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人間椅子 / 苦楽

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バンドブームに乗ってデビューしたものの(イカすロック天国出身)、そのあと長い苦節の時代を経て、オズフェストへの参加、ももクロへの楽曲提供、そして海外メタラーの発見などデビュー30年にして時代と噛み合い、今や日本を代表するハードロックバンドの一つとなった人間椅子の2年2か月ぶり22枚目のニューアルバム。基本的なサウンドは70年代ハードロック、ドゥームロックに青森土着の民謡の音程(津軽三味線など)を取り入れつつ、時代時代と共に少しづつ音像を変化させてきたバンド。ここ数作はプログレ、ストーナーを取り入れて今のUSモダンメタルへの共通点も感じる音作りになっていましたが、本作ではどのような音像になっているでしょうか。「苦楽」について、和嶋(Gt、Vo)が説明した文章がこちら。

昭和の子供たちが漠然と未来に思い描いていたのは、バラ色の二十一世紀、みんながニコニコと快適に暮らす明るい社会でした。

さて、果たしてやって来た二十一世紀はどうでしょうか。

快適にはなったかもしれません。しかしバラ色かといえば、どうもそうとは思えません。無邪気に個性を出すこと、突出した行動を取ることは半ば悪と見なされ、個人的には息が詰まりそうな空気を感じています。

昨年来からは、これはいちおう突発性の事象なのでしょうが、笑顔をお互いに見せあうことも叶わなくなりました。

まるでジョージ・オーウェルの予見したディストピアのようです。この度の災害が数年後に何らかの終結を見たとして、その時にいったいどんな未来が待ち受けているのか、想像するだに戦慄を禁じ得ません。

我々は豊か、快適という名前の楽な道を選んできました。しかし、思うのです。苦しみがあってこその人生なのではないかと。

実りを得るためには、苦労して畑を耕さなくてはなりません。人は生まれ、死に、その間に多くの別れを経験し、愛情を覚えます。悲しみと苦しみから他人を許すことを知り、お互いに尊重し合えるようになります。

いってみれば、苦しみこそが幸せなのかもしれません。昨今の息苦しさは、苦労を片隅に追いやった(あるいはそのように仕向けられた)結果のように思えてなりません。

おそらく、苦と楽は表裏一体です。苦しみがあってこそ楽が輝き、幸せを感じるのです。

今回のアルバムでは、人生における悲しみと苦しみ、最悪の未来図、人間らしくという意味では間違った選択、などをハードなサウンドで描きたく思っています。

もちろん、いたずらに批判的にならぬよう、特定の事象をあげつらわないよう、細心の注意を払うつもりです。現代の視点から、普遍的な事柄を歌うことが出来たなら、大いに成功といえるでしょう。

ちなみに『苦楽』とは、戦前~戦後の大衆文芸誌の名前でもあります。江戸川乱歩の「人間椅子」は、この雑誌に発表されました。

前アルバム『新青年』の次作として面白く、またふさわしいとも思えましたので、このタイトルを提案させていただきました。

和嶋慎治  出典

ジャケットの菩薩像も含め、仏教的な価値観ですね。仏教というのは「人間が人間のままであがめられる」という珍しい宗教。ほかだと儒教ぐらいですかね。というかたぶん宗教というより哲学で、ソクラテスとか孔子と仏陀は近い。ただ、ヒンドゥー教というものすごく包容力がある土着の宗教があったので、ヒンドゥー教の一派として宗教化していきましたが、本質的には哲学なのだと思います。「人間以上のもの」を前提としていない。

それでは聞いていきましょう。

活動国:日本
ジャンル:ドゥームメタル、ヘヴィメタル、ストーナーメタル
活動年:1987年ー現在
リリース:2021年8月4日
メンバー:
 和嶋慎治(わじま しんじ)ギター・ボーカル(1987年 -)
 鈴木研一(すずき けんいち)ベース・ボーカル(1987年 -)
 ナカジマノブ (なかじま のぶ)ドラムス・ボーカル(2004年 -)

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総合評価 ★★★★★

人間椅子が進化している。30周年を2019年に迎え、そのあと初のアルバム。一段グレードアップした人間椅子が帰ってきた。もはや「○○っぽい」より、「人間椅子っぽい」「和嶋っぽい」を確立しつつあるサウンド。ストーナーメタル、ドゥームメタルの中で、世界的に見てもクオリティが高い。というか、2020年代のシーンに影響を与える出来。完全に新しいことを取り入れているわけではなく、70年代ハードロック、スペースロック、ドゥームロックの手法を進化させ、ストーナーの流れや日本的な音階とビートを取り込んでたどり着いた境地。王道を地道に歩いてきたが故の未来を感じる。ワンクリックで世界中の音楽が聴ける今、海外からのリスナーもより増えるだろう。13曲、71分という大作ながら冗長さを感じない。1曲1曲は4分台、5分台のものが多く、プログレッシブな展開がコンパクトにまとめられている。明らかに中だるみする瞬間がなく、一曲一曲がキャラクターが立っているにも関わらず全体が同じ緊迫感で満ちている。最後まで失速せず、聞かせきる。ハードロックの職人技。こうした確固たる「自分らしさ」を持っているバンドは本当に希少。

01. 杜子春 ★★★★☆

どこか瞑想的な響き、低く響くオーム(マントラ)音。イントロを経てミドルテンポのリフに。地響きのようなリフ。「お父さーん」ああ、人間椅子だ。杜子春はどんな話だったけな。無言だったなら金をもらえる若者の話か。芥川龍之介だな。ボーカルはそこまで前面に出てこないが歌詞が明瞭に聞き取れるぐらいには前にある。こうして聞くと歌メロはポップというか、こういうジャンルにしてはグローバルで見るとメロディアスだな。ボーカルスタイルはシャウトがないタイプのストーナー的。ギターソロへ。バンドのかみ合い方が匠の技。最初のリフに戻ったかと思ったらここでテンポチェンジ、ややウェスタン調の行進的なリズムに。西部劇的。ギターソロも含めてアメリカンロックな雰囲気。そこからツインリードに。最後明るく終わる。

02. 神々の行進 ★★★★☆

マーチング的なリズム、からのうねりのあるリフに。ただ、ビートは直線的に進んでいく、鈴木ボーカル。歌詞も行進曲的「いざゆけ、いざゆけ」。これは特攻の歌だろうか。それとも神話の歌だろうか。神々の戦いを描いているようだが。間奏部で銅鑼が鳴る。うねるギターソロ、トニーアイオミ的。ブルース進行。二回目のコーラス終わりでベースが走り出す。メイデン的、スティーブハリス的なベースライン。ドラムが入ってくる。おお、ツインリードだ。ここはメイデンだな。ヤニックガーズ的ソロ。

03. 悪魔の処方箋 ★★★★★

矢継ぎ早に曲が出てくる、和嶋ボーカル。フックがあるアップテンポなナンバー。ボーカルラインとギターが絡み合う。バッハのオルガン曲のような、右手と左手のメロディが絡み合うようだ。弾きながら歌うんだよなぁ。声帯と手で脳の回路が切り離されているんだろう。Rushみたいな技巧集団になってきている(ドラマーのタイプは違うが)。リフとボーカルメロディのハーモニーが快感を生む。Deep Purpleのスペーストラッキン的な反復するリフ。


04. 暗黒王 ★★★★

4分、5分台でコンパクトな曲が続く。鈴木ボーカル。倍音が多めで深い声。ちょっと歌舞伎的な発声なのかなぁ。白塗りだから連想するだけか。民謡的な発声とか歌舞伎的な気がする。普通のロックの発声とはちょっと違う歌い方するよね、鈴木さん。「イヨォー」的な節回しが入るし。にらみを利かせている。五輪の開会式には人間椅子と歌舞伎のほうが良かったのではないか。上原ひろみはあのサイクリングするアスリートのほうが合っていた。あ、でも変なのが掘り起こされそうだからやめとくか。サブカルチャーはハイカルチャーぶらないに越したことがない。くわばらくわばら。

05. 人間ロボット ★★★★☆

はきはきとした空気感になったと思ったらナカジマノブボーカル。この人が入って本当にバンドが明るくなったよなぁ。USハードロック的なおおざっぱなおおらかさが出たというか。マネジメントもやっているようだし、明らかにバンド活動が上向いた。ギターとベースも心持ちノリが良い。ノブさんのバックで弾くのはやっぱり楽しいのだろうか。ちょっと気分転換になるんだろうな。特にライブでは。お、ところどころ3人とも声が似てきた部分もあるな。中間部、3分半ぐらいからスロウテンポになるパートは一瞬和嶋ボーカルかと思った。互いに長くやっているとある程度発声法とか似てくるのだろう。そこまでボーカルが前面に出てくるミックスではない、楽器隊と混ざるようなミックスなのでそう聞こえるだけだろうか。でも、単語の切り方が似てきた気はするな。「同じ声、同じ声」のあたりとか。あれ、いや、これノブさんじゃなくて和嶋さんか! なんとなく最初の声が違ったからそうじゃないかと思って聞いていた。こんなに似てるわけないもんな。最初の歌いだしが勢い良かったから勘違いしてしまった。恥。

06. 宇宙海賊 ★★★★

スペーシーなイントロからリズムが入ってくる。だけれどなかなか始まらないな。ベース音で溜める。ようやくスタートした。鈴木ボーカル。「ヨーソロー」の掛け声が耳に残る。ヨーソローといえば某長渕剛の10分超の曲もあったが…。特にノーコメント。「お前が舵を取れ」はことあるごとにネタにさせてもらった。こちらはストレートなロックで進むがスペースロック的な浮遊音が所々に出てくる。テルミンのソロも出てきた。テルミンとギターの掛け合いだな。こういうスペースロック的な、反復して広大な空間を探索するようなリフの要素は人間椅子には昔からあるな。スペースロックは60~70年代の一大潮流だしな。

07. 疾れGT ★★★★★

2-3-6拍子。手拍子的なスタート。疾走感がある。リフの回転が速い。ギターリフが前面に出てくる。クレイジーケンバンド的な「GT(グランツーリズモ)」がテーマ。2-3-6は一部抜いているもののベタでたたけばつまり3-3-7拍子。高速昭和歌謡ロックンロール、いや、ジルバというべきか。ズンタンズズタンのエイトビートから2-3-6に。拍子によって曲のダイナミズムが出ている。かつての退廃芸術展のダイナマイトほどではないがまっすぐ進んでいく曲、和嶋曲でこういうタイプの曲は珍しいな。とはいえ勢いはありつつ6分近い曲で間奏部などの展開は濃い。これはキラーチューン。

08. 世紀末ジンタ ★★★★

お、最初のイントロはともかく、リフが始まると雰囲気が変わる、跳ねる、歯切れのよいリズム。鈴木ボーカル。歯切れのよいリズムでボーカルが入る。なんだろうこれ、Zepplinか。Zepp的だな。途中からパープル的、スペーストラッキン的と呼んでいるリフが入る。こういうグルグルと音階が回るリフは好きだよなぁ。あ、またジミーペイジ的リフに戻った。カスタードパイとかに近いかな。そこに乗る歌メロと歌詞がまた「ジンタッタジンタッタ」というストレンジさ。個人的に、ハードロックやメタルのほうがグローバルな音楽適正はあると思っている。ロックってはやり英語のほうが響きが合うんだよね。メタルとかハードロックはあまり言葉の響きやメロディに制約がない。サウンドスタイルだから。だからいろいろ面白いバンドが出てくるのだと思う。それでいて共通言語、「メタル」という基盤を共有できるからね。ジャズとかもそうなのかも。モード奏法によって西洋音楽のコード進行から自由になったから。ビートやサウンドは世界共通で、歌と和音は特定の文化要素が強いのだろう。メインがビートとサウンドで成り立つ音楽はさまざまな音楽と融合しやすい。

09. 悩みをつき抜けて歓喜に到れ ★★★★

声が前に出てくる、歌メロが前に出てくる曲。ちょっとAmazarashiとかイースタンユースとか、J-エモっていうの? そういう感じ。そういえばタイトルもイースタンユースっぽい。カタカナにしたらそれっぽいよね。悩ミヲツキ抜ケテ歓喜ニ到レ。ほら。間奏部でハードロック色が前面に出てきた。リフが暴れる。ギターの音がいいよなぁ。きちんとビンテージ感があるがクリアで、丸みがあるがエッジが効いている。特徴と個性があるギタリスト。「○○らしい」を通り越して「和嶋らしい」。

10. 恍惚の蟷螂 ★★★★☆

これもおなじみのリズムのリフ、お、ボーカルの入り方が違う、変拍子、絡み合う感じでテンポが変わる。ナカジマノブの合いの手が入ってくる、祭囃子。ハイテンションだ。素晴らしいな、これは新機軸。今まで持っていた要素をさらにそれぞれブラッシュアップしているのを感じる。演奏も、作曲も、編曲も、音響も、すべてが少しづつでもアップデートされている。少しづつでも先に進む姿勢が素晴らしい。短い疾走曲。

11. 至上の唇 ★★★★☆

あ、これがナカジマノブボーカルか。やっぱり突き抜ける感じだな、違うわ。なんで聞き間違えたんだろう。改めて明るい、というか、一番わかりやすくハードロックボーカルといえばそうだよなぁ。「愛撫をしたい」とかそんな朗々と歌われましても。でもグラムロック、アリーナロック的な声をしてるよね。和嶋さん作詞。楽しんでますね。この曲はグラムロック感があるな。歌詞もそっち系。80年代のきらびやかな時代が瞼に浮かぶ。まぁ、演奏してるのは人間椅子なわけですが。モトリークルーみたいなコスプレして演奏したMV撮ってほし、、、いや、別にほしくないか。宇宙人と僧侶と火消しで十分キャラ濃いし。最後ドラムソロ。いいアクセント。

12. 肉体の亡霊 ★★★★☆

重厚で引きずるようなリフ、ドゥーミーでサバス的。壁のように迫ってくる。鈴木ボーカル。ある意味オジーみたいな、ヘヴィネスな世界の空気を換えるどこか素っ頓狂な声なんだよなぁ。オジーほど高音が抜けてはこないが。それが中音域の塊としての効果を出していてより酩酊感、ストーナー感を増している。この曲は音として演奏に溶け込んでいる。和嶋のコーラスはくっきりと言葉として聞こえるが、鈴木ボーカルは音、楽器的。2分半過ぎからラップというか演劇的なせりふ回しが出てくる、ここは和嶋と鈴木が交代で。迫ってくるような、風が吹き抜けるようなSEを経て珍しい音のギターソロ、かなりつぶれた音作り。そこで空気を換えてまたヘヴィなリフに。デザートロック、ストーナー感が強い。音が乾いている。ただ、やはり日本なのでUSに比べると湿っているけれど。風土は音に出る。4分40秒からテンポチェンジ、今作はけっこう曲構成が変わる曲も多いなぁ。サバスの13を思い出す。ベテランが持ち味を十二分に生かし、アイデアも豊富に叩き込んだ渾身の作品。

13. 夜明け前 ★★★★★

和嶋ボーカル。言葉にスポットが当たる。演奏もカオスで激烈に進む。気迫がこもっている。今までの曲もそうだったが、この曲は一段増して気迫を感じる。コーラスのメロディも今までなら反復するところをややコードが展開する。あまりメロディアスになりすぎると陳腐になるし、反復しすぎると飽きる。絶妙なライン。曲作りが進化しているなぁ。和嶋ボーカルとギターが一段ギアを上げた感じがするが、そういう音作りまでコントロールできるってことだよな。引き出しが多い。3分半ほどからテンポが落ちついてシンガロングな合唱に。ああ、この緊迫感を出しているのはベース音もあるな。ベースの音が迫力がある。低音が強めなのか。ベースが煮えたぎるような音色になっているのが音の迫力のメイン要素かもしれない。強めのファズでぶっとい音。5分からさらに展開していく。最初に戻ったのか。黄金の夜明けから追及してきたプログレ路線の現時点の完成系。煌めくようなメロディセンスが復活している。

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