作った方とお話をする機会があったようです。そこでその方が仰っていたのが、GIGAスクール構想の柱として児童生徒へ一人一台タブレットを配布したが決してICT教育を進めたいわけではなく、本来の目的は「学びのイニシアチブを教師から子どもに渡すため」であると。その言葉を聞いて自分の中にあるもやもやした気持ちが確信に変わりました。このオルタナティブ体育こそ今の時代に必要なあるべき体育の形であると自信をもつ事ができました。正しく子どもが中心にいる授業がそこに存在します。

OPAモデル理論

実際の授業ではこのような概念的な考えだけでなく、OPAモデル理論というズウォレ市にあるCalo(体育教師養成大学)の教授陣(Chris/Jaap/Theo)が考案した実践的な理論にパトリックの教育哲学を落とし込んで授業を行っています。以下OPAモデル理論についても紹介します。

OPAモデル理論

Omgeving(環境)、Personen(人)、Activiteiten(活動)という3つの観点で授業を構成し振り返りも行います。パトリックが作成したOPAモデル理論についてのYouTubeです。全てオランダ語ですが、動画もいくつかあるので参考になればと思います。

OPAモデル理論を説明するパトリック

https://youtu.be/k_tXtF2CjfE

Omgeving(環境)

3つの活動を同時に行うので環境の観点はすごく大切です。活動の配置場所やコートの広さ、子どもをどこに座らせるのか、待機場所として使うベンチの配置や導線などを考えます。使うボールの素材や大きさ、柔らかさなども年齢に応じて考慮します。特に安全面への配慮はものすごく大切にしており、子どもが安全に安心して遊びに夢中になれる環境、場づくりにはかなりこだわっています。ラマダンやクリスマス、シンタクラウスなどのイベントがある時には子どもたちが落ち着かなくなる傾向があるので、自立型の活動を増やし対決型の種目を減らすなどの工夫も行います。

Personen(人)

Personen(人)については、分かりやすく言えば信頼関係です。教師と子ども、子ども同士の関係性も活動の質に関わってきます。特に私とパトリックが大切にしているのは「心理的な安心感」です。全ての子どもがありのままで自分らしくいる事ができる雰囲気や空気感を大切にしています。ただし実際の授業の中では当然さまざまな問題が起きますが、パトリックは一つ一つ丁寧に問題解決に向けて向き合っているなという印象です。現在私が勤務している学校がオランダで一番初めにVreedzame School(ピースフルスクール)を導入した学校であり、パトリックもそのVreedzame Schoolのコーディネーターであるため、シチズンシップ教育、問題や対立の平和的解決への取り組みに力を入れています。そんな事もあり高圧的な態度で子どもに接したり、教師という立場を利用して権威を振りかざしたりする事もありません。ピースフルスクールについてはいずれまた記事にします。これだけでも十分に一冊の本にできるくらいのものです。

Activiteiten(活動)

全ての参加者が楽しむことができるようなルールや場の設定の変化を大切にしています。例えば鬼ごっこでは自分が何回タッチされたらアウトになるのかを子どもに決めさせたりします。足の速い子は1回タッチされたらアウト、走ることにあまり自信のない子は3回タッチされたらアウトというように、難易度を自分自身で調整させます。

ビーチフラッグのような競争種目でも、いわゆる勝ち残りルールにすると「勝つ」という要素が大きくなりすぎるので、1回対決をしたら2人とも入れ替わるルールにして勝ち負けが活動の中の重要な要素でないようにします。ただしスタートの位置を5か所程度用意して、接戦になるように自分たちでスタートの位置を調整させて、よりスリリングな状況を生み出させるような工夫もします。

ビーチフラッグではスタートの位置を自分たちで調整できる

このようにその運動が得意な子どもも苦手な子どもも、なるべくみんなが楽しめるような工夫をかなり意識して行います。だからと言って、例えばサッカーである子が点を決めたら3点のような事はしません。運動苦手だからと明らかに気を遣われているような配慮の仕方ではなく、自分の意志で自分の考えで調整もできるという配慮です。運動本来の楽しみやダイナミックさは失わないけども、全ての参加者が楽しむことができるような繊細さを併せ持っています。

実際の授業では、このOPAモデル理論に照らし合わせながら授業を構成し、子どもの活動の様子やクラスの雰囲気などに応じてルールや場の設定を微調整しています。

まとめ

オランダに移住してオランダの体育を見るまで、非軍隊的で民主的な体育授業を見た事がなかったというよりは、体育の授業を民主的にするという発想すらもありませんでした。私自身日本で10年間保健体育教師として研究論文を書いたり、さまざまなワークショップへ参加したり、他の先生方の授業を見に行く機会も多々ありました。多くの書籍や文献も読みましたが、結局最終的に私は「競争原理」を使った授業をしていたなと思います。それは私だけに限らず多くの日本の先生方にも当てはまるのではないかと思います。また授業だけでなく学級経営や部活動指導にも言える事だと思います。学校活動のあらゆる場面で知らず知らずのうちに勝者と敗者を作り出し優劣や失敗を生んでしまっているのではないかと思います。

この授業のスタイルだと何よりも本当に子どもが楽しそうです。子どもたちが輝いています。みんな体育が大好きです。それが全てを物語っています。だからこそ本当に素晴らしいこのオルタナティブ体育「オランダ/パトリックスタイル」を日本の体育授業のこれからのスタンダードにしたいです。

実際に日本でこの形をそのまま導入する事ができるのかどうかは現時点では分かりません。日本では「評価評定」という壁が存在するからです。それは十分に理解しています。特に中学校高校では評価評定をどのように扱っていくのか、そこが大きなポイントになるでしょう。ただその点については今後色々な方と意見を交換していきたいです。

7月上旬から8月上旬にかけて日本に一時帰国をする予定です。すでにいくつかの自治体や大学からワークショップ形式の講義の依頼を頂いておりますが、もし興味がある方がいらっしゃれば連絡をください。少しずつ輪を広げていけたら嬉しいです。心から素晴らしいと思えるものに出会えて、これがまず自分が日本の教育のためにできる事だと思うと非常に嬉しいんです。どのような形どのようなタイミングで世に出そうか考えて、悩みながらもワクワクしながら書いたこの記事がより多くの方へ届くことを願っています。そして少しずつ日本の体育が民主的になり、一人でも多くの子どもが幸せになってくれる事を願っています。

オランダ語の大通詞であり蘭方医の医者だった楢林鎮山(ならばやしちんざん)と杉田玄白で有名な解体新書

日本とオランダ両国の歴史的な繋がりは深く長いです。その脈々と繋がっている道筋に現在「教育」という新たな繋がりが生まれています。微力ではありますが、私も何かしらの形で日本の教育に貢献したいという想いを込めてこちらの画像を使わせて頂きました。できるだけ多くの方にこの記事が届くようにシェアして頂けると嬉しいです。宜しくお願い致します。

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