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Premiata Forneria Marconi / Ho Sognato Pecore Lettriche(I Dreamed of Electric Sheep)

Premiata Forneria Marconi素晴らしいパン屋マルコーニ、通称PFMの新作。1970年に結成され、イタリアンロック黎明期から活動するイタリアの国民的バンドであり、70年代のプログレッシブロックムーブメントの中で非英語圏のロックバンドとしてはかなり早い段階で世界的名声を勝ち得た伝説のバンドです。本作は4年ぶり20作目のアルバム。

昔はイタリア語盤と英語盤を別に制作していましたが、本作は英語盤とイタリア語盤のカップリング。英語盤がDisc-1でイタリア語盤がDisc-2です。前作(Emotional Tattoos)もこの形態でした。おそらくバックトラックは同じでボーカルトラックのみの差し替えでしょう。基本的に、母国語で歌った方が情感が増すことが多いと感じているので今回はDisc-2(イタリア語盤)を聴いてみたいと思います。ちなみに、欧州ではこういう「バックトラックが同じで言葉だけ違う」バージョンが昔からけっこうあります。古くはビートルズもドイツ語シングル(「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」をドイツ語で歌った「Komm, Gib Mir Deine Hand」など)を出していましたし、ピーターガブリエルも3rd、4thをドイツ語でリリースしています。最近だとスウェーデンのOpethがIn Cauda Venenum(2019)を英語盤、スウェーデン語盤でリリースしていましたね。やはり言葉が違うと音楽の響きが違い、新鮮です。

本作のタイトルは「Ho Sognato Pecore Lettriche私は電気羊の夢を見る」。ブレードランナーの原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」にインスパイアされた作品だそうです。

「新しい作品を生み出すプロセスは、常にアイデアと創造性を共有することで成り立っています。今回のアルバムでは、パトリックと私がリズムセクションを担当していますが、私たちはとても相性がいいので、うまくいっています。私たちに共通しているのは、SF映画に対する大きな情熱です。以前、私たちは多くの映画を一緒に見ましたが、そのひとつが名作『ブレードランナー』です。その映画の中のある質問が、私たちの心を揺さぶりました。“アンドロイドは電気羊の夢を見るか?” それは本当に考えさせるものでした。

世界は私たちの周りで変化し続けています。コンピュータは私たちの生活のあらゆる側面を支配しています。新型コロナウイルスはこのプロセスを加速させるために多くのことをしました。自宅で仕事をする人や、学校に行けずにバーチャル授業を受ける子供たちなど、誰もが急速にアンドロイド化しているように見えます。一人一人が自分の中に閉じこもってしまい、他人と接することができなくなってしまったのです。主な原則は、社会的な接触を避けることでした。これは、ブレードランナーのメインシーンのひとつである、アンドロイドが母親のことを聞かれるシーンを思い出させました。もちろん、アンドロイドは機械である以上、自分の家族が誰で、どこから来たのか、そのような記憶や個人的な経験を持つことはできませんでした。

ここから、今回のアルバムのコンセプトが生まれました。

私たちは、人々が想像力を働かせる力を信じています。これこそが、人間とアンドロイドの違いだと思います。夢を見ることができるということは、あなたの人生、創造性、思考に影響を与えるのです」

ヴォーカル/ドラムのフランツ・ディ・チョッチョのインタビューより

ここのところ、イタリアンロックが好調です。マネスキンの躍進に影響されたのでしょうが、明らかにロック的な音像を持ったBlancoも本国で大人気。そうしたイタリアンロック界の大御所と呼べるPFMも新譜を出してきました。それでは聞いてみましょう。

活動国:イタリア
ジャンル:プログレッシブロック
活動年:1970-
リリース:2021年10月29日
メンバー:
 Franz Di Cioccio – drums, percussion, lead and backing vocals (1970–present)
 Patrick Djivas – bass, programming (1974–present)
 Marco Sfogli – electric guitar (2015–present)
 Lucio Fabbri – violin, keyboards (1979–1987, 2002–present)
 Alessandro Scaglione – piano, Hammond, Minimoog, keyboards (2012–present)
 Roberto Gualdi – additional drums (1999–2002, 2011–present)
 Alberto Bravin – additional keyboards, lead and backing vocals (2015–present)

総合評価 ★★★★☆

「大人のロック」というものがあるとすれば、僕にとってはこういう音像が好ましい。前回の来日公演は「大人のロック」の殿堂の一つビルボードライブ(もう一つはブルーノート)でライブを開催していたが、まさにそういう場所で聴いても感動しそうな、しっかりした劇場とかホールで聴きたい音楽。とはいえ落ち着いているだけではなくきちんとロックとしてのエッジも残っている。メンバーチェンジが結構あるバンドで、ギタリストが若手でハードロック系なのもよいのだろう。ところどころにハードロック的なリフやソロが出てきて、ギターにエッジがある。70年代から在籍しているベテラン組が伝統を守り、新たに参加した若手組が新鮮なエッジを持ち込む。ジャンルは違うがジャーマンメタルのRageやU.D.O.,のような「若手のエネルギーを取り込んで音像のフレッシュさを保つ」ことに成功している。まぁ、この二ついのバンドはまだ若いから、比べるならNYのブルーオイスターカルト(BOC)の方が適切かな。BOCも落ち着いた、ベテランならではの風格とフレッシュさが同居する素晴らしいアルバムを昨年リリース。今回のPFMはもう少しポップ寄りというか、イタリアではメインストリームのど真ん中にいる国民的バンド(商業的成功も収めている)ので、より大衆向けで聴きやすさがあるので、個人的嗜好のど真ん中からは外れるのだけれど、やはりベテランの風格と若手・中堅のフレッシュな感性が入り混じった素晴らしい作品。一部マニア、従来の固定ファンだけに閉じられていない現役感、魅力がある。あと、普通にワールドミュージック、非英語圏のポップス/ロックとしても良作。やはりイタリアは良い。音楽的蓄積、音楽文化の深さを感じる。

イタリアンロックについて、過去に書いた記事はこちら。

1. Mondi Paralleli (Italian version) (03:19) ★★★★

クラシカル、室内楽的なやや小編成のオーケストレーションからそのままバンドサウンドが融合してくる。ドラム、ギター、ベースが入ってくる。ピッコロのように聞こえたがゲストではなくキーボードなのだろうな。7人編成なので、まさに小編成のオーケストラ。けっこうギターがエッジが経っていて、ハードロック的なディストーション、質感がある。イントロのインスト。軽快で勇壮、幕開け。

2. Umani Alieni (Italian version) (04:53) ★★★★☆

タメにある、緩急が効いたトラック。イタリア語のロックバラード。声の低音が魅力的。ボーカルの歯切れの良さにはややブラジル的というか、MPB的な展開も感じるが、コード進行はイタリア的。カンツォーネというか、オペラなどの「クラシックの歌モノ」的な、美しく整然とした和音構成、流麗なメロディが流れていく。途中からフュージョン的ななめらかな間奏。とはいえ、極度にレイドバックしておらずロックバンドとしてのエッジ、熱量は保っている。そもそも熱狂するようなバンドではなくどこか理性的、抒情的な雰囲気は常にあるバンドだが、根っこにイタリア的な情熱的な歌い方というか、感情を動かす表現が沁みついているのだろう。

3. Ombre Amiche (Italian version) (04:06) ★★★★

落ち着いたバラード、シンセの音がフレーズを奏でる。メロウな、イタリアンポップスというか、ロック的な響き、バンドサウンドは残っているもののそれほどエッジは立っていない落ち着いた大人のロック。キーボードの音色やフレーズは70年代プログレ組というか、PFMのシグネチャーサウンド。少し霧に包まれたような音像。幻の世界。

4. La Grande Corsa (Italian version) (05:01) ★★★★☆

明るいコード進行に、カラッとしたハードロック、ギターリフが入ってくる。そういえばイタリアも観光大国だし、ビーチといえばビーチだな。あまりPFMにそういうイメージはないけれど。ただ、イタリア音楽には基本的に陽気、陽性のバイブがある気はする。そうした陽気な面が前面に出てきた。途中からの音程、ボーカルの浮遊、各楽器の絡み合い、何気ないようでベテランならではのハーモニー。細かいリズムの組み合わせなど手が込んでいる。リラックスというか、余裕をもって演奏しているが研ぎ澄まされたスリリングさも残っている。

5. AtmoSpace (Italian version) (04:23) ★★★★

シンセの音がバッキングで続く中、ボーカルが入ってくる。テンションがかかった音程。シンセミュージック的な、ニューエイジ、アンビエント的な雄大さ。かなり少ない音数の中で展開していく。やや緊迫感のある浮遊した音像と、ピアノのバッキングが入り落ち着く、包容力のあるパートが交互に展開されていき、浮遊と着地を繰り返していく。かなりゆったりした展開。ちょっとした異質感がある曲。ラジオとかでも流れそうな耳障りの良さだが、少し奇妙な感触、プログレ感は残っている。

6. Pecore Elettriche (Italian version) (04:09) ★★★★☆

動き回るベース、ビートはあまり跳ねていないが、少しファンキー、ともいえるか、、、それよりはジャズだろうか。ベースとドラムが良く動き、ボーカル、キーボード、ギターがその上でビロードのように広がる。全体的には爽やかな音像。そういえばビルボードライブでライブやったんだよな、PFM。そういう大人のバンド。そういえばちょっとスティーリー・ダンっぽさもあるなこの曲。ああいうものすごく一音一音研ぎ澄まされた感じ、ではないが。曲構成だけ。もうちょっとこちらは勢いに任せている。お、途中からハードロック的なソロが出てきた。ギタリストがけっこうハードロック野郎だな。ギタリストのMarco Sfogliは41歳、2015年参加でまだ若手。ジェームスラブリエ(ドリームシアターのボーカル)のソロバンドでも弾いているらしい。プログメタルというかハードロック畑のギタリスト。なるほど。

7. Mr. Non Lo So (Italian version) (03:48) ★★★★☆

ちょっと弾むような、スキップするような軽やかなポップ曲。とはいえバンドアンサンブルは複雑に絡み合っており、プログレ感、ジャズロック感もある。大人のロックだけれど、スリルもある。落ち着き切っていない。間奏とか、どこかで必ずプログレファンが溜飲を下げるような瞬間を盛り込んでいる。バイオリンとギターソロの絡み合い。だんだんとテンションが上がっていき、後半はスリリングになっていく。PFMはバイオリンがいるロックバンドといえば真っ先に名前があがるであろうバンドの一つ。さすがのアンサンブル。

8. Il Respiro Del Tempo (Italian version) (06:19) ★★★★☆

ドローン音、その上にボーカル、ちょっとインド的なスタート。音程もちょっと揺れているというか、思い切りヒンドゥースケールなわけではないのだけれど、ちょっとアジア、インド的な感じ。シタール(っぽい)フレーズも入ってくる。ああ、これは完全にそっちだな。ドラムがちょっとインダストリアル感がある。ボリウッド感とUKサイケが織り交じったような曲。フランスは移民大国だけれどイタリアはどうなんだろうな。調べたらそれなりにいるらしい。そうこうしているうちに音像が変わり、いかにもPFMらしい、ゆったりとした抒情的なプログレに。おお、この中間部は70年代PFM的というか、このバンドならではの音像。静謐な田園地帯を想起させつつBGM、耳障りの良さだけで終わらないフックがあるのがこのバンドの特徴であり、穏やか中にスリリングなパートがある。シンフォ系プログレの一つの金字塔とも言えるバンド。このアルバムをたとえばビルボードライブで見ていたとしたら、この曲ではテンション上がるなぁ。

9. Transumanza (Italian version) (01:07) ★★★★

急にファンキーな世界観に。ちょっとお口直しというか、スリルを増す感じ。次の曲のイントロ的。アンコールのスタートか。

10. Transumanza Jam (Italian version) (03:39) ★★★★☆

前の曲から引き続いてスタート。ジャムセッション的というか、ギターのカッティングの上にキーボードが乗る。そもそも全員プレイヤー(ボーカルはドラムと兼任)なので、全員楽器を弾きまくることもできるんだよね。これはアンコールの最後、というか、インストで各楽器が見せ場を作る、楽器隊でスリリングな演奏を見せて盛り上げて終わる曲だな。ジャズロック、今までで一番音像的にはスリリング。ハードロック的なエッジはないが、音の緊迫感は高い。キーボードがせめぎあい、ドラムが踊る。ギターソロも出てくる。各楽器の見せ場が用意されている。



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